そのさん
二人で話はまとまったようで別れの挨拶をしてるけど、僕の脳内は大混乱だ。
「 アル、待て!『 抑制 』」
「!!!」
とっさにアルを動けない様に固定する。息はできているはずだが、声が出せない様になっているのでアルは黙って横向きに倒れ込んだ。
「 どういうことなんだよ!エイダって誰の事だ?」
「 エ、エイダはアルの恋人の名前よ。急にどうしたの、ケネス。」
恐る恐るという様に僕の腕に手を置いて話しかけるレミに僕はアルの方をにらみつけながら怒鳴る。
「 恋人ってなんだよ! レミと結婚して夫婦になったんだろ! なんでレミ以外に恋人がいるんだよ! 」
「 え、何言っているの、ケネス? 」
「 レミは平気なのか?自分の好きな人が他の人を見ているなんて。」
「 平気じゃないわよ! 」
「 じゃあ、なんで・・・。」
「 私の好きな人はアルじゃないからよ。」
「 は?」
間抜けな音が僕の口から出た。僕はどうやら本格的におかしくなっているみたいだ。
宿屋の主人は結婚していて、それはアルとレミで、僕は5年前に振られているのにぐずぐずと引きずっていて、いまだに未練がましく渡せなかったプレゼントを持っている。
じゃあ、結婚しているのは・・・。
「 私は結婚はしていないわよ。婚約はしたいとは思っているけれど!」
「 婚約?」
「 ええ。でもね、まだ相手に申し込んではいないのよ。」
その時、ものすごい殺気が近づいてきた。
エミを背後にかばい、放置しているアルを側に寄せる。部屋の扉の前で詠唱の準備をしていると 戦鎚 を構えたゴードンさんが現れた。顔を合わせても戦闘状態は解けず、静かに問いかける。
「 大丈夫か? 」
殺気に押された僕は頷く事しかできない。それを見たゴードンさんは周りをぐるっと見て、戦闘状態を解除した。途端に殺気も消えて、いつものオジサンに戻った。
「 いやな、何もなけりゃいいんだが、この辺から魔術が使われた気配があったもんだから慌てて来たんだけどよぉ・・・。」
「 すみませんでした。」
これはもう土下座に近い感じじゃないかな。何も考えずにとっさに魔術を使ってしまって。
あわててアルの 抑制 を解除する。しゃべれるようになったアルが大声でわめいた。
「 ち、痴話げんかは俺のいないところでやってくれーーーー!!!」
涙ながらにゴードンさんに支えられて歩くアルはしつこいくらいに僕とレミに話しあえよ!と、何度も何度もくどいほど言いながら去っていった。
泣くほど怖い目に合わせてしまった原因は僕にあるので本当に申し訳ないことをしたと反省する。でもなあ、と、レミの方を見ると何故かにこにことしている。
「 ねえ、ケネス。ちょっと話があるの。ちょっといいかしら?」
*******
こっそりと部屋出るときに持ってきた包みを服の上から確かめる。こんな大騒ぎになってしまったのはちゃんとケリを付けないまま逃げてたからだよなあ。チラと、隣を歩くレミを見れば少し緊張しているようだ。
僕と一緒にいるのは怖いんだろうか。
いきなり目の前で魔獣に使うような拘束魔法をかけてしまったのはまずかったかもしれないな。ちょっと仕事をしていたせいかマヒしていた部分があるかもしれない。でも、まあ、重犯罪者でなければ人相手にも滅多にかける魔法ではないしな・・・。アルには悪いことしたかもしれない。
「 ねえ、なにブツブツ言ってるのよ! ほら、ついたわよ! ここに座って!! 」
背中をはたかれて意識を戻せば、そこはいつかレミと話をしたところだった。『 宿屋の主人になるには 』 って方法を聞いてきた所だ。考えてみれば、あのころからずっとレミには振り回されっぱなしだな。
おとなしく言われるがままに座れば、なぜか僕の正面にレミが座った。
「 なんでレミはそこに座ってるの?ここにおいでよ。」
自分の隣に布を敷いて地面を軽くたたけばレミは首を横に振る。
「 いいの。私はここで。」
軽く拒絶されて凹む。なんか、もういいかな。
「「 あのさ、」」
何かを言おうとしてたレミだけど、今回だけは話を聞いてもらう。
「 レミは黙ってて。」
僕の勢いに押されたのか、ゆっくりと頷いたレミを見て覚悟も決まった。懐に入れておいた包みを出す。ぐっと手に力を入れて少し震えながら箱を開けてレミに見せた。中には少しくすんでしまったが、レミの好きなイチゴがモチーフになっている銀の髪飾りが入ってる。
「 これ、僕がこの村を出るときに渡そうって思って作ったんだ。でもレミは隣にいたアルとずっと話をしてて渡せなかった。だからあの時言えなかった言葉を今言おうと思う。
僕はレミが心配でならない。何をするのかわからないし、急に変なこと言いだすし、僕の話は聞かないし、運動神経は壊滅的だし、神官の才能は無いし。だけど、そんなレミが好きだ。ずっとレミの事守らせてほしい。だから僕がこの村に帰ってくるまで待っていてもらえませんか。」
言い終わって顔を上げれば、ものすごく驚いているレミがいた。
だよねぇ、急なのは僕の方だよね。
「 今のレミに渡すには少しデザインが子供っぽいよね。ああ、僕も気が利かないからこんな物よりも王都で買ってくればよかったんだけど、レミは結婚してるって聞いてたからさ、ダメもとでと思って。」
「 ダメもと?」
「 うん、だってレミには婚約者になりそうな人がいるんでしょ。急に昔の友人がこんなこと言ってもびっくりするよね。引くよね。」
大丈夫だよ、わかってるって。
「 レミには悪いけど、このままじゃ僕がダメなんだ。だから変なことにつきあわせちゃったね。ごめんね。」
「 変なこと?」
「 うん、だって5年前に言おうとしていたこと、いまさら言われても困るでしょう。出来ればこのことは忘れて。」
「 変なことって言うけれど、決めるのは私でケネスじゃないわ。それに何か勘違いしているみたい。いい? いくわよ。」
そう言ってレミは僕の顔を両手で挟んだ。僕と目が合ったレミは面白そうに恥ずかしそうに笑っている。
「 まず一つ目、宿屋のご主人は結婚なさってます。私は今そこで修行をしてるの。将来的にはその宿屋を継ぐつもりよ。だから今契約や顔合わせに出ているのは私なの。
そして、二つ目。私の婚約者候補はたった今、婚約者になりそうよ。その相手はあなた、ケネスよ。この髪飾り、本当に素敵。昔も今も、私にしか似合わないと思うわ!
最後に三つめ。私はずっとずっと前からケネスの事が好き。5年前はいなくなってしまうケネスの事を考えて、いかに早く宿屋の主人になるのかを考えていたの。
私のこの腕じゃ魔物を倒せるような剣も振るう事も出来ないし、威力の強い攻撃呪文も唱えれない。回復のための聖魔法も唱えられないし、殴り倒せるような拳も握れない。そうしたら、あとは疲れて帰ってくるケネスをいやす場所って考えたら宿屋しか思いつかなかったんだもん。」
ほら、やっぱり僕の好きな子は変わってる。
なんとも言えない気持ちで胸がいっぱいになった僕は、そっとレミを引き寄せた。
*******
それから二人でたくさん話した。いままで聞けなかったことや言えなかったこともたくさん。
見送りの時、アルの横にいたのはその時のアルの彼女の父親が有名な商人だったらしく、これからの事を考えたレミは宿屋の経営を勉強しようと紹介をお願いしていたんだって。その商人さん付いていろいろな所を回り、この村を発展させるためには何が必要なのか勉強したらしい。
なぜこの村を発展させるようにしたのか、は、宿屋が繁盛するためには人が来ないと始まらないって思ったからだったとか。レミが監修した食堂は、落ち着いた家庭的な雰囲気と教育された丁寧な接客や、王都にも引けを取らないディランさんの料理など、質の高いサービスで大繁盛している。近々任される予定の宿屋の方も従業員とサービスが下手したら王都よりも質が高いのではないかと、遺跡調査に来た学者や冒険者ギルドの方々に大好評だ。従業員を育成する養成所まで開設することになってしまい、レミは忙しくバタバタと走り回っている。
「レミ、巫女にも騎士にも魔法士にも剣闘士にも向いてなかったのは、商人になるためだったんじゃないかな。先を読む能力もあるし、何よりも、変な行動力もある。」
「なによ、変な行動力って!私も商人になるつもりはなかったわよ。でもね、私は別にこの村を発展させたかったわけじゃないし、ここまで大事業になるなんて思ってもみなかったわ。ただ、ケネスが安心する家があったらいいなって思って、そうしたらボロボロよりも居心地のいい快適で丈夫な家の方がいいかな、とか、栄養も見た目もいい食事でおいしいもの、とか考えたら食堂もこんなにどんどん広がっちゃって自分でもびっくりしてる。」
要するに、すべてはケネスのためだっったのよ、と顔をそらしながら頬を染めて言ってくる未来の奥さんはとてもかわいらしい。
では、僕の方はと言えば、特にこの五年ばかり何事もなく、話すこともない。レミは納得がいかない様だ。
でもなあ、訓練に研修、先輩のしごきに余計なお世話。同僚たちの様に色恋沙汰も事件もなかったし、疲れて寮の自室で死んだように寝てるだけだったんだもの、三行くらいで説明終わっちゃうよ。
なんて言いながらディランさんの食堂に向かえば、ゴードンさんがお酒片手に声をかけてくる。
「お、どうやらまとまったようだな。」
その後僕たちはゴードンさんに謝り、アルに謝り、事情を説明して許してもらった。アルには食堂のランチを5回奢ることになった。そんなことでいいのかと驚けば、アルは朗らかに笑う。
「その代わりと言っちゃあなんだが、レミの事、幸せにしてやってくれよな。」
「ああ。そのつもりだ。」
なんでもアルと恋人の間を取り持ったのがレミなんだって。その他にも色々とあったらしいけど、追々教えてくれるそうだ。
アル、いい奴だったんだな。いままで勘違いしてごめんな。ランチは6回奢ることにするよ。
イチゴの花言葉 「先見の明」「あなたは私を喜ばせる」