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救炎のガルダ  作者: ドカン
4章 神の翼
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第71話 不幸の連鎖

 覚えてる。あれは結婚して9ヶ月と21日。金曜日。時間は夜の11時34分。

 その日、夫はいつもより疲れた様子で帰ってきたが、いつもよりも気分が良かった。帰り道のコンビニで酒を買ってきて、普段はあんまり飲まないのにその日は飲んだ。


 「……今日はどうしたの? お酒なんていつもは飲まないじゃない」

 「あぁ、仕事が上手くいってね。ちょっと奮発して買っちゃったんだ」

 「奮発って……。そんなにお金には困ってないでしょ」


 幸い、お金に関しては困ってない。自分も夫も世間では一流と呼ばれている大学を出て、自分は専業主婦だが夫は大手企業の本社勤務。色々な案件をこなし、出世の道を進んでいる。一応は「エリート」に入るような家庭だった。


 「いやぁ、ほらあれだろ。親からもさぁ、子供はいつって会う度に聞かれるだろ? だからさ……」

 「え……?」


 あまり聞きたくない言葉だったのでつい聞き返してしまった。しかし夫にはそれが私の嬉しさと驚きからのように聞こえてしまったらしい。


 「そろそろ子供作ろうかなって。僕たちも結婚してそれなりだからさ。いいんじゃないかなって、少し前からだけど節約を始めてたんだ」

 「そ、そうなんだ……」


 嬉しくなんてない。いつか母親になるのかもしれないと思ってはいた。しかしそれは期待とか楽しみとかそういうものではなく、不安と憂鬱からだった。

 子供を作らされるかもしれない。そのことで不安がユメの頭を埋め尽くしていた時、夫はユメの様子に気付くこともなく話を続けた。


 「僕もあまり結婚なんてするつもりなんてなくてね。親に薦められたんだ」


 ユメと、ユメの夫は見合い結婚である。高級な旅館でセッティングされた2人は、周囲から見ればそれなりに良好な関係に見えたようで、そのままトントン拍子に話は進み、結婚するに至った。

 ユメの方は、周囲の期待とか、断ると面倒だとか、魅力的ではないが特別嫌な相手ではなかったとか、色々な理由がある。


 「僕はね、誰でも良かったわけじゃないんだよ。ここまで頑張ってきたんだから、それに見合うような相手がいいなと思ってたんだ。今まで色んな女性を見てきたけど、まぁ、君ならいいかなって。そう思ったんだよね」


 この男のお眼鏡にかなったということだろうか。上から目線なのがユメにとっては気に入らないが、男の話はまだ続く。


 「僕、家に中古の物って置きたくないんだよね。どんなに綺麗でもさ、それが中古だって分かると凄く嫌な気持ちになるんだ。あぁ、これは僕の前に誰か使ったんだって。どんなに綺麗に見えても、誰かが汚した後なんだなって。だからこの家の物って全部新品なんだ。この家だって新築だし。当然、君も新品」


 今、なんて言った?

 夫が放ったその言葉がユメの心の深い場所に入り込んでくる。

 中古の物が嫌いだというのは分かる。物は綺麗な程良いだろう。家が新築なのだって分かる。せっかく買う家なのだし、経済的にだって問題ないのなら欲しくなるものだ。

 しかしその後の一言。「君も」とは一体どういうことなんだろう。いや、考えずとも分かる。「物扱い」されたのだ。ユメは、夫から見て家の中にあるような家具や雑貨と変わらないものだと言われたのだ。


 「彼氏とか出来たことないって、初めて会った時に言ってたよね。男の人とそういう関係になったこともないって。君の両親も、君から男の影とか感じたことないって言ってたし。まぁ、それが不安だとも言ってたけど、僕はそれが嬉しかったよ。まるで僕のためにあるようで……。それは思い上がりかもしれないけど、なんて言うんだろうなぁ。思わぬ掘り出し物……いや、特注品、なのかな。とにかく、他の女の人とは違うんだなって思ったことを覚えてるんだよね。最近の女の人ってさぁ、尻が軽いっていうか、勿体ないことしてるよなぁって。そう思わない?」


 今まで私に男の人が出来なかったのは、それが必要なかったからだ。今まで彼氏がいなかったのは、それを期待されなかったからだ。別に誰かのためなんかじゃない。結果としてそうなってしまっただけだ。

 彼氏を作るぐらいなら、その分だけ勉強とかして結果を出した方が親は喜んだし、友達だって話題にしてくれた。友達といれば彼氏なんて必要なかったし、そんな時間は他のことに使える。

 だけど結果として、頑張った結果として、そのように思われていたということに、ユメの心は深い傷を受けた。

 今まで私が努力してきたことは全て、この人にとっては、いや多くの人にとって、自分を飾るためのアクセサリーでしかないんだ。

 酷く虚しく感じた。

 今までなんのために頑張ったのだろうとか、これまでの時間とか思い出とか、全てが、腐り果てた宝飾品のように思えた。

 その後、どうなったかは覚えていない。気付いたら朝で、いつも通りの日常が始まっていた。もしかして夢だったんじゃないか。そんなことを思っていた。しかしそれは違った。別の日に夫が言ってきたことだ。


 「ねぇ、前に言ったこと覚えてる? ほら、子供のこと」


 子供について話したのは、記憶の中ではあの時だけだ。だから、あれは現実だったのだ。

 嫌な気持ちしかない。だけどここで断ってしまえば、この後どうなってしまうのかなんてのは容易く分かる。仕方なく、諦めたように、首を縦に1回振った。

 夜、ユメは夫と交わった。嫌でしかなかった。ただひたすら気持ち悪かった。夫が息を切らして火照った顔をしていたのも、自分の中にやってきた白濁の液も、今すぐにでも発狂してしまいそうな気持ち悪さだった。

 そして程なくして、子供が出来た。


 「おめでとうございます。妊娠しています」


 機械的な祝福の言葉。出来るものは出来る。仕方がないとは割りきった。

 割りきりはしたものの、やはり辛かった。日々膨らんでいく自分のお腹。急に気分が悪くなったり、機嫌がコントロール出来なくなってきたりする。まるで自分じゃないみたいだ。不安で仕方がないし、疲れというか、怠さというか、とにかく心も体も調子が悪い。こんなのが後どれくらい続くのだろう。早く終わってほしい。

 医者には身近な人達に相談すると楽になるとか言われたが、今更そんな人なんかいない。夫も親も、友達も、誰も信用なんか出来ない!

 ……だから1人でやった。妊娠とかそういうのは隠すことはさすがに出来なかったけど、出産は夫も親も誰も呼ぶことなく、1人だけでやった。医師や看護師には心配されたし、子供を出産したことは後から連絡がいったそうだが、出産した時にはいなかった。


 「よく頑張りましたね!」


 そのように言う看護師から、自分のお腹から産まれたばかりの子供を渡される。未だ名前のない子は、この世に生まれ堕ちたことを嘆いているかのように泣きじゃくっていた。うん、私も泣きたい。

 それからしばらくして、命を生んだ体は少しずつ、けれども全てが戻ることはなく、元の形に近付いていった。


 「……ノゾム」


 子供の名前。夫は決められないようだったから私が決めた。

 生まれた時に、まるで何かを強く望んでいるかのように強く泣いていたから、ノゾム。安直かもしれないけれど、結構気に入ってたりする。

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