12月15日PM18:35 ハイネとの出会い
「あの!」
雪でも降りそうな寒い冬の日。真っ白なワンピースを北風でひらめかせる姿はまるで白昼夢でも見ているかのようだ。
この季節によく似合う真っ白な髪も、
アクアマリンのような透き通った瞳も、
人形のように美しい姿も、
すべてが夢のようだった。
そして、その現実とは思えない少女はふわりと微笑むと、俺にその小さな手を伸ばした。
「異世界転生してみませんか!?」
今日の昼飯は何にしようか。寒くなってきたしシチューがいいかもしれない。シチューにはパンかご飯かという戦争が繰り広げられることがあるらしいが、俺はご飯派だ。白いものの上に白いものをかけて何が悪い。
「ちょっと待ってください!!!」
そもそも俺はそれなりに料理が好きだ。けどそれを始めたのはあくまで自分のため。薄給な会社でどうにか生活するための手段なのだから誰にも迷惑はかけていない。
「あの、ちょっと私がイメージしてた対応と違うのですが!?」
つまり腹が膨れればそれでいい。パンは深夜に腹がすく。その点白米の腹持ちは何たるや。
「私の話聞こえてますよね!?」
そう背後で空耳が叫んだ瞬間、「へぶっ」というあまり可愛くないひしゃげた声が聞こえた。気付かれないように恐る恐る視線を後ろに向けると、道の真ん中で少女はすっ転んでいる。神秘的な見た目に似合わないネコ柄のパンツを丸出しにしながら。
大学進学を機に都会に出て来て早7年。東京に来て気付いたことの1つは、やべーやつが多いということだ。そして学んだのはやべーやつとは目を合わせない。すぐにその場から立ち去る。それさえ出来ればまぁ災難は降りかからない。
けれど今はどうだろう。
明らかにやべーやつだ。それは火を見るより明らかだ。けど女の子だ。明らかに年下の。女の子が転んでいて無視するのもそれはそれで俺がやべーやつになる。俺が彼女に手を貸そうと振り返ろうとしたその時、
「さっきから全部聞こえてるのですが!?」
がばっと元気よく起き上がった彼女がそう俺を怒鳴り付けた。その元気があれば何でもできるだろ。助けはいらねーな。俺はまたアパートに向かって歩き出そうとした。そうすると少女は「えっ、ちょっと待って!」と言いいながらまた道路の真ん中に横たわる。
え、何してんのこいつ。
「ちょっと起き上がるタイミングを間違えました。もう1度転んだので助けていいですよ」
そうアスファルトに頬をくっつけながら誇らしげに親指を立てる少女。
あぁなんというかもう、
「いい加減にしろ!!!」
「はう?」
「お前いくつだよ!?中高生くらいだろ!?そんな一過性の病にかかって人様に迷惑かけてみろ!親は泣くぞ!?思い出したくない黒歴史になるぞ!?」
俺にだって思い出したくない過去はある。考えに考え抜いた詠唱をノートに書いていた中学2年生の頃。すっかりそれを忘れた俺はクラスメート(学校のアイドル)にノートを貸してしまった。あぁ今思い出してもこいつの隣で道路にゴロゴロしたくなる。
人間、あんなこと経験すべきじゃないんだ。だからこそ人生の先輩としてこいつに教えてやろう。
「そもそも何だよこの薄着!こんな寒空の中でワンピース1枚で、風邪引くだろーが!その方が神秘的な演出はできるかもしれないがそれで病気にでもなったら本末転倒だぞ!?ただでさえお前病気なんだからな!?」
というかさっきからパンツ見えてるし、布を纏っただけかのような薄っぺらいワンピースだし、声かけたのが悪い男だったらどうなってたことか。同い年くらいの妹がいる俺だからよかったものの。
「とにかくお前はまだ世の中のことちっとも知らねーだろ!怖い想いをするかもしれねーし悲しい想いをするかもしれねー!異世界転生とかごちゃごちゃ言うのはもうちょっと大きくなって世の中のことが分かってからにしろ!!!」
そう静まり返った住宅街に俺の怒声とも取れる大声が響き渡った。俺もまだ25歳だ。この少女に説教できるほど自分ができた人間だとは思ってない。調子に乗ってしまった。女の子を道の真ん中で怒鳴り付けるなんて。
少女の反応を見るため恐る恐るアスファルトに転がっている彼女に目を向けると少女はその大きな瞳をぱちぱちと瞬かせて俺を見上げていた。宝石のような瞳が冬の光にチカチカと煌めく。
「もうちょっと世の中のことを知ってから?」
「そうだよ、大人になったら自分が何言ってるかお前も分かってくるだろ」
「たしかに貴方の言うとおりです」
そう言うと少女は真っ白な髪を揺らしながら立ち上がった。やっぱりすげーかわいい。
「私はこの世界のことを知りません」
そうふわりと笑って彼女は言った。そのあまりの美しさに目を奪われた隙に少女の小さな手が俺の手を取る。
「だから貴方が私にこの世界のことを教えて下さい!」
「この世界のことを知って、それでも貴方をこの世界から連れ去って、私の世界に来てほしいと願う。その覚悟が私には足りませんでした。貴方には家族も友人もいるのだから、そう仰るのは当然です」
「え?」
「私の名前はハイネです!」
「貴方のお名前は?」と、ハイネと名乗った少女はふわりと微笑んで俺を見上げた。
「稀生」
その存在があまりにも清らかで、俺は気が付けばそう口にしていた。
「キオ?」
「あぁ」
「キオ、これからよろしくお願いしますね!」
「あ、」
あっぶねー!思わず返事するとこだった。俺はハイネの手を振りほどくとくるりと背中を向けて歩き始めた。
「あ、キオ!待ってください!」
「さようなら」
「なぜですか!?」
雪でも降りそうな寒い冬の日。それが俺、寒崎稀生と異世界から来た少女(自称)ハイネの出会いだった。
俺が異世界に転生するまであと365日。