1-9 最初の相手
9話です
下克上と達筆な字で書かれた紙。その紙のすぐ横に座っていたガタイの良い男がそれを手に取る。
「お前が書いたのか?随分と綺麗な字だな!」
「あんたの字より……いや、あんたの存在より綺麗ね」
「んだとこらぁ!?」
豹牙が答える前にその男の横にいた女と言い争いを始めてしまった。
「お、おい……俺の話をーーんっ?」
そこで右側にいる言い争い2人組と逆の方から視線を感じる。豹牙が視線を落とすと、小さな女の子(?)が豹牙の体の至る所を触っていた。
「な、何だよ……」
「ふーん……筋肉のバランスとかは良いけど、血流が少し悪いわね。もう少し大豆やDHAを取る方が良いわよ?」
「……は?」
豹牙を目をまん丸にし、声の主を見つめる。何を言われているのか分からない。脂物を好む自分の血がサラサラとは思ってはいないし、筋トレだって結構昔に調べてやっていた。が、驚きなのはそれを触っただけで分かるこの人間だ。
「こら夢葉。初対面の人にいきなりボディタッチするなと何回言わせるんだ」
さっきまで聖の横にいた不健康そうな男が、豹牙から彼女を引き離す。男が少し大人に見えるからか、親子みたいだ。
「済まないな。こいつは前からこの癖があるんだ」
「お、おう……別に大丈夫だよ……」
不健康そうな男が意外と社交的な事に豹牙は内心驚いた。対面式の時に新入生達を見ることもなく、聖達が拍手をしてる時も彼はしてなかった。豹牙は絶対に無口で心の中で他人の愚痴を言ってそうなヤツだと思っていたのにまさかの常識人だったとは。
「…………」
奥で先程からまったく動いていないヤツが1人。対面式でも怠そうにしてた七席のヤツだ。
「立ってるのもあれだから座って座って! あ、お菓子食べる?」
「い、いや……良いよ」
次に豹牙に絡んできたのは、仙石幻斎の孫。豹牙と同じ1年で七英傑入りした男ーーー仙石朧。
しかし見た目通りの優男。要らないと言ったお菓子と、更にお茶まで出してきた。
「あ、朧。僕もお茶欲しいな」
「あ、どうぞ聖さん」
「ありがとう」と良い、聖は朧から貰ったお茶をゆっくりと口に入れる。
何だろう。まるで七英傑のお部屋に遊びにきたみたいだ。
「ってーー違ぇよ!」
豹牙はお茶会になりかけていた雰囲気を一蹴するかの様に叫んだ。全員の視線が豹牙に集まる。
「いやいや! 俺はあんたらと戦いにきたんだぞ!?」
「あぁ。そう言えばそうだったね」
聖は持っていた湯呑みを机に置いて、豹牙の持ってきた紙を見つめる。
「……本当に良いんだね?」
「良いに決まってんだろ」
豹牙はジッと聖を見つめる。聖は豹牙の眼差しを見ると、笑顔だった顔を瞬時に真剣な顔へと切り替えた。
「分かった……1年7組風薙豹牙の英傑戦の申請を受諾します」
その言葉で周りに居た残りのメンバーも一気に雰囲気が変わる。言い争っていた男女、少女とその横に立つ男に終始笑顔の優男。ずっと寝てる男も目が覚めたのかゆっくりと体を起こす。
「じゃあ説明するね?」
聖の言葉に豹牙は無言で頷くと、聖は近くの引き出しの中から何やら小さな箱を取り出して来た。
「まず英傑戦の仕組みとしては、君には僕達全員と戦ってもらう」
「な……全員と!?」
「いやいや、何も同時に7対1って訳じゃないよ? 日を分けて戦うんだ」
思わず安堵の息を漏らす。一般人相手なら問題無いが、魔道士7人ーーー特に七英傑となると流石に豹牙も戦い方に困る。
「戦う相手の順番は指名制でも良いし、抽選でも良い。そして勝った相手の場所を奪えるーー例えば僕以外の全員に勝てたら第二席から第七席まで君が選べる。逆に僕に勝って第七席に負けても君は第一席になれる」
「負けてもなれるのか?」
「そうだよ。負けたらそこで終了……けど1人にでも勝てたら七英傑入り決定だ」
聖はそこで一旦、朧に淹れてもらったお茶を飲む。
「随分とアンタらが不利で挑戦者に甘いルールだな」
「甘い事は認めるけど、僕達にとってこれは不利でもなんでも無いよ。ここに居る誰も君に負けるとは思ってないからね」
「何……?」
豹牙は険しい目つきで聖を睨みつける。聖は怖がったフリをするが、それがわざとらしくて余計に豹牙の癪に触る。
「さて……早速だけど相手。決めちゃおうか」
そう言って聖は先程取り出した箱を軽く振り出し、それを豹牙に向けて差し出す。
「ん?」
「……引かないの?」
「俺は指名でアンタにしようと思ってたんだが……」
「えっ……」
聞いた聖の顔が段々と悲壮な顔へと変貌し、それを見た周りの英傑メンバーは聖を見ながら笑っている。
その内の1人ーー仙石朧が笑いを含んでしまう声を必死で隠して聖へと声を掛けた。
「聖さん、折角作ったのに……ぶふっ!」
耐え切れなかったのか、最後の最後で吹いてしまった。豹牙は朧の言っていた【作った】物を目だけで探してみると簡単に……しかも目の前にあった。
聖の両手が掴んでいる箱。
よく見ると、歪な側面と無理やりテープで固定した様な形。更には少し下手な字で【どきどき箱】と命名されている。更に横には音符が書かれており、これまた可愛らしい。
「ちゅ、抽選にする、か……?」
「ほ、本当かい!」
聖の悲壮な顔が一気に明るくなる。先程から真剣な顔になったり笑顔になったり、泣きそうな顔になったりと忙しいヤツである。
それにしても流石にあそこまで悲しそうな顔をされたら豹牙も心が痛む。しかし、良い歳してどきどき箱とはネーミングセンスにも問題があるだろう。
「じゃ、じゃあ……引くぞ?」
「どうぞどうぞ!」
豹牙は聖のお手製どきどき箱に手を入れ込む、触った感じでは中にボールが入っているのだろうか。
(これでアイツを引き当てれば良い話だっ!)
「……これだっ!」
何回か触った後に1番、手に何かを感じたボールを見つけ、思い切り箱の外へとそのボールと共に引き抜いた。
「……どれどれ?」
豹牙は1つだけ握ったボールを確認する。青色のボールを引き当てた様だがそこには数字も何も書いてない。
「……あれ?」
何回見ても、何も書いていない。それを見た聖が豹牙の肩を叩くと、自分の首につけているネックレスを指差す。
「それが何だよ?」
「そのボールと同じ色の人が相手だよ」
そう言われた豹牙は聖のネックレスの色をしっかりと確認する。しかし、聖のネックレスに入っていた宝石は紫の色をしていた。
「残念。僕じゃなかったね!」
「別に良いよ。次当てれば良いんだからよ」
豹牙は少し拗ねた言い方で聖に返事した。内心は、聖と戦いたかったから指名にすれば良かったと思っている。
しかし終わった話をしても仕方が無い。豹牙は残りの英傑メンバーのネックレスを順に確認していく。
朧は緑。2番目に戦いたかった相手も外してしまった。
禍谷は紺。序列2位の実質聖の次に強い男も外してしまった。
ここまで来たら、聖と戦うためにも1番下の第七席の水原を狙いたい豹牙。
見ると、水原は橙。ここも外してしまう。
この時点で希望の4人を外してしまった。7人中4人を外すとは、本来なら1、2を避けれただけ良いのだろうけど、豹牙としては一番微妙な結果。
昔から父親に女の子を傷つけるなと言われてきたので、女性とは戦うのは避けたい。そうすると最後の望みは轟爆庵のみ……望むと外してしまう豹牙は心の中で外れろと祈りに近い思いで爆庵の色を見た。
ーーー赤。
この時点で残りは第三席の漣 渚か第五席の西園夢葉の女性陣のみ。
(何でこんなに外すんだよっ!)
心の中で自分を責める。ここまで来たら、西園夢葉だ。漣 渚の様な綺麗な女性と争いたくない。別に西園夢葉が綺麗じゃないとは言ってない。さっき体を触られて気味が悪かったから、まだちゃんと戦える気がする。それだけ。本当に。それだけ。
もう無心でいこうと思った豹牙はここで敢えて漣 渚のネックレスを見た。希望の相手の色を見て外すなら、望まない相手の色を見れば良い。我ながら素晴らしい逆転の発想だ。凡人なら思いつくまい。
見間違いのない様に目を限界まで見開き、漣 渚のネックレスを見る。しかし服に隠れて色が見えない。
「あ、ちょっと胸元の部分ずらして貰って良いか?」
言葉と一緒にジェスチャーでも伝える。
「あら、随分と変態なお願いね?」
「違ぇわ!」
間髪入れずに突っ込む。まさかそんな事を言うタイプだとは……悪くない。
「……ふふ、冗談よ」
笑い流した渚は胸元に隠れたネックレスを服の外側へと移し変える。今度こそ、豹牙は限界まで目を見開き彼女のネックレスの色を確認した。
「………」
何となく嫌な気はしてた。ここまで外してきたんだから最後まで外す気は少なからず感じてた。とはいえ、まさかーー
本当に外すとは……
「決まりだね。これで大丈夫かい渚?」
聖が渚の方を見る。渚は無言のまま首を縦に振ると、席から立ち上がり豹牙の目の前までゆっくりと近づいてくる。
「よろしく……風薙豹牙君」
「……うっす」
ここまで来たら、相手が誰であろうと全力で挑むのみ。漣 渚の静かな眼差しに対して、豹牙は闘志をむき出しにした眼差しをぶつけた。
「じゃあ、場所を移して始めようか」
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次回は明日の12時と16時頃の2話投稿の予定です。
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