1-4 天然な男
4話だよ
「はい。試験終了ね」
多田が気怠げに手を叩きながら、豹牙達の元へと歩み寄る。
「おい先生。俺はこいつ倒したから合格だよな」
「ん……あ、まぁそうしてやりたいんだがな……」
「何だ? 何か問題あんのか?」
歯切れの悪い多田の返事に豹牙は疑問を感じた。何せ自分が落とされる理由が無い。
「いやお前、陽炎閣に被害を与えてよくそんな堂々としてられるな」
「……?いや、俺が壊したわけじゃねぇし」
「いや、どう見てもお前とそこで伸びてる奴の所為だろ」
そう言い、多田は倒れている白王に目線を向ける。
「待って下さい。まだ終わってません」
白王は執念の如く立ち上がるが体はボロボロ。満身創痍としか言いようがない風貌になっていた。
「てめぇ……」
豹牙は睨みを効かせながら白王に眼をやる。
「まぁ……その気持ちは汲んでやりたいが、何せ時間も限られてんだそれにーー」
多田はそこで1度、間を開けると再び言葉を続けた。
「俺、別に勝った奴が合格なんて言ってねぇぞ?」
「「え……?」」
豹牙と白王の抜けた声が重なる。多田はそこでため息を吐きながら「やれやれ…」と戯けた仕草で話し始めた。
「俺は2人1組になって闘えとしか言ってねぇよ」
「じゃ、じゃあ審査基準は一体……」
白王が訳がわからないと顔に出しながら多田に問いかける。豹牙も同じく口を開けたまま、その口が塞がっていなかった。
「この学園に必要な存在は、優秀である事。これただ1つだけだ」
「じゃあ僕達は優秀じゃなかったと言いたいんですか?」
「そんな事は無い。お前達はこの場では間違いなく素質がある生徒だ」
「じ、じゃあ何故!?」
白王が吠える様に多田に言う。多田は先程までの気の抜けた雰囲気を何処へ…と言うほどの差で消し去り、今は厳格さが見て分かるほどの目つきで白王達を見つめる。
「お前ら……2人1組で闘えと言っただろ」
「そ、それは……」
白王が言葉に詰まる。
「優秀である事は何も魔法に長けている事だけを意味する訳じゃ無い。言われた事、存在する規則を守り、その中で輝ける存在こそが優秀と言うんだ」
「……」
白王はぐうの音も出なかった。同じく、豹牙も。
多田の言っている事は別に間違っていない。確かに多田は勝てば合格とも負けて失格とも言ってない。2人1組で闘えと言った。破ったのは豹牙と白王の身勝手な行動だ。
「この試験はギリギリまで互いの魔法を知らずに居て、臨機応変にツーマンセルを行うことが出来るかどうかが肝だった。その中身が良ければ例え負けても合格に値する……それが優秀さの片鱗だからな」
追い討ちを掛ける様に多田は言葉を掛けるが2人は無言のまま俯いていた。否、そうする事しか出来なかったから。豹牙とて馬鹿じゃ無い。多田の言っている事に間違いなんて無い。ここで反論しても見苦しいだけなのは重々承知している。
「じゃあ今から合格者の番号言うぞー。1番、3番、4番ーーー」
多田は次々と合格者の名前を呼び続ける。香澄はもしかすれば…などと無意味な期待を寄せるがやはり無意味でしか無かったーー
風薙豹牙、千田香澄、荒木白王、荒木黒影の番号が呼ばれる事は無かった。
ーーー
ーー
ー
「……」
「ぐすっ……」
発表終了後、合格した生徒は喜びをパートナーと分かち合いながら元々居たあの会場へと足を返した。落ちた者の中で落ち込む者が大半だったが豹牙達だけは何も反応する事なくその場から立ち去った。
そして今に至る。
「ごめん。私なんかと組んでなかったら豹牙君はーー」
香澄は発表後からこの様子だ。ずっと謝ってばかり。
「違う。俺があの時にお前の言う事を聞いていれば……」
彼女が謝る事なんて1つとしてない。幾ら彼女の魔法があの場に置いて不利だったとしても、それは仕方がない。決して手を抜いていたわけでも無いし、何より放心状態の自分を庇うように白王達の攻撃をその場から動かずに受けようとした彼女を責める権利を少なくとも豹牙は持ち合わせていない。それよりも自分があの場で香澄の忠告を…言う事を聞いていれば少なくとも今、こんな事になっていなかったかも知れない。
「そ、そんな事ないよ! 豹牙くんは……ここでもっと強くなるべき生徒だよ……」
「……」
互いに無言になる。
どちらも自分が悪いと思ってならないからこそ、今はどう接するべきなのか分からない。その中で先に開口したのは豹牙だった。
「でもお前、これからどうするんだ?」
「え?」
「俺はこのまま家に帰るけど……お前もそうするのか?」
「……え、ええっと……」
香澄が口籠る。目線を下に向け、必死に代わりの答えを探しているようにしか見えない。
「いや、何か言いたくない事があるなら良いんだぞ? ごめんな」
「う、うん。大丈夫……こっちこそごめんね」
またしても2人の間に沈黙が生まれる。何とか捻り出した言葉だったがこれも地雷を踏んでしまった豹牙はもう諦めるようにため息を吐いた。その時、豹牙は何かを見つけた。
「……ん?」
「どうかしたの?」
そこには自動販売機の前でしゃがみ込み、何かをしている男が居た。
「……ん。もうちょ、っと……!」
制服がこの魔導院なのでここの生徒なのは間違いない。よく見ると、自動販売機の下に手を伸ばしてる。
「どうかしたのか?」
豹牙が声を掛けると、その男はその体制のままこちらを振り向いた。
「あぁ……ここの学食の叔母さんが大切なペンダントを落としたそうでね。探していたら自動販売機の前に落ちてたんだけど、僕が気づかずに蹴ってしまいこの様だよ」
男は必死に腕を伸ばして、そのペンダントを掴もうとしているが、どうやらかなり奥に入ってしまったらしい。というか、気づかずに探しているペンダントを蹴るその不運がもはや笑えるレベルである。
「良かったら手伝おうか?」
豹牙がそう言うと、男は「本当かい!」とその体制のまま、笑顔を作って見せた。しかし絵面が酷い。お尻をこっちに向けて、笑顔でいる為に周りから見るととんでもない状況にしか見えないだろう。
「お、おう……任せろよ。よっ…と」
豹牙も同じ様な体制を作った後、風を起こすと奥にあるペンダントをこちらに動かすと必死に手を伸ばしていた男の手元まで転がって来た。
ここまで来ればもう簡単。男はそのペンダントを掴んだ事が分かると、今までで1番の笑顔を作り「取れた!」と言った。
「そうか良かったな」
「本当だよ。食堂の叔母さんには何かとお世話になってるからね…これで少し恩返しが出来たかな」
「ハハッ」と笑って居るが、蹴ってしまった事を忘れているのだろうか。そうだとしたらかなり天然な生徒だ。とは言え、そこを指摘する必要も無いので豹牙は黙ったままで居た。
すると、男は香澄の顔を見てから豹牙に聞いてきた。
「ところで……そちらの女性が泣いている様だけど痴話喧嘩の途中だったかな?」
「ん?いや、違うんだ。実はーー」
豹牙はここまでの経緯をその男に話した。別に言う必要もなかったが痴話喧嘩では無いのでそれを否定する為にも話した。試験で、香澄の魔法の事、豹牙の単独行動、多田の話した事、そしてさっきまでの帰り道。
男は黙って、うんうんと頷くだけで話を聞いてるのか分からなかったが…
「成る程……それは災難だったね。豹牙君と香澄さんだっけ?」
「あぁ…て、事だからもうここに来る事は無いな」
「確かに……でも大丈夫!いつか良い事が起こるかもしれないからね!」
親指を突き立てて笑顔を作る男。豹牙は少しだか苛立ちを覚えたが、別に間違った事は言ってない。「そうだな」と軽くあしらった。
「おっと……もうこんな時間か」
男は近くにあった時計を確認すると、急ぎ足でその場から去ろうとした。
「じゃあね豹牙君、香澄さん!この恩はちゃんと返すよ!!」
そう言って男は完全に豹牙達の前から去っていった。豹牙は恩返しならこの自販機で飲み物を買ってくれたら良かったのにと思ったが、あの男がかなり天然な事は分かりきっている事なのですぐにその考えは捨てた。少しだけ笑みが溢れる。すると、香澄も同じ事を思っていたのか泣き顔から笑顔へと変わっていた。そこで目が合い、2人は溢れていた笑顔を全開にして笑う。
あの天然さに今は感謝しなければいけないと豹牙は思った。
「とりあえず今は解散だな」
「だね……」
自然と言葉が繋がる。
「まぁいつか会えるさ。さっきのやつみたいに気楽に行こうぜ」
「ふふ……そうだね!」
「おう!じゃあ、またいつか会おうな!」
「うん!」
豹牙はそこで拳を香澄に突きつける。香澄も同じ様に作った拳を豹牙の拳とコツンとぶつけた。
ーーー
ーー
ー
「呼んだかい?」
多田はとある部屋に入ると前の席に座っている人物へ声を掛ける。
「うん。ごめんね多田先生……来てもらって」
「問題無いよ。所で何か用でも?」
「先生が試験をした中で陽炎閣に被害を与えた試験生が2人いたそうだね」
「もう耳に入れてたか。そうなんだ、粒としては良かったんだがーー」
「協調性の無い、優秀な生徒じゃなかったと?」
「…!よく知ってるじゃないか」
多田が戯ける。向かいに座っている人物も自然な笑顔を作って見せた。
「だって僕も先生の試験を受けたんですからね」
「それもそうだったな」
「それで本題というのもね…」
そこで一拍置いてから話を続けた。
「その2組の失格を取り下げて欲しいんだ」
「…どうしてだ?」
「いや、少し恩を返さないと…と思ってね」
「恩?」
「いやこっちの問題だよ。所で駄目かな?」
少し申し訳無さそうに多田を見つめる顔を見て、多田は一つ息を吐いた。
「駄目な訳がないだろう。君達の意見は基本的には絶対だからね。七英傑…特にーーー」
「第一席の明神 聖の数少ない具申となるとね」
多田がそう言うと明神 聖は親指を突き立てて、笑顔を作った。
次回も良かったら見てくださいね