はじめ
僕の好きな子は変わっている。
「 宿屋の主人ってどうやったらなれるのかな。」
急に言い出したレミを生暖かい目で見ながら僕は言った。この間は神殿の巫女になるって言ってたけど。その前は騎士様だっけ?
「 ふ~ん。なんで?」
「 だってね、私のこの腕じゃ魔物を倒せるような剣も振るう事も出来ないし、威力の強い攻撃呪文も唱えれない。回復のための聖魔法も唱えられないし、殴り倒せるような拳も握れない。」
「 運動神経壊滅的だもんね。」
「 う、うるさいなぁ。」
恥ずかしいのか、顔をそらしたけれど、僕からは真っ赤になった耳が丸見えだ。
「 だからね、そんな私でも役に立つのは何かなーって考えたの。」
「 うんうん。」
「 そうしたら宿屋の主人かなーって。」
「 なんで?!」
何か色々飛ばしている気がするけど、この子はそういう子だった。
「 ケネスは魔法士になるの?それとも魔法剣士?」
「 なんでその二択なんだよ。それに質問に答えてないけど?」
「 えー、だってせっかく魔法の素質があるのにもったいない。私にはないものだもの。うらやましいなあ。」
だから質問の答えは?
「 じゃあ、私ちょっと行くところがあるからね。じゃあねー。」
・・・本当に自分勝手なやつだ。
******
そんな会話をしてから5年くらいたった。
僕はあの会話をした後、魔法士の道を歩むべく首都にある養成所に入寮してしまったのでレミとは会っていない。
村を出発するときにもレミは僕の方を見てくれないし、そばによっても来なかった。僕は最後にレミに渡したいものがあったけど近づいてこなければ渡せない。
声を掛けようとしても隣に立っているアルとしゃべっていて僕にも気づかない。いったい誰の見送りに来たんだか。そして何をしに来のだか。
いつも何も言わなくても何もしなくても隣にいたのに、と、最後になって気付く。いつもレミが僕に気付いてそばに寄ってきてくれていたってことに。
養成所は今までの村での訓練とは大きく違って訓練に継ぐ訓練で毎日ぶっ倒れて一日が終わった。なんとか魔法士が板についてきたと思ったら卒業。そのまま魔法省に就職して、上司の叱咤と魔物との実戦にやっと慣れて来たな、と、余裕が出来てきたのがここ最近だ。
ふと周りを見渡すと彼女や許嫁がいるヤツラばっかりだった。みんなよく気力が持つな。僕なんかは先輩たちについていくのが精いっぱいで他の事を考える余裕なんかないよ。大体言い寄ってくる子もいないし、出会いがない。
「 いやいや、お前くらいじゃねえの?祭りにも行かねえし、飲み会にも行かねえ、差し入れも断ってるし、手紙も受け取らない。どんだけ堅物君なんだよ。」
「 でもさ、女の子が寄ってこないんだよ。差し入れ? 手紙? なんのことだよ。」
「 あー、みんなコイツの本性を見ればいいのに・・・!」
「 なんだよ、変なヤツ。」
「 変なのはお前だよ、ケネス!」
大多数の魔法士はこのまま首都に残って魔法師団に入団するけれど、僕は故郷に帰るってもう決めてるし。ここで彼女を作ったとしても僕の帰る田舎に一緒に来てくれるとは限らない。多分嫌がられてれてサヨウナラなんじゃないかと思う。まあそんな心配はこの5年間、全くと言っていいほどなかったけどね。
でも、もし何かあっても僕は困っていたかもしれない。そう簡単に忘れることが出来ないくらい変わってる子なんだもの、レミは。
僕の生まれた村の近くの森には大きな遺跡がある。まあ、近いと言っても馬で2日ほど南に向かったところにあるんだけどね。その遺跡は入り口に足を踏み入れると目の前に朽ちた女神さまの像らしきものがあったので『 女神の恵みの遺跡 』と名付けられた。
なぜそのような早口言葉みたいな言いにくい名前になったのかと言えば、調査に赴いた魔法師団と遺跡の中から貴重な素材の採れる植物や魔物が豊富にあることがわかったからだ。
最初に見つけた村の狩人達が村長に報告して、腕に自信のある男たちを連れて戻った時に名は決められたらしい。それだけではなく、この遺跡を調べていたというとうの昔になくなっているであろう魔法士の研究結果が女神像のホールの奥にあった隠し部屋から見つかったのだ。
この遺跡の最深部に女神の像があり、そこに女神の涙をささげれば願い事がかなうだろう、と。
最初のころは腕に自慢がある者たちが殺到し、このようにさびれた大したことのない遺跡ではあっという間に最深部までたどり着くものだろうと思われてはいたが、うまく事は運ばずにいまだに最深部の女神像にたどり着いたものはいない、と公式にはされている。
なかなか攻略できない猛者たちは何度も挑戦するために近所の村に拠点を置く。村の者と結ばれて永住する者もいれば次第に規模も広がる。
まあ、最近はめぼしい発見もないので少しづつさびれては来ているが、村の大事な収入源であるのは変わりない。大きな街道ほどの整備はできてはいないが、少しづつ冒険者のための宿泊施設や食堂、道具や薬品などを扱う店などが村の一区画に出来始め、研究結果を精査するために魔法省も重い腰を上げ、冒険者ギルドに常駐の魔法士を置くことにした。改めて遺跡を調べるために。
さびれた田舎のさびれた遺跡を調査するなんて地味な仕事を進んでやりたがる魔法士がなかなか決まらずに困っていた上層部と地元に帰りたい僕の希望が合った結果、半年後に村に赴任することが決まり、慌ただしく帰郷の準備が始まった。
今回の異動はただの部署異動ではなく、来年の春に開設される冒険者ギルド連絡所の魔法部門の責任者としての異動だ。冒険者ギルドと魔法省はあまり仲が良くないのは有名だけれど、今回の合同事業はとても大事な第一歩として注目されているらしい。僕では役不足感が否めないが、まあ、最初はこんなもので、あとで先輩方の誰かが上役としてやってくるに違いない、と僕は思ってる。
ずっと村に帰りたいと思っていた僕と、大きな町と町に挟まれて中途半端に支店が置けなくて、でも、中継地点として村に小さくてもいいから連絡所を置きたかったギルドの思惑がピタッと合った結果だ。ギルドの構成は冒険者を引退したゴードンさんと魔法省から若輩な僕。
こじんまりとしていて心地いいよね。連絡所っていうのがまた、ぴったり。
それと、田舎の結婚適齢期は首都よりも早いから、きっと村にいた友達もほとんど結婚しているんだろう。村に帰るんだから、母さんと父さんに誰と誰が結婚しているのか聞いておこう。ひょっとしたらもう子供も生まれているのもいるかもしれない。こっちでしかないようなお土産を買って帰るのに詳細とか聞いておいた方がいいよね。かわいい子供の洋服とか、おもちゃとか便利道具? 何を買っていこうかな。
5年も生活していると物も増えるわけで意外と大荷物になりそう。魔法術の本とか薄手の服とかは先に荷物を村に送っておいた方がいいかもしれない。冒険者ギルドに依頼を出しておこう。
そう思って自室を出たら目の前に同期がいた。
「 お、ちょうどよかった。はい、これ手紙。」
「 あ、ありがとう。」
あ、母さんからの手紙だ。この分厚さ、長そうだ。後でゆっくり読もう。同期にお礼を言ってポケットに手紙をねじ込んだ。
そしてそのまま冒険者ギルドに向かって歩き出した。
******
「 じゃあ、お願いします。」
「 はい!よ、喜んで!!」
顔を真っ赤にして叫ぶギルドの受付嬢に頭を下げて外に出た。何だか食堂みたいな挨拶だったけれど、悪くはなかったな。ゴードンさんにも聞かないといけないけれど、やっぱり受け付けは女性の方がいい気がするな。
そんなことを考えながら街の中心にある噴水広場に向かっていき、そのままそばの公園のベンチに座って、母さんからの手紙を読んだ。
とりあえず挨拶に配る日持ちするしゃれた焼き菓子でも買って来い。だそうで、さっそく評判の菓子屋に行く。いくつか見繕って包んでもらっている間に手紙で個数を確認した。えっと、1、2、3・・・。
「 ・・・あれ?」
どうやら一枚まだ読んでいなかった手紙があったみたい。
手紙を広げた拍子に目に入ってきたレミの名前と『 宿屋の主人 』の文字に心臓がわしづかみになる。
ああ、読まなければよかった。
やっぱり母さんからの手紙はろくなことがない。
僕は魔法士になる夢を叶えた。
レミも宿屋の主人になる夢を叶えたみたいだ。
でも、素直に喜べない僕は最低だな。