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1-8 初めての

8話です。


「はぁ……」


 思わず溜め息が漏れた自己紹介の後の休み時間。いくら何でもあの自己紹介は無い。別にプレッシャーに弱いとか、そんなことは無いがどうにも自己紹介は昔から苦手だ。


「だ、大丈夫だよ!  逆に噛んで、皆も豹牙君のこと面白いと思ってるよっ……!」


 香澄が横で必死に豹牙を励ましているが、今のネガティブ思考な豹牙の心には微塵も届いていない。


「俺だって、噛みたくて噛んだ訳じゃねぇんだよぉ……」

「勿論分かってるし、噛んじゃうのは仕方ないよ!」


 少しーーいや、かなり期待した。

 豹牙だって思春期だ。友達と喋ったり、遊んだりとかしたいと思っていたし、魔法学校だから今までの様な魔導士というだけで嫌な目で見られる事は無いからいけると思ってたから、まさか自己紹介で失敗するなんて豹牙も思ってもいなかった。


「……はぁ」


 これで25回目の溜め息。普段、溜め息を吐く事のあまりない豹牙にとっては異常な数。そんな机に伏している豹牙の前にスッと誰かが歩いて来た。


「……よっす!  豹牙!」


 俯いていた顔を上げて、声の主を見る。短髪の刈り上げ男子。手をポケットに入れており、如何にも体を動かすのが好きそうなタイプだ。


「……誰?」


 急に下の名前で呼ばれて反応したが、まったく見た事のない顔。


「おぉ、俺の名前言ってなかったな」


 そこで男は1つ、咳払いをすると自分を指差した。


「俺の名前は金丸鉄也(かねまるてつや)って言うんだ。よろしくな!」

「お、おぉ……よろしく」


 金丸の握手を求める手に、豹牙も手を差し出す。金丸ががっしりと握るが、先程までポケットに入れていたからか金丸の手汗が気持ち悪い。


「いやぁ……俺もまだ全員と仲良く出来てねぇからよ?とりあえずこれで豹牙は俺の友達な!」


 金丸が少し恥ずかしそうに頭を掻く。香澄は豹牙の方に笑顔を向けて、豹牙はこれ以上無い程の丸い目になっている。だが次第に口角が釣り上がっていき、笑顔へと変わった。


「そ、そうか! そうだな!」


 握ったままの手を豹牙は思い切り、振り回す。さっきまで気になっていた金丸の手汗が今では天然水の様に思える。


「お、おう……」


 金丸もここまでの反応をされるとは思っていなかったのだろう。少し、戸惑っている。


「どうしたの鉄也……って、さっきの自己紹介の子じゃん!」


 そこでひょいと金丸の後ろから女子が現れる。その女子も短髪で、金丸と同じスポーツ大好き女子みたいな雰囲気だ。


「私、篠山時雨(しのやましぐれ)。よろしくね!」

「おぉ……よろしくな!」


 豹牙の友達2人目。今日は槍でも降るのではないかと思わせるくらい、豹牙にとっては幸せな日になった。香澄も、一応荒木兄弟もーーここに来てから色んな繋がりが出来た。


「来て良かったかもな……」


 豹牙は誰にも聞こえない声で呟いた。ただ、真横にいた香澄と何故か遠くにいた間所にも聞こえていたのを、豹牙は知る由もない。



「さ、授業だ!」


 先程のネガティブな豹牙はどこに行ったのか。あんなに嫌いな机での勉強が全然苦に思わない。


「……?」


 ところがそんな豹牙の言葉に首を傾げる間所。香澄も何やら驚いた顔をしている。


「な、何だよ?」

「豹牙君ーー」


 間所が呆れた様に溜め息を吐く。


「君は今、何歳?」

「18だぞ?」

「なら、魔導士じゃない人達はどこに行く?」

「……大学とか就職とか?」

「そうだね。だけど君にとってここは魔導士の大学みたいなものなんだよ?」


 「そうなのか?」と横にいる香澄に聞く。当然、香澄は縦に首を振った。周りにいる者達はクスクスと笑っている。


「じゃあここ(仙石魔導院)は国語とか数学とかしないのか?」

「いや……豹牙君。何も知らないの?」


 間所も完全にお手上げ。あまりに無知な豹牙に込み上げる笑いを抑えきれない。


「はははっ……!  君の言う通りで、ここ(仙石魔導院)は魔法の勉強はするけど高校までの勉強はもうしないよ」

「おぉ……そうなのか!」


 豹牙としては有難い話だ。小学校はまだしも、中学、高校は全くと言っていいほど勉強をしてこなかった。高校なんて教師の情で卒業出来た様なものだ。


「魔法を磨き、魔法で卒業する。それがここのルールだよ」


 流石に豹牙もそれは覚えた。卒業の年に上位100位に入らなければいけない。だが、七英傑ーー明神聖や仙石朧を倒す事を目的にしてる時点で卒業は勝手についてくる。


「あ……」


 そこで思い出す。今日の対面式で七英傑が言っていた事を。


「俺、今から七英傑と戦いたいんだけど、どこでやるんだ?」


 豹牙の言ったその一言でクラス内が一気にどよめき出す。金丸や時雨達も、驚きの顔で豹牙を見てくる。


「挑むのは分かってたけど、いくら何でも早すぎやしないかい?」


 間所も少し驚いた様な顔で豹牙に言うが、その中で1人だけ驚かずに居た人物がいた。


「行けるよ豹牙君なら」


 香澄だ。その言葉で次に皆の視線が香澄へと変わる。それに気づいた香澄が「な、なんちゃって……」と誤魔化すが、もう遅い。その言葉に完全に推された豹牙は立ち上がり、教室の扉に手を掛ける。


「で、どこだよ?」


 豹牙の真剣なーーけど、どこか笑顔の混じった目が間所を見つめる。間所も英傑と戦う事を駄目とは思っていない。ただ、少し早いと思っただけ。


「負けたら……キツイよ?」


 これが間所の精一杯の引き止めの言葉。だが、それは豹牙にとって何の不安材料にもならなかった。


「元々、俺と香澄は不合格だったんだから現時点で最下位と変わんねぇだろ?」


「え……」


 声を漏らしたのは時雨。それに続く様に皆の声が行き交い始める。


「もしかして……明神さんの言ってた人ってお前らの事なのか?」


 金丸が豹牙と香澄を交互に指差す。間所は生徒達を制する事もなく、淡々とした顔で豹牙や香澄、金丸達を見つめるだけ。


「……あぁ、そうだよ。あいつ(明神)のお陰でここに居られるんだから、ちょっくらお礼の挨拶に行くだけだ」

「お前っ……!」


 金丸が席を勢い良く立ち上がり、豹牙の元へと歩み寄ってくる。彼等の憧れである七英傑を舐めた言動は良くなかった為に殴りでもするのかと思った豹牙だったが、金丸は豹牙の肩を掴んで揉んだ後、背中を強く叩くいた。


「凄ぇじゃねぇか! あの人(明神)にあそこまで言われるなんて!」

「そうじゃん!  凄いよ豹牙!」


 掛けられた言葉は、罵声ではなく歓声。金丸や時雨に続いて、他のメンバーも凄い、凄いという言葉が豹牙と香澄に向かって飛んでくる。


あの人(明神)に褒められたんだ。お前ならいけるよ!」


 金丸に続いて応援の言葉を掛けてくれる事で、豹牙は自分の中から何かが込み上げてくるのを感じた。それが何なのかは豹牙自身も分からない。涙だって流れていない。

 ただ、家族以外の人にこんなに応援されるのがこんなにも嬉しい事とは思わなかった。


 魔導士だ。あの子と遊んだら危険だ。俺達の生活に魔法を持ち込まないでくれ、関わらないでくれ。


 そんな事ばかり言われてきた豹牙が今、置かれてる状況は自分にとって、どれだけ幸せな事なのかーーそれを知ってるのは当然、豹牙だけなのだが。


「お前ら……よっしゃ!バシッと決めてくるわ!」


 拳を作った手で自分の胸を強く叩くが一瞬、咳が出そうになった。しかし必死に堪えた後はそのまま扉をくぐり、廊下を歩いて行くが少しした所でまた戻ってくる。


「と、ところで……どこに行けばいいんだ?」




「そういえば……一体、お前が褒めてたのは誰なんだ?」

「ん?」

「そういえばまだ、教えて貰ってなかったですね」

「……」

「俺の予想だと優男だな!」

「あんた……女の子の方は?」

「これだから単細胞は……」


 1つの部屋に色んな声が飛び交う。豹牙達のクラスとは違い、如何にも高級なもので彩られた部屋に有る椅子はたったの7つのみ。

 左右に3つの椅子が奥へと並び、1番奥の所謂(いわゆる)主役席の場所に1人が座っている。


「んだとこらぁ!?」

「うるさいわ……静かにしなさい単細胞」


 ガタイの大きい男と綺麗な髪をした女。


「……」

「全く……何であんなめんどくさい事すんのよ?」


 怠そうに机に突っ伏している男と何やら奇妙な人形を触っている女。


「確かにあれじゃ僕が1年生で七英傑した凄さが薄くなりそうですよ」

「大丈夫だ朧。中々そんな奴は現れないからな」


 かなり童顔な男と不健康そうな顔をした男。


そしてーーー


「大丈夫だよ僕等はそうそう負けない……何て言ったって、僕等は選ばれた者(七英傑)なんだから」


 奥に座る、周りと1つ違ったオーラを漂わせる男。


「でもあんたが英傑戦を誰でもOKなんて言わなければこの部屋にずっといる必要なんて無いのに」

「え……」

「そうだな。確かに夢葉の言う通りで労力の無駄だな」

「ちょ……」

「……めんどくさい」

「ゆ、遊羽まで……!」


 さっきまでのオーラはどこへ行ったのか……。

 部屋の隅で男は三角座りをし、急に拗ね始める。


「僕だって……必死に考えた結果なのにっ……!」


 鼻水を啜る音が聞こえる。まさか本当に泣いてるーーー?


「お、おい聖……大丈夫だ、ちゃんと成功すーー!」


 1人の男が言葉の途中で何かに気づく。また同じ様に他の5人、そして拗ねていた男もそれを感じ取る。


「良かったな聖。早速のお客さんだぞ」


 ポンと肩に手を置くと、拗ねていた男は「うん」と小さな声で返事をして立ち上がり、扉の方へと体を向ける。


 そしてゆっくりと開かれる扉の先に見える人影へと声を掛けたーーー


「1週間ぶりだね。友達は出来たかい? ()()君?」


「おう……最高の出会いになったからな。お礼に来たぜ?」


 豹牙は奥にいる明神聖をじっと見つめる。聖も同様に豹牙と合った目を逸らさない。


「そのお礼とは一体何かな?」


 その問いに豹牙はニヤリと白い歯を見せ、7人のいる机へと何かを置いた。


「もちろん……あんたをその椅子に座らせない様にする事だ」


 聖は豹牙の置いた物へと視線を落とし、確認すると豹牙と同様に白い歯を見せた。


「そうかい……最近、この椅子の座り心地に飽きて来た所だったんだ。是非そうしてくれよ豹牙君?」



 机に置かれていた物は、【下克上】と達筆な字で書かれた物だったーーー


読了頂きありがとうございます。


金丸はいい奴ですね。僕も現実でこんな友達が欲しかったです。


次回の更新予定は12/12(火)の16時頃です。


次回も是非読んで下さいね

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