1-14 鬼畜な少女
14話です
「おい豹牙!」
「ーーん?」
聖への弟子入りから2日後。
自分の机に肘をつきながら呆けていた豹牙の耳に突然、自名が聞こえて来る。振り返ると、声の主は金丸と判明。走って来たのだろうか、肩で息をする様に豹牙の横に立っていた。
「はぁ……はぁ……お前見たか!?」
「な、何がだ?」
「おまーー! これだよ! これ!」
金丸がポケットから取り出した紙を豹牙の机に乱暴に置くと、「なになに」と手に取って覗き込む豹牙。書かれていたのはどうやら1年戦についての事だった。
「あぁ……これの事か」
既にその存在と内容を知っている豹牙はそれを詳しく読む事もなく、金丸に渡し返した。
「いや! そこじゃなくてここだよ!」
渡し返された紙をもう一度豹牙の机に置きつけると、詳しく読む事のない豹牙の為に、金丸はピンポイントを指差す。
「お前! これ本当なのか!?」
金丸は驚きの顔ーーと言うよりも、どこか新しい玩具を手にして興味津々な子供のみたいな顔をしている。
流石に、指差された部分まで無視するわけにはいかない。もう1度、豹牙はその紙に目をやった。
「出場者とその指導者名簿……?」
「そうだよ! それのここだよ!」
コンコンと金丸の指の爪が机に当たる音の発生源の場所には、風薙豹牙と明神聖の名前が書かれていた。
「お前! 明神さんが指導者って……本当か!?」
「ん、本当だぞ?」
言うや否や、金丸の顔が今度は興味津々な子供の顔に確変する。
「どういう経緯でそんな事になったんだよ!?」
「え、ええっと……」
豹牙としては出来れば、先日の事は言いたくない。言いくるめられた部分や、ほんの一瞬だけ泣いてしまった場面、聖の語ったスケールの大きい可能性。
知人に話すとなると少しーーいや、かなり恥ずかしい。
「ま、まぁ……色々とあったんだよ」
「いや、その色々をーー」
言葉を濁す豹牙だが、金丸自身にはそんな意図は当然伝わっておらず、遠慮する事なく追求して来る。 そんな金丸の言葉を遮るように椅子の音をわざと大きく立てながら、豹牙は立ち上がるとーー。
「まぁ、あいつがが教えてくれるって言うから仕方なく……な?」
「本当かよ?」
少し無理があったのか。簡単には金丸も、流石に信じてくれない。だが、実際に聖に教えてあげると言われたのは事実なのだがーー。
「そういや香澄はどこに行ったんだ?」
「ん? あぁ……香澄ならーー」
◆
「し、失礼しまーす……」
ノックしてからゆっくりと扉を開いて、足を扉の先にある部屋へと踏み入れる。今まで居た廊下とは、全く違った雰囲気ーー変な重力が上から降り注いでいる感じだ。
因みにここに至るまで、扉の前で10分掛かった。
「……あら? あなたは……」
香澄の先に1つだけ存在する机と椅子。そこから声が聞こえて来たのだが、誰の姿も見えないーー気のせいだろうか?
「あ、あれ?」
しかし確かに声はしたのだが……それすらも気のせいだろうか。
数字にして15畳くらい。部屋の側面には、数え切るのにかなりの労力を使ってしまう程の数の本を収めている本棚がびっしりと並べられている。
扉を閉めて辺りも確認するが、やはり人の姿は見受けられない。
「ーーここよ。このクロストリジウム!」
「え? ク、クロスト……?」
やはり聞こえていた声の主は、香澄の視界の前にある椅子に座っていた。先程の場所からは、角度の問題で見えなかった様だ。
そんな小さーー小柄な人物を香澄はこの学院で一人しか知らない。
そう、七英傑の第五席・西園夢葉だーー。
「食中毒などを起こすクロストリジウム菌の事よ」
「え、私がそれ……ですか?」
「私以外にこの部屋に居るのはあなただけでしょ?」
話した事があるのは前の豹牙の英傑戦の時にほんの少しだけで殆ど無いのに、会ってすぐのところでとんでもない悪口を直接言われてしまった。自分は食中毒の細菌と同レベルと言うことか。これはかなり精神的にやられるーー。
「それにしても……聖が私に教えて貰いたい生徒が居るって聞いたから会ってあげたけど、まさかあなただったとはね」
「す、すいません……」
別に謝る必要のある事は言われてないのだが、勝手に口から飛び出してしまう。
それにしても何故、自分はこんなところに居るのかと言うとーー。
ーーー
ーー
ー
〜2日前〜
「良かったね豹牙君! これで1年戦に出られるね!」
豹牙が聖に弟子入りした事を香澄は自分の事のように喜んだ。
「おぉ、そうだな。これで1年戦に出られるぜ!」
意気込む豹牙とそれを見て、微笑む聖。少し、そんな凄い人物と師弟関係になれた豹牙を内心では羨ましく思っていた。
「いいなぁ……」
「え? 香澄も出たかったのか?」
「え!? いや違うよ!?」
思わず口に出てしまっていたのか、それを聞いた豹牙がとんでもない事を言い出した。香澄の様な無力に等しい魔導士が、勝敗で進んでいく試合に出ても5秒で終わりだ。いや、5秒も耐えられたら勲章物だ。
「明神さんみたいな凄い人に私も魔法とか教えてもらえたらなぁ……って思っただけだよ」
「香澄……」
「あ、勿論そんなの夢物語だっていうのは分かってるよ?」
申し訳ない様な顔をする豹牙に慌てて後付けする。豹牙が申し訳なく思う必要は無いし、自分が羨ましがるだけなら別に問題は無いだろう。
「夢物語なんかじゃないよ」
「えっ……?」
そんな香澄を見たからなのか、ずっと黙りっぱなしだった聖はそこで開口した。その言葉に思わず、言葉が出て来ない。
「……君は治癒魔法を扱うんだよね?」
「は、はい。よくご存知で……」
「ははっ。君達が話してくれた事はよく覚えているからね」
聖に香澄の魔法の事を話したのは、入学試験の日のあの時のみだ。いくらまだ10日程しか経ってないとは言え、香澄の様な特徴の少ない魔導士の魔法をよく覚えていてくれたものだ。
「……そうだね。彼女も僕と同じで指導した事なんて無いと思うから、もしかしたらスパルタかも知れないけど大丈夫?」
「彼女って……一体?」
「それは見てからのお楽しみ。大丈夫だよ、医療魔導士としての腕は学院一だからね。君にはぴったりだと思うよ」
あの明神聖が推薦する人物なのだから、さぞかし凄い人なんだろう。スパルタなのからは身を引きたいところだが、ここまで来れば自暴自棄。それに、こんなにも良心的にして貰ってるのには断るのは、香澄としては申し訳がない。
「わ、分かりました。お願いします」
「うん! 任せといてよ!」
ーーー
ーー
ー
と、いう経緯になる。当然、学院一の医療魔導士ともなるとやはり七英傑とは予想はしていたのだが。
「あなたの腕前は聞いてるわ。何せ、かすり傷程度しか治せないらしいじゃない」
「……うっ」
夢葉のオブラートに包む事の無い言葉が香澄の弱心に突き刺さって、言葉が詰まる。
だが、夢葉の言う通り。かすり傷程度しか治せない香澄としては、聖の言っていたスパルタが相応しいのかも知れない。
「……聖も言ってたと思うけど、私は他生徒に指導はしない主義なの。今までだってあなたと同じで医療魔導士の子達がぞろぞろと押しかけてきたわ」
流石は七英傑。教えて貰いたい生徒は多数居るのだろう。それを夢葉が、ずっと断ってきていると言う事は答えは1つしかない。
「と言う事は指導して頂けないんですか?」
「そうよ」
やはりーー。
先程の夢葉の言葉で断られるのは覚悟していた。とは言え、聖の推薦で叩いた門が開く前から帰らされるのは流石にメンタルがやられる。
「分かりました……すいません。お時間をわざわざ頂いて」
これからどうしようか。誰かの指導無しでやって行けるほどの容量も器量も、香澄は持ち合わせていない。それでも今、夢葉の部屋でただ突っ立っているよりは何かしら行動に移した方が正解だ。
そう思い、香澄は夢葉に一礼をしてから、扉に手を掛ける。
「でもーー」
そこで夢葉が言葉を放った。
その逆説の言葉に、香澄はドアノブを捻ろうとする手を止めて、夢葉の方へと体を向ける。
すると、夢葉が椅子から降りて段々と香澄に近づいて来ていた。
香澄の身長は160cm程。女性の平均よりは少し高いくらいだが、そんな香澄の肩辺りまでしか無い身長の夢葉。数字にして140cm程だろうか。やはり、小さーー小柄な部類に入る。
そんな彼女が遂に香澄の目の前まで来るとーー
「今までの子達と違って、まったく治療の出来ない魔導士は初めてだからね……七英傑の1人としても、医療魔導士としても放って置く訳にはいかないわ」
「……! と言う事は!?」
消えかかっていた瞳の炎が宿り返す。
そんな香澄を見て、1つ軽いため息を吐いた後に軽い下手くそな笑顔を作った。
「仕方ないから指導してあげるわ」
「……! ありがとうございます!」
深々と頭を下げて一礼する香澄。
先程の一礼とは違って、頭を下げるから下を向く顔には笑顔が造られていたーー。
「……とりあえずこれ読んで来なさい」
「えっ……? って、うわっ!?」
辞典より分厚いレベルの本を3冊一気に渡される。その重さに腰が壊れるんじゃないかと思わされるが人間のーー特に10代の腰はそんなに弱くない。それよりも驚きなのが、その重たい本を人形を抱いている手を使わずに、片手だけで渡して来た夢葉の力の強さである。
もしかしたら、筋肉が表に出ている爆庵と互角なんじゃないだろうかーー。
「人間の体の仕組み、外からの病原菌やそこから起こる症状……それ等を書いた別の3冊を全て読んで、3冊の書き違いとかに気づきなさい。魔法の指導はそこからよ?」
「は、はい……」
これ一冊を読むのに、どれだけの日数を掛けてしまうのだろうか。それが3冊となると、気が滅入る。
香澄は魔導士として成長していくのは、まだまだ先になるだろうと諦めるようにため息を吐いた。
「その3冊を1週間で読んで来なさい」
「えっ……えぇぇぇぇぇっ!? それは流石に無理がありますよ師匠!」
「当たり前でしょ? 出来るだけ早くあなたを私から卒業させたいんだから。後、師匠はやめなさい」
これは、聖の言う通りでかなりのスパルタなご様子。
香澄は魔導士として成長するのはまだまだ先だという考えを撤回して、生き残れる様に頑張らないといけないと考えて、先程よりも大きなため息を吐いた。
「ため息を吐く暇が有ったら早く戻って読みなさい!」
「は、はい! 師匠!」
「だから師匠はやめなさいって言ってるでしょ! このヒトパピローマ!」
香澄は、怒鳴る夢葉から逃げる様に部屋を退出すると自室へと戻っていった。
焦りや不安の中に本人も気づかない程の喜びを含んでーー。
今回も読了頂きありがとうございます!
豹牙に続き、香澄も七英傑に弟子入り。これは香澄も大成長か!?
※ヒトパピローマとは、癌の発生を促す悪者です。
次回の更新は今日の21時頃です。
次回も是非読んで下さいね!