第75話(終) 新世界、その日まで
「ど、どういたしまして......?」
ヒメのその言葉を聞き、神は微笑みながら、煌めく光の中に姿を消した。
ポツンと1人になるヒメ。本当に、本当に何もなくなってしまった。
「そんなところで何をしている?」
「ガルダ......」
肩を落としていたヒメの背後から、ガルダがヒメに話しかけた。
「いたの......」
「何を言っている。私はずっとここにいたぞ」
「え」
「お前こそ何をしていたのだ。急にいなくなったと思ったら、すぐに帰ってきた」
「それってあなたが見失ってただけじゃないの? 私はずっと神様を自称する奴と話してたけど」
「神と話していたというのか!? ならなおさらお前のことは見えなかったぞ。声すら聞こえなかった! それにお前、こんなところにいるのは神ぐらいしかいないだろう! それ以外の者が安易に立ち入れる場所ではないぞ!」
「まぁ、確かにそうね。てか、ガルダはここがどんな場所か分かるの?」
「さぁな。私にも分からない。私達をここへ導いたツナもいない。ただ、ここからは神秘を感じる。神の存在と、秘められた特別な何かをな」
どこを見てもそこには星空が広がっている。まるでここが、広大な宇宙の中心であるかのようだ。光に手が届くことはないが、この目で見ることは出来る。そんな無数の光が、まるで神秘的であると言われれば、確かになと思うだろう。
「それぐらいしか分からないのね」
「あぁ、だが、それで十分だ」
「十分っていうのは?」
「もうやることもないのだろう? ここがどんな場所なのか、自分が誰なのか。それさえ分かれば、もういいだろう。話し相手もいるしな」
ガルダはヒメが神と出会い、話をしたと聞いて、それと同時に使命を果たしたことを悟った。神が目の前に姿を現すなど、それ以外に理由がないからだ。最後の最後で、願い、あるいは思いを受け取るためにようやく姿を見せた。それしかないだろうと、直感的に思ったのだ。
「......そうね。うん、そうだわ」
ヒメは、その場で大きく伸びをする。
「んー! ハァ」
静寂だけが場を支配する。2人ぼっちな宇宙。やることもない。だって使命を終えたから。帰る必要はないし、帰る場所ももうない。なんとなく分かってしまう。おそらく、元いたあの世界には戻れない。なぜなら世界はもうどこにもないから。不可逆的な滅びが終わった後なのだ。
ということで、やることが全くない。それっぽい雰囲気を醸し出すことの出来る「伸び」もやってしまった。いよいよやることがない。
「......今まで、なんだかんだ暇とかなかったのね。駆け抜けて来ちゃったていうか」
「猪突猛進、だな。確かに思い返せば、その通りかもしれないな。目標に向かってひたすらに突き進んでいたと言えば聞こえはいいかもしれないが」
「誰に聞かせんのよそれ」
「......話の腰を折るな。まぁ、もう少し、ゆっくりと、あるいは何か雑談のようなものを挟みながら進めても良かったのかもしれないな。そうすればもう少し、仲良くやれただろうか」
「まぁ、あなた最初の方とか突き放してくる感じが凄かったものね。そうね、あれが無かったら、もっと色々と話すこととか出来てたかもね。それでも話自体は出来てたけど、もっとこう、チームの団結感というか、仲間って感じは出せたかもしれないわね。実力とか経験で劣ることは多かったわけだし、数ぐらいでしか勝ち目なかったわよ、私達。それにその数で仲違いとかしてて最悪だったわね。よくここまで来れたわ」
「本当にな。来れてしまったよ。ここに辿り着くことが使命ではあったが、最後まで想像は出来なかった。もしかすると、ベンヌもこんな気持ちだったのかもしれない」
「てかガルダって、よくよく考えたら戦績悪くないかしら。大体私が倒してるか解決してる気がするんだけど」
「......後半は確かに目立った活躍は出来なかったかもしれないが、お前もお前が言うほどの活躍はしてないとは思うがな。ただ、お前は、遅咲きであったようには思う」
「遅咲き? あぁ、まぁ、確かにそうかもね。私が頑張ったのも、最後方だったものね。それまではなんだかんだ運が良かったのかしら」
「周囲の人間に恵まれていたのだろう。それを運と呼ぶのならそうだろうが、私はそうは思わない。どんな人間に囲まれるかも、その人間の実力だ」
頭の良い人の周りには同じように頭の良い人が集まるし、努力をする人の周りには努力をする人が集まる。逆も然りだ。それは何か、運命とか不思議な力とかそういうことではなく、同じぐらいの実力を持つ人々は、同じようなことしか考えないということでもある。挑戦したいと思って未知の環境に飛び込めば、同じく挑戦したいと思う人が、それが出来る環境に集まるし、何か楽しいことがしたいと思って動けば、楽しそうな場所に集まるものだ。人間関係というのは、引力のように同じ、あるいは似た性質のものを互いに引き寄せ合う。
「つまり?」
「今この時間を過ごすことが出来ているのは、お前の運が良かったのではなく、お前の実力によるもの、ということだ」
「......そんなセリフ、よく恥ずかしがらずに言えるわね」
「当然だ。心からそう思っているからな」
ヒメは頬を紅くさせ、ガルダの言葉に照れる。ガルダが正直に言うことにも驚いたし、褒められることにも驚いたのだ。
「なにかしら。その言葉だけで、今までのこと全部水に流せそうに感じるわ。絶対に釣り合ってなんかないけどね」
「不釣り合いには慣れているんじゃないのか。努力も苦難も、時間と労力の割に得られるものは少ない。しかしお前はそういったことを数多く乗り越えてきた」
「えぇ、そうよ。さすが、よく分かってるじゃない。だからあなたのことも、ここで全部赦すわ。お疲れ様、ガルダ」
ヒメは口角を思いっきり上げながら、優しいながらも堂々とした声でガルダを労う。それは今までの感謝を返すことでもある。
「ふむ。確かに照れるな。これは」
2人の話し声以外に響く音はない。2人の会話が途切れれば、そこは静寂だけが支配する空間となる。目を瞑ればまさに「無」と言っていい場所。ヒメとガルダはしばらくその場で、魂を洗い清めるように静寂に身を置いた。未だ戦いの面影、あるいは人生の余韻が残る魂の深奥に、静寂はゆっくりと染み渡っていく。
「ねぇ」
ヒメが口を開く。しかしそのまましばらく黙り、ガルダも何も発することなくただヒメの次の言葉を待つ。
「この後ってどうなるのかしら」
「この後、とは?」
「ほら、この静かーな時間も永遠に続くわけじゃないでしょ? そんなことされたら気が狂うし、何よりも私が救われないし。だからこの時間も終わると思うの。で、そしたら終わった後はどうなるのかなって」
「さぁな。その時には私達は既にいない。見ることの出来ないものに思いを馳せたところで意味があるとは思えんな。だがまぁ、始まれば終わるように、終わったのなら始まるのではないか? 神が退屈を好むとも思えんしな」
「......確かに、そうかもしれないわね。きっとまた始まるんだわ。今度は、何が始まるのかしら」
「案外、似たようなものだったりしてな」
「えー! リメイクってことぉ!? それはあんまりセンスがないわよ。......ん?」
ヒメは気付く。遠い彼方で、何かが光っている。いや、何かが光っているのではない。あれは光そのものだ。
「ねぇ、あれって」
「あぁ、ようやくだ」
そして光は遠い彼方の出来事ではなかった。今、ヒメとガルダから放たれるものだったのだ。
「すごく、暖かいのね」
2人は光となり、世界を包んだ。もうそこには誰もいない。新たに始まる、その時まで全ては光で満ち続けた。
『救炎のガルダ』完




