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1-7 明神聖

7話です


 豹牙と香澄は目を疑った。

 第一席(アレフ)と呼ばれ、大勢の新入生の大歓声を受けながら現れたのがーーあの時の自動販売機の、陽気な男だったからだ。


「え……?あの人って……」

「第一席って……あいつだったのかよ……」


 2人とも驚愕の事実に、動揺してしまっている顔を戻す事が出来ない。その間にも明神聖は中央にある1番大きな椅子へと腰を掛けた。

 そこで場内は完全に熱気に包まれた。七英傑の全メンバーが彼らの前に現れたのだからーーー

 だが明神聖が第一席(アレフ)だとしても別に不思議な話では無い。何故なら、豹牙も香澄も彼の魔法も強さもそして何よりーーー名前すらも知らなかったのだから。あの時、明神聖と話したのは豹牙達の経緯のみで、向こう(明神聖)の話は1つも聞いていなかった。


 そこで明神聖と多田久志のある言葉が豹牙の脳裏に引っかかった。


『じゃあね豹牙君、香澄さん! この恩はちゃんと返すよ!』


『あいつのお陰で不合格を免れたんだろ?』


 そこで豹牙は全てを理解した。

 何故、今こうして豹牙がこの魔導院に入る事が出来たのか。

 そして、多田の言っていた【あいつ】と言うのが一体誰だったのか。


「あんただったのかよ……」


 手すりを掴んでいた手が勝手に強くなる。それが何故なのかは豹牙自身も分かっていなかった。余計なお世話だなんて全く思ってない、むしろ感謝するべきだ。だが、豹牙の心の何処かでそれを出来ない自分が居た。

 そこに間所が口を挟む。


「ようやく気づいたんだね」


 豹牙は間所の言葉に疑問を感じた。ようやくと言うことは間所は明神聖のお陰で豹牙と香澄が入学出来たのを知っていたのか。


「あんた……知ってたのかよ」

「そりゃあ君達の担任なんだ。それくらいの事は分かってるよ」


 豹牙は唇を少し噛みしめると、その手すりから体を乗り出し、下に居る多数の新入生達と同じフロアへと降りようとした。


「どうするつもりだい?」


 間所は制止する事もなく、ただその場から声だけを豹牙へと向けた。豹牙も間所の方へと顔を向ける事なく、口を開いた。


「別に……ちょっくら挨拶しようと思っただけだ」


 そう言い放つと豹牙は完全に降りようとする。香澄だけが「危ないよ!」と止めようとするが、豹牙はそれを気にもせずに空中へ体重を投げ出そうとした瞬間ーーー


『ここで第一席(アレフ)・明神聖さんからの新入生へのお言葉です』


 そのアナウンスが流れた。先程まで明神聖の登場に賑わっていた場内は一気に静けさが広がり、まるでイベント会場から葬式会場に来たかの様な雰囲気の変わり様だった。

 その変わり様で豹牙も一旦、身を乗り出しを止めた。そこでようやく間所は豹牙の横にきて、背中を軽く叩いた。


「まずは彼の話を聞いてあげな。聞いた後は君の好きな様にしたら良い」


 豹牙は手すりを握っていた手を離して、ポケットの中に突っ込む。間所は横で「偉い偉い」と頭を撫でて来ようと手を伸ばしてくるが、それを豹牙が払いのけると明神聖は中央の大きな椅子から立ち上がり、前にある教壇にあるマイクを握った。


『あ、あ〜、あ。うん、聞こえてるね』


 先日、豹牙達と会った時と全く同じ声のトーン、雰囲気でマイクチェックを行う。


『まずはみんな入学おめでとう。この仙石魔導院に入れた事を誇りに思って貰って構わない』


 そこで明神聖は拍手を新入生達に向けて、行うと後ろに居た漣 渚と轟爆庵、仙石朧も拍手をしている。先程の入場時に新入生に何かしらの反応した者達ばかりだ。残りのメンバーは退屈そうに座っているだけ。


『今や魔導士は世界の人口の1%を占め、7000万人が存在する。日本はその中で500万人の魔導士を有して、琰楼帝国(えんろうていこく)とシャアーリア王国に並ぶ三大魔国として存在している……その三国でもトップクラスの魔導院として存在するこの仙石魔導院は日本唯一の魔導院として毎年多くの魔導士が集まる。その中で選ばれた魔導士の卵が君達だ』


 その言葉に新入生達は喜びの声を上げ、それを聞いた明神聖は再び拍手をしている。


『君達には優秀な魔導士になってもらい、人の為に尽くせる人間になって欲しい』


 それを聞いた白王が横で何やら叫んでいるがそれも放っておく。


『そこでだ……先日起こった僕の話を聞いてもらいたい』


 そこで一瞬、明神聖が豹牙の方へと顔を向けた。すこし離れているため、目が合ったかどうかまでは分からなかったが今、(明神聖)が豹牙の方を見たのは間違いない。


『君達が入場試験を行った日に、僕は困っていたんだ。もしかしたら見かけた人もいたかも知れない……自動販売機の下に知人の宝物が落ちていたんだ』


 あんたが下にやったんだろと、豹牙は心の中で突っ込む。横を見ると、香澄も少し頬が緩んでいる。おそらく同じ事を考えているのだろう。


『なかなか苦戦してね……15分くらい経って、とある二人組の男女に助けて貰ったんだ』


 これは間違いなく豹牙と香澄の事だ。周りからは『おぉっ』と感心する様な声がちらほらと聞こえる。内心、豹牙はとても胸を張っていたがそれを表には見せなかった。ただ、鼻だけは膨らんでいるのだが……


『その15分の間に僕の周りを通った人間は228人だ。それに対して僕に声を掛けたのは0人だった……この意味が分かるかい?』


 場内に静寂が訪れる。

 明神聖は遠回しに自分達、新入生に嫌味を言っていると捉えられてもおかしくない。


『【人の為は自分の為】がこの魔導院の教育理念だ。君達も魔導院の歴史については知っているから詳しくは話さないが魔導戦争がきっかけになっている』


 勉強嫌いの豹牙でも流石に魔導戦争については知っている。日本で過去に起きた魔導士間の戦争だ。今の日本では無いが、海外では至る所で勃発している。


『なのに誰も僕に声を掛けなかった。別に君達を責めてるわけじゃ無いよ?もしかしたら急用が有ったのかも知れないし、僕に気づかなかったのかも知れないし、ただ僕に声を掛けるのを躊躇ったのかも知れない……もしかすると自分には関係無いと思ったのかも知れない』


 この中で1番可能性があるのは明らかに最後だろう。人間はそういう者だと豹牙は思っているし、恐らくここにいる殆どはそう思っているに違いない。


『ただそれら全てを引っくるめて声を掛けてくれた2人の生徒に僕はものすごく感謝しているし、尊敬している……だがその2人は試験に落ちた2人だった』


 その言葉に場内が少し騒がしくなる。自分達の事を言われているのは豹牙達も分かっているので、少し……いや、かなり恥ずかしい。


『凄いよね……ある意味、人生の中で1つの大きな勝負に失敗した後に、自動販売機の下を覗き込んでる人間の手助けなんて出来るかい?』


「あはは、あの第一席(アレフ)が自動販売機の下を覗いていたのかい!」

「ちょ……静かにしろよ!」


 間所が腹を抱えて大笑いする。静かな場内で間所1人が笑っているため、視線が自然と豹牙達に一瞬集まる。


『僕なら出来ない。だからこそ僕よりもその人の方がここ(第一席)に相応しい……だが、君達にはこれから四年間の時間がある。だから君達が魔法を極め、人として大きく成長してくれると信じている……そして君達の憧れがこの場所(七英傑)だとするならばーー』


 そこで七英傑の残り6人が席から立ち上がり、明神聖の横にまで歩き、並び立った。


『これから365日好きな時に僕達に魔闘を挑んで貰って構わない……そして勝った者はその場で七英傑入りさせよう……これで君達のやる気が上がるというのならば安いものだ』


 場内が騒然とする。横にいる間所も「あらら……本当かい?」と目を丸くしている。豹牙はいまいちその理由を掴みきれていなかった。


「おい……何でそんなに驚いているんだよ?」

「本来、ここ(仙石魔導院)は魔闘と呼ばれる対人戦で順位を上げていくのは知ってるかい?」

「あぁ。知ってるけど……それがどうかしたのか?」

「でもね、七英傑に入るには院生数万人の中から序列8.9.10位の人のみが挑む事が出来て、それに勝てばようやく英傑入り出来るんだ……つまりーー」


 そこでようやく豹牙も理解する事が出来た。それは豹牙にとって、願ったり叶ったりな事案だと言う事をーーー


「序列が最下位の生徒でも七英傑入りする事が出来るって事だろ?」

「ーーそう言う事だよ」


 しかし間所の驚きの顔はなかなか元に戻らない。


「仙石魔導院が出来て以来、120年続く伝統の英傑戦をまさか壊してしまうとは……これは、教員会議で揉めるなぁ……」


 間所が頭を抱える。ボソボソと何かを呟いているが、何を言ってるのかは間所と同じ様に動揺した他の生徒達の声で掻き消されて聞こえない。


「でも豹牙君……これって……」


 香澄が豹牙を見つめる。豹牙も香澄の方へと顔を向けると肩を掴み、激しく揺らす。


「あぁ……!   チャンスだ」


 まさに好タイミング。コツコツと上へ進むのを嫌う豹牙にとってはこの七英傑の考えは豹牙1人の為に作られたと言ってもおかしくない程、豹牙にとって都合が良かった。


『ただし……挑むからには僕達は七英傑という大きな名誉を賭けてるんだから、君達にも何かを賭けて貰わないといけない。だからーーー』


『負けた人はその人の順位を最下位にまで落としまーす』


「えっ……えぇっ!?」


 場内からも豹牙と同じ様にブーイングの様な声が聞こえる。だが、明神聖はそれに対して何も反応する事なくーー


『頑張ってね!』


 親指を突き立てて笑顔を作った。



 七英傑との対面式を終えると、興奮しきった白王とそれを見て呆れる黒影は彼等の担任に連れられていった。同じ様に豹牙と香澄も、間所に連れられて自分達のクラスへと案内される。


「皆は昨日からだけど君達は今日から登校だから、もしかしたら既に各グループが出来てて仲間外れになるかもね?」

「……別に気にしねぇよ」

「おや? 豹牙君は友達は要らないタイプの人かな?」


 肯定もしなかったし、否定もしなかった。自分は魔法のせいで友達付き合いが出来なかったし、また悪さばかりしてたから余計に悪化した。でも、18年やって来てるし何も問題は無いーーが、友達というのが欲しいと言えば欲しい。


「と、友達出来るかな?」


 香澄が不安そうに豹牙を見てくる。豹牙はため息を吐くと、優しくポンと頭を叩いた。


「無理なら俺がなってるよ」

「ひ、豹牙君……」


 香澄から見て、豹牙の耳は高熱でも持ってるかの様に耳を赤くしている。それを見た香澄も顔を少し赤くして、俯いてしまった。


「仲睦まじい所で悪いけど教室着いちゃった」


 間所は1つの場所を指差す。それは扉の前には各教室に先程から掛けられているプレート。各教室で数字が違うーーつまりそれはクラスの番号を意味していた。


「1-7……か」

「そうだよ、ラッキー7だね!」


 間所は「合図したら入って来てね」と言って、教室へと入って行った。


「……あ」


 忘れてた。自己紹介をどんな風にするのか。


「……や、やべぇ」


 急に香澄の横で豹牙はソワソワし始める。香澄は不思議そうな顔で豹牙を見ていた。


(豹牙君、トイレ行きたいのかな?)


 呑気な香澄の考えとは裏腹で、豹牙はーーー


(やべぇって!自己紹介失敗したらこの先の四年間やっていけねぇよ!)


 慌てるだけ慌てた豹牙の頭は自己紹介をどの様に行うかも考える事をせず、扉越しに間所の「入って〜」という悪魔の声が聞こえて来る。

 入らない訳にはいかない。豹牙は扉に手をかけて、横へとスライドさせた。

 入った教室に座っていた生徒の数は30人程。普通の学校と似た様な教室。変哲のない、黒板、机と椅子。


「はい。じゃあ自己紹介して?」


 間所の司会で周りが拍手を始める。豹牙は小さく「え、えっと……」と呟き、口を開いた。


「か、風薙豹牙っす……か、風の魔法を使いましゅ!」


 もう1度、拍手が起こる。間所は横でクスクスと隠れる様に笑っている。香澄も下を向いて、豹牙にバレない様にしている。

 豹牙は内心で完全にやってしまったと思い、今までと同じぼっち生活を覚悟したのだったーー

読了いただきありがとうございます


次回は12/11(月)16時頃更新予定です。

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