そのに
首都を出発して7日ほどで村に着いた。5年ぶりに見る村は何というか・・・大分にぎやかになったような気がする。
村の中心にあった通りが整備され、何となくあった店も綺麗に統一されたペンキで色が塗られ、花なども植えられていて何というか、立派になっている。にこにこ挨拶してくる靴屋のおじさんは、あの強面のヘンリー爺さん?!
ちょっと固まってしまっていると可愛らしい色違いのエプロンを付けた若い女の子が二人寄ってきた。
「 こんにちはー。ようこそお越しくださいました。お食事などいかがですか? 」
「 宿屋のご利用はございますか? わが宿は露天風呂が常設されております。長旅の疲れも取れますよ!! 」
何だろう、この観光地並みの勧誘は。・・・行ったことないけど。
さびれた村だったはずなのに、どうなっちゃってるんだ?
話しかけてきた二人の誘いを断って赴任してきたギルド職員だということを伝えると、二人は頷きあって一人がどこかに走り去る。もう一人がギルドへ案内しますね、と横に立って案内してくれた。
「 こちらに新設されるギルドのマスターですよね? お噂は色々聞いておりますよ。お会い出来て光栄です。」
「 いえ、マスターは私ではないんですよ。私は魔法部門の魔法士です。うわさ・・・ですか? 何でしょう、怖いですね。」
「 いえいえ、悪い噂ではありませんよ。どれも素敵で素晴らしいという噂です。」
「 そうなんですか? では実際に見てがっかりなさったでしょう。」
「 とんでもない!! 噂よりも素敵でますます憧れちゃいます! お相手がいらっしゃらないのならお嫁さんに立候補したいくらいです。」
「 あはは、ありがとうございます。そこまで褒めていただいても何も出ませんよ。しかし驚きました。この村は私がいた時はこんなににぎやかではなかったし、整備もされていませんでした。」
「 あ、そう言えば宿屋のご主人に聞きました! 魔法士様はこちらの村出身でしたね。私は3年前に宿屋がオープンした時にこの村にやってきたんですよ。最初は宿屋で研修をして、その後食堂で働き始めたんですよ。」
「 や、宿屋ですか? 」
「 はい。ご主人は変わっている方で、すごい方なんですよ。有名な宿場町や観光地を回って心地よい、お客様のための宿屋の研究したそうです。それでこの村で宿屋を経営し始めたんですって。素敵ですよね、普通はそこまでできませんよね。」
それに、と話は続く。
「 仕事がなくて困っている女性のために、仕事の研修期間を作って試験に受かるとちゃんと職場を紹介してくれるなんて、今までにはなかったことです。今まで仕事がなくて困っていた近隣の村から女性だけではなく、最近は男性も研修を受けたいって希望者が来ているんですって。」
へぇ。そんなにすごいことになっているのか。5年も経てば人間は成長するものなんだなあ。先行投資なんて考えるようになったんだな。どちらかと言えばアルは目先のものに飛びつくようなやつだったのに。
そんな話をしていると腰高の柵に囲まれた建物に着いた。村の入り口からだいぶん歩いたが、ここは昔草ぼうぼうの草むらだったところだ。きちんと整備された入り口はアーチ形の門になっており、普段は開けっ放しのようだ。ここ半年の間で作られたにしては上等なものが出来ていると思う。
「 中に入ると受付があると思いますので、そちらでまたお話しくださいね。」
「 あ、ありがとうございました。おかげで助かりました。」
「 いえいえ、大したことはしておりませんわ。もしよろしかったら今度私どものお店にお食事しにいらしてくださいませ。サービスさせていただきますね。」
「 わかりました。近いうちにぜひ行かせていただきますね。」
パチリと可愛らしいウインクを一つしてにこやかに去っていった彼女の後姿を見送った。あんなふうに女性と話したことがあまりなかったから、なんだか気疲れしてしまった。気を取り直してギルドの建物を見上げれば、周囲の建物よりも頑丈で立派なのはやはり国の管轄だからなのか。
ため息が出てしまった。
つい自分の事を棚に上げてしまいそうになる。忙しさを、不慣れを言い訳にして5年も逃げていたらそれは、そうなるよな。自業自得。はっきりと行動に移さなかったのは自分だ。外見は成長したけれど、5年前も今も中身は変わってないのかもしれない。
宿屋のご主人か・・・。
さあ、この建物の中にはギルド代表のゴードンさんがいるはず。魔法省の代表として恥ずかしくないようにしなければ。
ため息をもう一つ吐いて気持ちを切り替え、扉を開けた。
足を一歩踏み入れ顔を上げれば、正面にあるのは受付用に設置された腰高のカウンター。その後ろに隣室へ続くものなのか扉が二つある。通常のギルドならば残りの広い空間に待ち合わせや打ち合わせができるようにテーブルや椅子がいくつかあるようだが、ここは連絡所の為にそのようなスペースを作るつもりはないと聞いている。
では、待ち合わせはどうするのかとしたらそこは村の食堂と宿屋が全面バックアップしてくれるという契約がなされている、らしい。
宿屋は夫婦が経営しているらしく、その二人の名が書かれている書類にはこの村を発つときに見かけたアルの名前がレミの隣に書かれている。食堂の主人の部分には料理人のディランさんの名前が書いてあった。
詳しい話は現地で、と言われているのでゴードンさんに会うのも二回目であり、宿屋と食堂の経営者、主人夫妻と会うのは初めてなのだ。
カウンター奥の扉を開けると応接用のソファとテーブルが置かれていて、その奥に二つの机が向かい合う形で置かれている。片方がゴードンさんの机でもう一方が僕の机なのだが、一方の机の背後や脇の壁際の手作り風の棚の中や上に大小様々な武器が置かれておりその反対側には書類が積まれているのでたぶん書類の方が僕の机なのだと思う。
部屋に入ってきた僕を見て来客用のソファーに座ってくつろいでいたゴードンさんはにこやかに片手を上げた。
「 よう、ご苦労様。中々いいところだな。」
「 お早いですね。」
「 ああ、あの後すぐに発ったからなぁ。しかし、寂しいところと聞いていたのに意外とにぎやかで驚いたよ。お前さんも一言言っておいてくれればよかったのに。」
「 いや、僕もこんな風ににぎやかになっているとは思ってなかったのでびっくりしています。」
「 そうか。なんでも一人の女性が愛する人のためにここまで頑張ったらしいぜ。」
「 ・・・それはすごいですね。」
「 だよなあ。そんなに根性があるならいい英雄になったんじゃないかな。」
がっはっは、と、豪快に笑うゴードンさんに曖昧に頷いて自席に着く。あいつは壊滅的な運動音痴なんですよ、ゴードンさん。さて、お客が来るまで目の前の書類をとりあえず片付けようかな。現実逃避と仕事が片付いて一石二鳥だね。ははは。
ちらっと見れば書類は近所の遺跡に関するレポートと、そこに自生している薬草と植物の分布図、連絡所の開設のための職人への発注書の控えなど、ごちゃっと混ざって置いてあるようだった。まずは分類からかな、と手を入れ始めたところ、奥を押しすぎたせいか、気づいた時には奥の書類の一つが横に崩れそうになっていた。
あわてて手を伸ばすが、その前に横から細い手が伸びてきて、崩れそうな書類を押さえてくれた。
「 うわー、助かりま、し、た。」
「 いえいえ、お役に立てたようでよかったですわ。」
声を聞いた僕は固まってしまった。
その手の持ち主はレミだった。
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レミのとなりにはアルとディランさんもいて、どうやらいつの間にか約束の時間になっていたらしい。にこやかに話すレミ達とゴードンさん、お互いの第一印象はよかったようで和やかに顔合わせは始まった。
5年ぶりに会うレミは綺麗になっていた。なんだか話し方や雰囲気まで大人になっていて、本人というよりはよく似た人のようだった。
「 レミと申します。ゴードンさん、これからよろしくお願いします。」
「 噂をすれば、だな。これはこれはずいぶんと別嬪さんだなあ。こちらこそよろしくたのむよ。」
「 いやですわ、どんな噂ですの? いい噂でしたらいいのですけれど。」
「 いい噂に決まっているじゃあないか。ここに来ることになったのは偶然だが、最後に神様も俺にいい目を見させてくれるらしい。この村、気に入ったよ。」
「 そういっていただけるととても嬉しいです。ね、アル。」
「 ああ、そうだね、レミ。」
「 失礼します。そろそろ本題に入らせていただいてもよろしいでしょうか。」
「 ふ、相変わらずだな、ケネスは。」
「 そうね。相変わらずね。」
笑いあっている二人は仲が大変好さそうで、僕は間に入れる隙間は無さそうだった。
仲がいいのはいいことだ。これから長い付き合いになるのだろうから険悪よりはいい。
そう思って話を始めた。
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「 あのさあ、すまんが俺は難しいことはからっきしだからよ、全部こまけえことはケネスに任せってから、あとはこいつと頼むよ。それで悪いんだが、俺ァ腹減っちまったよ。ディランさんよ、食堂に案内しちゃくれねえかい? 」
「 ああ、わたしゃかまいませんけど、ケネスさん、レミちゃん、どうだい。この辺で今日は終いにしようか? 」
話し合いも終盤になってきた頃、ゴードンさんが言った。確かに外はもう逢魔が時。どこからか夕飯を作っているいい匂いが漂ってきている。
話し合いの方もほとんどが終わり、あとは町長と冒険者ギルド本部、魔法省の方に提出する書類を作成するだけだ。
「 ああ、気付かずにすみませんでした。ゴードンさん、ディランさん、お疲れさまでした。もうあとは僕の方で出来ますので終わりでいいですよ。アルとレミさんもお疲れさまでした。」
手元の書類をまとめながら片づけをしていると、仲良くなったゴードンさんとディランさんが話をしながら部屋を出ていく。アルとレミも二人で何か話している。二人も一緒に食堂に行くんだろう。それとも宿屋の方に行くのかな。もうそそろそろ忙しくなる時間帯なのかもしれないし。
「 二人とも、もう大丈夫だからどうぞ、行ってください。」
「 ケネスはどうするんだ? 」
「 ああ、僕はここで少し作業をしてから食堂の方へ行こうかな。」
「 ふうん。りょうかい~。」
アルは僕の返事に対して意味ありげににやりと笑って答えた。
「 じゃあ、邪魔者は退散するわ。もう帰ってもいいんだよな? レミ。」
「 ええ、もう今日の仕事は終わりにしましょ。あ、でも帰る前に宿屋の方に遅くなるって伝えてくれる? 」
「 いいぜ。ちょうど帰り道だしな。今日はそのままエイダのところに行くから何かあったらそこに連絡くれよ。」
「 わかったわ。いい夜を。」
「 ああ、お前もな。いい夜を。」
そう言ってにやりと笑ったアルはエミに手を振ると楽しそうに部屋を出て行こうとした。