女侯爵からの手紙
八月十二日
親愛なるシャルロット
貴女に手紙を書くなんて不思議な気分だわ。
えぇ、サン=マラコフには先週到着しました。
王宮から離れたことは寂しくも感じたけれど、本当のところは安堵も大きいの。
貴女も知っているように、いと高く天上に召されたあの方の未亡人、誉れ高きスパイヨンの血を引かれる高貴な王女殿下は、わたくしのことをあまりよくは思っていらっしゃらないでしょうから。
それはもちろん、バルバストル女公爵ほどの敵意は向けられないと思うわ。
それでも、わたくしもあの方が心から愛された伴侶の愛妾であったのですもの、愉快には感じられないことでしょう。
たった一年の愛妾生活だったわ。
老人と言ってもさしつかえのないあの方に侍って、生家の繁栄に寄与する生活はたった一年で終わった。
ねぇシャルロット、今貴女笑ったでしょう?
えぇ分かっているわ。
わたくしだって笑っているもの。
たった一年、老王に体を捧げるだけでこのサン=マラコフを下賜され、さらにはドゥブレ―女侯爵の称号もいただき、愛妾を辞した後は結婚も自由なのだもの。
わたくしほど幸運な女もいないでしょう。
バルバストル女公爵のことはとてもお気の毒に感じるわ。
二十年もの長き間、公認妾妃として君臨されたあの方が王妃様の憎悪を全て引き受けてくださった。
今では修道院にいらっしゃるそうよ。
公認愛妾時代にたっぷりと寄付を費やして豪邸に仕上げた修道院に、ね。
きっと若くて美しい愛人に囲まれ、神への祈りを捧げてらっしゃることでしょうね。
なんてお気の毒!
修道院に入れたという事実だけで満足なさった王妃様もね!
あぁそうだわ、結婚式も無事に終えました。
ウスターシュはわたくしを抱き上げてサン=マラコフの館に入ったのよ。
まるで大切な宝物みたいに。
貴女はずっと不思議がっていたわね?
どうしてあんな、一代限りの相続権しかない、騎士爵の息子を結婚相手に選んだのか、と。
貴女も知っての通り、わたくしだって男爵家の三女。
騎士爵の息子とどれほど違うというのかしら?
ふふ、また貴女が笑っているのが分かったわ。
えぇ、それは確かに建前よ。
でもそうねぇ、それはかなりのところ、大きな理由の一つにはなっているのよ。
わたくしに求婚した方は多いけれど、そのほとんどが若き国王陛下にわたくしを売ろうとしていたのだもの。
ほら、他人のものを盗むのは殿方にとってとても楽しいことって言うでしょう?
わたくしはまだ十八だし、三十の国王陛下にとってはまだ瑞々しい花なのよ。
おまけに父陛下の元愛妾!
すぐに飽きてしまわれるとしても、わたくしとの一夜を餌に値段をつり上げることはできる、かもしれない。
それだけでもわたくしを妻にする価値はある、と考える方ばかり。
そんなのまっぴらごめんよ。
今度こそ王妃様――いえ、王太后様からスパイヨン渡りの毒杯を下賜されてしまうじゃないの!
だから、ウスターシュにしたの。
誰もが笑顔でわたくしに求婚する中、ウスターシュだけが必死にわたくしの愛を乞うた。
半ば諦めながら。
ふふ、可愛い人でしょう?
また貴女に手紙を書くわ。
貴女も王宮のことを教えてね、ファリエール侯爵夫人シャルロット様?
貴女の忠実な友、アデライドより
一月十二日
親愛なるシャルロット
お手紙をありがとう、シャルロット。
そこでちょっと苦情を言ってもいいかしら?
貴女、わたくしを笑い殺す気なの!?
新国王陛下に群がる紳士淑女の狂騒をあんなに楽しく書き上げられるなんて、貴女舞台の演出家の才能があるんじゃないかしら?
ほら、少し時代を遡って、今の陛下ではないと言い訳しながら際どい舞台を作り上げてみたら、絶対に大流行してよ。
才能あるファリエール侯爵夫人のサロンとして、貴女のサロンも大人気になるんじゃないかしら?
そうなればわたくしもドゥブレー女侯爵アデライドとして堂々と貴女のサロンに遊びに行くわ。
ファリエール侯爵の顔が見物ね?
貴女にそんな才能があるなんて思いもしていないのだから。
それはそうと、ウスターシュがまたわたくしの使用人を勝手に解雇したの。
古くから仕えてくれる執事だったのだけれど……もっと老人で、ウスターシュに絶対服従の男性を連れてきたの。
ウスターシュはそういうところがあるのよ。
わたくしの周りに、若い男性を置きたがらない。
若い侍女も浮ついているからといって、敬遠しているのよ。
あの人は、いつわたくしがあの人を置いて恋人とやらの所に出奔するか、分からないと思っているのよ。
時々思うわ。
あの人はわたくしの目を封じ、手足を縛り付けて小さな部屋に閉じ込めたいのではないか、と。
あらシャルロット、顔をしかめないでちょうだい。
あの人のそういう独占欲に満ちた所を見ると、少し安心するのよ。
愛妾だった頃、わたくしは装飾品の一つだったわ。
今日はどの首飾りをしようか、いくつも並ぶ中から選んでもらおうと宝石を輝かせてみせる装飾品みたいだった。
違う方が選ばれてがっかりする夜もあれば、自分が選ばれてゾッとする夜もあった。
けれどウスターシュは、わたくしを一人の女性として扱ってくれるの。
ただ一人の『妻』として。
だから彼の独占欲が気持ち良く感じる時もあるの。
いやだ、そんな変な顔をしないでちょうだい、シャルロット。
やり過ぎだと思えばちゃんと抗議するわ。
だってわたくしは女侯爵アデライド。
ウスターシュは女侯爵の夫でしかないのだから。
だからしばらくはこの甘くて窮屈な蜜月を楽しんでみるわね。
貴女の才能を信じる友、アデライドより
八月十二日
親愛なるシャルロット
ウスターシュとの結婚からもう三年よ、シャルロット。
あの人はどんどん過激になっていくの。
わたくしにひどいことなんてしないわ。
けれど、わたくしの手足が生きながらもがれていくような気持ちがするの。
もう使用人達は全員、わたくしよりもウスターシュの命令を聞くの。
ウスターシュが良いと言わなければ庭の散策さえできない。
ウスターシュのうっとりわたくしを見つめる視線は変わらないのに、わたくしの体は雁字搦めにされていく……!
シャルロット、わたくしをファリエール侯爵家に呼んでちょうだい。
ほんの少しだけでもウスターシュと距離を取りたいの。
わたくしも彼を愛しているのだもの、一度距離を取って、落ち着いて話し合えば分かり合えるはず。
きっとよ、シャルロット。
もう貴女しか頼れる人は他にいないの。
心から貴女を愛する友、アデライドより
八月十三日
親愛なるファリエール侯爵夫人
いつも妻のアデライドから貴女の話は聞いています。
妻を愛する一人の夫として、貴女の存在に深く感謝を。
それと同時に、妻を愛する一人の夫として、私はちょっとした危惧を感じるのです。
夫婦の間には、他人に踏み入れられたくはない事柄が多く存在するでしょう?
私とアデライドとの間のことも、誰にも踏みいってほしくはないのです。誰にも。
アデライドは貴女にさし上げた手紙のことを、忘れてほしいと言っています。
私も、貴女がそうしてくださることを信じています。
アデライドは近年、体調を崩すことが多いので引きこもりがちで、そのことから不安定な精神を抱えています。
夫として、そんなアデライドを支えていきましょう。
だからファリエール侯爵夫人には温かく見守っていただきたい。
しばらくはアデライドも、筆を執ることができないでしょうから、手紙は間遠になるかもしれません。
ですが私が支えているのです。
心配はどうぞご無用に。
貴女の友人を心から愛する夫、ウスターシュ・バルテより