第74話 私の愛
「......ここまでみたいだ。もう、することもないだろ?」
「えぇ。今までご苦労さま。本当にありがとう。あなたがいないとここまで来れなかった」
「ふふっ」
シイトはヒメからのその言葉を聞き、その場に倒れ込んだ。そして、もう動くことはなかった。
安らかに眠る2人の剣士を見るヒメのもとに、大きな羽ばたきが聞こえる。
「おや、ユメはやられてしまったのか」
「フギン! どうして......!? ユメは倒したのに!」
「単純に気合いだ。まぁ、それでも長くは持ちそうにないがな」
「まだ戦いは終わってないぞ、フギン!」
フギンを追い、ガルダもやってきた。今までずっと戦いを繰り広げていたのだ。しかし決着は付かなかったようだ。
「いや、戦いは終わった。お前の巫女がやってくれたみたいだ」
「......そうか」
「よくユメを倒したな。強かっただろう? あれには聖剣を2本持たせていた。人が持つことの出来る力の限界だった」
「別に、正面から倒したわけじゃないわ。卑怯な手を使ったのよ。褒められたものじゃないわ」
「搦手か。それもありだろう。いや、むしろその方法しかなかったはずだ。ユメが放っていた強い憎しみを感じることもない。お前は、ユメを救ったのだ。無事に試練を超えることが出来たようで私も嬉しく思う」
「お前が嬉しく思うのか?」
「あぁ、もちろんだ。私も、この世界に残る魂の救済を強く願っている。ユメを巫女としたのは、彼女を救うことが出来る者でなければ、他の者を救うことなど出来ないと思ったからだ。ガルダの巫女ヒメ。お前は本当によくやってくれた」
フギンが微笑む。そして翼を大きく広げ、高らかに叫ぶ。
「これからお前達の前に現れるのは正真正銘の神だ! 神の問いに答え、与えられた使命を果たせ! 期待している。さらばだ!」
フギンの周囲に風が集まっていく。それは次第に強さを増し、目を開いているのが困難なほどになっていった。一瞬、とてつもない暴風がこの場を包んだ。そして、次の瞬間には風が止み、フギンはいなくなっていた。
静寂がその場を包む。
「神様、ね。私達の前に現れるって言ってたけど、本当に来るのかしら」
「さぁな。私もここからは分からん」
「こっちだよ。空を見てごらん」
少し離れたところで戦いを見ていたツナがヒメとガルダのもとへやってきて、建物の外へと誘う。
ツナの言うとおりに空を見る。すると、空が少しずつ剥がれていっていた。
「これは、どうなってるの!?」
まるでカサブタを剥がすかのように空がペリペリと一欠片ずつ剥がれ落ちていっている。そして、剥がれた先にあるのは、暗く、しかし光が点在する、美しい夜空のような景色が広がっていた。
世界を覆っていた空が剥がれ終わり、天は美しく光る小さな光によって埋め尽くされた。
「ねぇ、ツナ。これはどういう」
ヒメがツナに聞こうとするも、ツナはもうそこにはいなかった。
「ここには、君と私しかいない」
不思議と安らぐ、美しい声が聞こえた。
「あなたは」
「皆は私を神と呼ぶ。さぁ、願いを言うといい」
そこにいたのは、神を名乗る神秘的な雰囲気を纏った人物。男性のようにも女性のようにも見える中性的な姿で、ヒメに願いを言うように促す。
「結構すぐに聞いてもらえるのね。ここで私が願いを言えば、全部解決、使命も達成出来るってことなのかしら」
「まぁ、そうなるかな。生憎だけど僕は、シチュエーションとか情緒とかはあんまり分からなくてね。だから目的のことは思い立ったらすぐにやっちゃうんだ」
「へぇ。神様っていっても結構人間味があるじゃない」
「もとは人間だからね。長い時間を意識すると、人間的なことは薄れていってしまうけど、たまにこうやって会話したりすると途端に思い出すんだ。不思議なものだよ」
「人間!? 神様なんでしょ!? 人間が神様になったってこと!?」
「あぁ、そうだよ。別に驚くことないだろ? 君だってこの空間にやってきたんだから。神様に片足突っ込んだようなものさ」
「そ、そういうものなのかしら」
「そういうものだよ」
神は元人間だった。それを知ると、目の前に立つ神から不思議なオーラのようなものはいつの間にか感じなくなっていった。中性的だと思っていた見た目も、少し若いだけの男性、少年ぐらいの年齢だと分かる。
ヒメにとって色々と驚くこともあったが、そういった背景を聞いてしまうと、肩の力は抜け、初対面の人と話すような、そんな空気感になった。
「で、本題なんだけど。君の願いは、君の世界に残された魂を救う、ということでいいかな?」
「え、えぇ。それでいいわ」
「救うっていうのは、具体的には生まれ変わらせるとか、幸せを感じさせるとかそういうことじゃなくて、無に帰すということでいいかな?」
「......えぇ。そうよ」
「うん。分かった」
「ところで、今は、その、皆の魂はどうなっているのかしら。具体的にどこにあるとか、どういう状態なのかとか、何も知らないのだけど。ほら、世界もこんな風になっちゃったわけだし」
「あぁ、それなら安心してくれ。君のいた世界の人々は姿形は失ったが、魂がなくなったわけじゃない。実際に残っているが、目に見えていないだけだ。例えるなら、水の中に透明な氷があるようなものだ。これから叶える君の願いによって、その氷は水に溶けて消えるんだけどね」
魂は消えることなく、この空間となった世界に漂っている。見ることも、感じることも出来ないが、未だに自我を持って存在し続けている。つまり、魂から苦しみは消えていないのだ。
「じゃあ、その、お願いするわ。全ての魂を救って」
「分かった。その願い、叶えよう」
神はそう言ったものの、とくに何をするわけでもなく、ただ一呼吸して、微笑みを浮かべて頷いた。
「え、ねぇ、何もしないの?」
「ん? もう終わったよ」
「え?」
「終わったよ。あぁ、あれか。何か大掛かりなことをすると、そう思っていたんだね。無理もないよ。僕にもそう思っていた時期はあったからね。でも必要ないんだ。神になるということは、この世界そのものになるということ。決断するかのごとく、思うだけで全てが思い通りになるんだ」
「そう、なのね......」
世界が風を吹かすことに、とくに何もしないように。世界が雨を降らすことに、とくに何もしないように。神は何もしないままに全てを叶える。必要なのは、思うことと決断することだけだ。それだけで世界は思いのままに全てを変える。
「あ、そういえば、全ての魂を救うには、全ての魂に生まれ変わる必要があるって、いえ、私が全ての魂に生まれ変わるって決めたの」
「知ってるよ。でもその必要はない。なぜなら君は、既にあらゆる魂に生まれ変わったからだ」
「どういうこと?」
「そのままの意味だよ。君は既に今まで存在していた全ての魂に生まれ変わり、ここにいるんだ。つまり、今まで存在していた魂は、これから君に生まれ変わる運命が確定している。全ての魂はもう1つに......いや、始めから1つだったんだ。これから君が触れ合ってきた魂、あるいは触れ合うことのなかった魂は、君となって愛を知るはずだ。君がそれを知ったようにね。まぁ、だからつまりは、君は使命を果たしたんだ。おめでとう。そして、ありがとう」
感謝した。神が。ヒメに。




