第8話 雷鳥マハラカン
ミオはヒメを見つめ、深刻そうな顔で訴える。事実、事は深刻だった。ついに始まったと言ってもいいのかもしれない。何かの羽ばたく音が聞こえる。
「この音......」
「帰ってきたの。この縄張りの主が」
巨大な翼が風の中で羽ばたく音と共に、周囲には黒い雷雲が立ち込める。空に走る稲妻が、ついにやってきた主の鳴き声にも聞こえ、恐怖と威圧感がこの場を支配し始めた。
「ヒメはここに隠れてて。私が何とかするから」
「ダメ! ブライがまだ下から戻ってきてないわ!」
この縄張りにいる人々を助けると言っていたブライが、まだ帰ってきていない。このままでは鳥に見つかってしまうだろう。彼を見捨てることは出来ない。何とか合流して、この場をやり過ごすことは出来ないだろうか。
そんな時、部屋の外側から勢いよく走ってくる音が聞こえる。もしかして......。と思い、そしてそこには息を切らした彼がいた。
「ヒメ!」
「ブライ! 今、あなたを探しに行こうとしてたとこだったのよ!」
「そうか......。それよりも外の様子が」
「この縄張りの主の帰還です。名前はマハラカン。雷を操る、獰猛な鳥です」
「思ってたよりも速かったな。このタイミングだって分かってれば、その前に脱出出来てたんだけど」
「ここにいる人達の説得はどうだったの?」
「もちろん皆納得してくれたさ。後は仲間を呼んで、解放するだけだったんだけど」
「だから速かったってことなのね」
「大丈夫です。きっと彼もすぐに帰ります。だからその後に......」
そう言ったミオの視線はブライに向けられる。ミオはブライが革命隊であることを知っているが、ブライは彼女の視線に少し戸惑う。
「ヒメ......。その......」
「あぁ、ブライが下に行ってる間に、私達仲良くなったのよ。だからミオを信じて」
「そっか」
「隠れて! マハラカンが来る!」
ついにマハラカンがその姿を見せる。顎から腹を通って尾羽根までの青黒い羽毛に、顔と背中、そして翼の黄色い羽毛は、まさしく雷鳥と呼ぶに相応しい姿だ。太く巨大なくちばし、曲線を描く鋭く尖った爪。獰猛かつ凶暴と、見るだけで本能的に分かってしまう。
「ミオ! 俺のミオ! その姿を見せろ!」
「......どうしました?」
「不穏な気配を感じたのだ。私がここにこうしているのならば、お前が無事であるということは分かるが、どうしても、気配がな」
「気配、ですか?」
「あぁ、そうだ。見慣れない者達が数名、潜んでいる気がしてならない!」
「勘違いでは? ここは至って平和でしたよ?」
マハラカンは、一体どこからそれを知ったのか、ヒメとブライの気配について勘付いているようだった。しかしまだバレてはいない。このままミオが誤魔化し続ければ、ここは凌げるかもしれない。
「ンンン......。勘違い......。そうか。それにしても今日は矮小な者達の声が聞こえない。いつもならデカい声を上げて騒ぎ立てるではないか!」
「皆、学んだのです。そんなことをしても何にもならない。それよりもあなた様の邪魔にならないようにしているべきだと」
マハラカンとミオの会話から、ここの人達がいつもどのような目に合っているのかが伝わってくる。良い生活はしていないようだ。むしろ、怯えながら暮らしている。惨状だけがはっきりとしてくる。
「ブライ、下の人達に何か吹き込んだの?」
「吹き込んだわけじゃないさ。ただ勇気を持ってほしいって、そう言っただけ。皆、必死に耐えてくれてる」
部屋の奥に隠れながら、ヒメとブライはひっそりと話す。鳥に聞かれない程度の小声だ。
ブライのことだからきっと、強く、明るくなれる言葉を言ったのだろう。そして人々はそれに応えている。
「まぁ、いい。その小さな頭で考えたのなら褒めてやる。さて、そろそろ」
マハラカンは再び翼を広げ、大きく伸ばす。おそらくまたどこかへ行くのだろう。誰もがマハラカンが飛び立つことを待っていたその時、マハラカンは急に何かを察知した。
「! これは......!」
「どうかしましたか?」
「ミオ。お前は部屋に籠もっていろ」
「え?」
突如としてマハラカンは飛び立つ。それも真上に。ミオがマハラカンの向かった先を見ると、いつの間にか空模様が変わっていた。先程までは雷鳴の響く重く暗い空であったのに、今は真っ赤に染まっていた。そしてマハラカンの向かう先にいたのは、もう1羽の鳥だった。
「アイツ......!」
マハラカンが飛び立っていったことを確認して、ヒメとブライは部屋の外へと出た。そして2人も異常に気づいたのだ。
「ヒメ、じゃあ、あれが......」
「えぇ。私がいた縄張りの鳥よ」
「どうなってしまうのかしら」
「むしろチャンスだ。雷鳥がああやって向かっていったってことは無視できないってことだろ? 今ここで鳥同士の戦いが起こるかもしれない。逃げ出すなら今しかない!」
ブライが2人に言い放った時、上空では2羽の鳥が相まみえていた。
「ガルダ! ガルダじゃないか!」
マハラカンが、自分の縄張りまで来た鳥にむかって言う。ガルダ、それはヒメを巫女とする火の鳥。
「何故お前がここにいる! ここは俺の縄張りだと、知らないわけじゃねぇよなぁ!」
ミオと話していたときよりも口の悪いマハラカン。彼の口調としてはこちらの方が素に近い。
「知っているさ。そしてここに私の巫女がいることもな」
「アァン? 巫女ォ?」
「......その反応から見るに、知らないようだな。自分の巫女にも騙されていたんじゃないか?」
「騙されてる? 俺が!? ミオ、あの時か......」
「フハハハ! 間抜けだな! 命を預けた者に裏切られるとは!」
「うるせぇ! そんなことよりガルダ、テメェ分かってんだろうなぁ。俺の縄張りに何のことわりもなく入ってきたんだ」
「テンシの領域を荒らした者は償う、それが他のテンシであっても。だったな? だが罪に問われない時もある」
「俺に勝てると言いたいのか?」
ガルダはマカラカンを煽る。マカラカンの操る雷は、空を飛ぶ鳥達にとって恐怖でしかない。しかしガルダはそれを分かった上で挑むつもりなのだ。
「......いいぜ。そんなに神に会いてぇなら、望み通りあの世に送ってやるよ!」
マハラカンが叫び、雷がそれに共鳴するかのように周囲のありとあらゆる場所から落ちる。
ガルダも自身の身体を炎に変え、周囲の大気を唸らせる。
空は雷雲と焔雲によって2つに割かれ、地獄のような世界へとなってしまった。
そしてついに戦いが始まった。マハラカンが先制攻撃を仕掛け、雷を纏った自身の身体ごとガルダに突撃する。ガルダは当然のようにそれを躱すが、頭上から雷が降り注ぎ、ガルダの腹を貫通する。大きな穴の空いたガルダだが、その穴が周囲の傷口から放たれる炎によって一瞬で塞ぐ。
ガルダは突撃してきたマハラカンを目で追っていた。そして自らの翼を炎に変え、マハラカンの背後を取る。しかし中々追いつくことが出来ない。
「諦めろ、ガルダ! お前じゃ俺には追いつけない!」
「逃げているだけだろう。敗北が怖いから逃げる。違うか?」
「随分と口が上手くなったじゃねぇか! 世界樹でピーピー泣いてた頃とは違うってか!」
お互いに実力を出し惜しみすることのない、本気のぶつかり合い。そしてこの戦いが、大きな波紋を起こすことになる。




