第9話 終わりの始まり
上空でガルダとマハラカンが戦いを繰り広げている。それを見て、ブライはこの隙にマハラカンの縄張りから脱出することに決めた。部屋から出て、下層に向かって叫ぶ。
「今だ! 皆、今すぐにここから出るんだ!」
人々はその声を聞き、自らを奮い立たせ動き始めた。全員が階段を登って、地上を目指す。この縄張りは地面に掘られた穴のようになっている。入りやすく、逃げにくい構造ではあるが、それでも何とかするしかない。
ヒメとミオも、ブライに続くようにして部屋の外に出る。
一方で空では、両者が戦いながらも縄張りの中の様子を監視していた。当然、逃げ出そうとする人々のことも捉えている。
「おいおい。どういうことだ、ありゃあ......」
「見限られているのだ。思い当たる節があるんじゃないのか?」
「......知らねぇなぁ。それよりもガルダ。一時休戦といかないか。俺は人間共に灸をすえようと思う」
「断る。決着を付けるまで他のことが出来ると思うな」
「チッ、カテェな。そんなんじゃ好かれないぜ。まぁいい。勝手にやるからよ」
そう言ってマハラカンは、急に方向を変えて縄張りへと向かう。それをガルダが止めるかのようにして、マハラカンに攻撃する。炎を飛ばして、マハラカンの注意を引いた。
「まるで守ってるみたいだな。あそこにお前の巫女がいるからか?」
「敵の隙を付くのは疑問の余地もない当然のことだ。そんなことも分からないようなら、雷に当たって思い出せ」
「生意気な野郎だ。ま、どうせ勝つのは俺だ。今殺されてぇなら、望み通りにしてやるよ!」
マハラカンは縄張りへと向かっていた進路を変えて、再びガルダと激突する。雷と炎の、激しい戦い。両者は1歩も譲る気はなかった。
マハラカンが、自身の身体を雷へと変化させて、ガルダの周囲に次から次へと移動する。移動する際に辺りには電流が走り、並の生物なら耐えることの出来ないような電気が放出される。しかしガルダには一切効かない。炎という高温かつ不定形の身体は、雷を受けたとしても、いとも容易くその形を変える。埒が明かない。2羽とも同じことを考えていた。
「ミオ! 聞こえるだろう、ミオ! 祈れ! この俺に!」
上空からのマハラカンの声が、ミオの耳に聞こえる。祈り。それは巫女に与えられた特殊な力だ。
「祈れば、良いのですか?」
「なに言ってるの、ミオ!」
ミオはマハラカンの声に答える。しかしマハラカンの声は、その場にいるヒメとブライには聞こえていない。ミオだけに聞こえているのだ。
「もしかして鳥の声が聞こえてるのか!? 巫女は遠くにいる鳥と交信が出来る......。不思議だ。妙に納得出来る」
「納得してる場合じゃ......ウッ!」
ヒメが突然頭を抱え始めた。それに痛がっている。激しい頭痛が彼女を襲っていた。
「ヒメ! そこにいるのだろう!? 今すぐマハラカンの巫女を殺せ! そいつに祈らせるな!」
「え......!?」
ヒメの頭の中にもガルダの声が聞こえる。内容は、ミオを殺せと言うもの。
「祈らせるな! どんな方法を使ってでも止めろ!」
「何言ってるの!? 出来るわけないじゃない! それに祈りって何よ! 勝手にやらせときゃいいじゃない!」
「話の分からない奴だ。いい、俺がやる!」
「は? 何を」
次の瞬間、ガルダがこちらに向かって勢いよく突撃してくる。そして、ついには縄張りの中へと入ってきた。目と鼻の先に、ヒメ達がいる。ガルダは、ヒメの隣にいるミオに狙いを定めた。右足を上げ、そのまま壁に向かって突き出す。
赤い血が飛び散る。ヒメの隣にはガルダの足。そして潰された、マハラカンの巫女ミオ。
「え......?」
言葉を失う。突然起こった出来事に頭が付いていかない。ヒメはその場に、ただ呆然と立ち尽くす。
空からは、動かなくなったマハラカンが落ちてくる。
「巫女が死ねば、その主である鳥も死ぬ。このガルダの巫女として、覚えておけ」
マハラカンの死体は、大きな音を立てて縄張りの外に落ちた。
急なことで、何が何だか、ヒメには分からなかった。しかしそうでない者もいた。
ヒメの隣に立って、同じくミオの死を目撃していたブライ。彼は腰に差していた護身用の短い、ナイフのような短剣を取り出し、そのままヒメの胸を刺した。
ヒメの胸から、赤い血が流れる。少しふらつくものの、ヒメは倒れなかった。むしろ体勢を立て直し、ブライを真っ直ぐに見つめる。
「ブライ? どうして?」
「違っ、これは......」
ヒメから流れる赤い血は、やがて炎となって、その場で燃え続けた。まるでガルダの炎のようだ。
「......その男は、賢いな。咄嗟の判断だ。マハラカンが死んだのを見計らって、私を殺そうとしたのだ。巫女であるお前が死ねば、私も死ぬ。だが間違いが1つあった。私は、不死身だ。お前もな」
ガルダの目がブライに向く。もはやブライに、出来ることはない。
「お前ほどの優秀な者を失うのは惜しい。しかしお前は、この縄張りから人間達が脱走することを先導した者だな? 生かしておく道理はない」
そう言った後、ガルダは大きくクチバシを開き、ブライに向かって炎を吐く。ブライは断末魔を上げることなく炎に焼かれて死んだ。残ったものは、焼き尽くされたブライだった肉体の灰だけ。
「全て終わった。いつまで泣いている? お前は巫女として、いるべき場所へと帰れ」
「う、うぅぅぅ......」
涙が止まらない。作戦が失敗したこと。全てが無駄に終わったこと。ミオが殺されたこと。ブライに裏切られたこと。そしてそのブライもいなくなってしまったこと。色んなことが、ヒメの心を襲う。歩けず、立ったままでもいられず、ヒメはその場に泣き崩れてしまった。
「うぁぁぁぁ......。あぁぁぁぁぁぁ......」
取り返しのつかないこと、大切な人がいなくなってしまったことを嘆くのは、これで2度目だ。そしてヒメだけが残る。ミオとブライの血に染まり、自身の血は炎となって燃える中で、ヒメはただただ泣き続ける。それしかヒメには出来なかった。
過去の様々なことが胸の奥底から湧き上がってきて、心が押しつぶされそうになる。息も胸も心も苦しいけれど、それが自分への罰のようで、それを味合わなければいけないようで、ただそれでしか空いた穴が塞がらないような気がして、涙が枯れても、叫び続けた。
「クルル! クルル! 戦いは終わり! ガルダの勝ち! ガルダの勝ち!」
上空、辺り一帯に響く声で鳴く鳩のような巨大な鳥。見れば分かることを、まるで誰かに伝えるかのように言い続ける。感傷に浸っていたいヒメにとってはなんとも耳障りだ。
「オリーブか。大変だな。お前も」
「クルル。神に結果をお教え出来るのは私だけですから、大変名誉に思っていますよ? それよりもガルダさん。あなたはとんでもないことをしてしまいましたね。マハラカンを倒してしまうだなんて、いずれは......」
「無駄口を叩くな。始めからそのつもりだ」
「おやおや、そうですか。これからは私も忙しくなりそうですかね」
そう言って鳩のような、ガルダと同じ程の巨大な鳥はどこかへと飛び去っていった。戦いの終わり、平和の到来を告げる鳥オリーブ。彼は、未来を見据えていたようにも思えるが、そんなことはヒメにとってはどうでもいい。
「ちゃんと宮殿まで帰ってこい。いいな?」
ガルダの声は冷酷だった。




