第67話 普通の女の子は夢の中
「じゃ、次いこうか」
天空の竜が相変わらずの軽そうな声で言う。
「あなたのそれ、どうにかならないかしら。こっちは真剣にやってるのよ」
「真剣だからだよ! ヒメが真剣にやり過ぎて心を潰しちゃったら駄目でしょ? だから僕の可愛さで中和してるの」
天空の竜は微塵も悪意のない、悪気など一切感じてないといった満面の笑みだ。
あぁ、これは言ってもどうにもならないなとヒメは思い、気持ちを切り替えていく。
「はぁ……。まぁ、いいわ。で、次で最後ね」
「うん。3つ目ともなるともう作業みたいでしょ」
「ちょっ、そんなわけないじゃない! 一つひとつやっていくの、本当に大変なんだから!」
人生が作業になることはない。例えそうだとしても、作業だとは思えないだろう。人生にはいくつかのターニングポイントがあり、必ず訪れるイベントがあり、タイミングや運、そして気分によっていくらでも変化してしまう。生まれて死ぬということ以外、人生において同じことなど一つもなければ、同じ人生もない。
「それに、次はシュナのものじゃない。きっと大変な人生だったはずよ」
「うーん。どうだろうね」
「なによ、あなたは知ってるの?」
「うん。この空からずっと見ていたからね。皆がどうやって生きてきたか、ぜーんぶ知ってるよ」
「……そう。それなのに、私は体験しなきゃいけないのね」
「聞くのと実際にやるのじゃ別だろ? 僕は皆がどう生きてきたかは知っていても、何を思って生きてきたかは分からないよ」
「分かったわよ。ちゃんとやるから、そこで待ってて!」
ヒメは他人の人生を歩むことの大変さと天空の竜の会話でストレスを溜めつつあった。少しだけ気が立ってしまい、口調が強くなってしまう。
強く言ってしまった後に、ヒメは自分の気が立っていることに気付いた。
「……」
目を瞑り、呼吸を整え、心を安定させる。その後、ゆっくりと目を開け、目の前に輝くシュナの魂に触れた。
シュナには何ら特別な事情などなかった。普通の家に生まれた普通の女の子だ。ミオのように裕福と呼べるほどではないが、リリィのように生きていくのに困るほどでもない。
普通のお父さんがいて、普通のお母さんがいる一人っ子。中学、高校、大学ととくにつまずくこともなく順調に進み、友達にも恵まれていた。そういう年頃にはそういう年頃の男の子とも世間一般的な楽しみ方をした。特筆すべきこともない、平凡な人生。
ただ、唯一、彼女は小さい頃から物語の主人公に憧れていた。絵本から始まり、アニメ、漫画、ゲーム、小説、演劇……。とにかく主人公が活躍する全ての物語に出てくる主人公に憧れていた。いつしか自分もそうなりたいと思っていたのだ。
しかし彼女の普通の人生には、そんな機会なんてない。彼女は夢を自分の奥底にしまい、普通の生活を送っていた。
そして世界も、彼女にとってはなんとなく、いつの間にか終わっていたのだった。
次にシュナが目を覚ました時、世界は大きく変わっていた。まるで物語の中に来たようで、不安とワクワクが心の中を埋め尽くした。
しばらくは環境に慣れたり、そもそも死なないように努力家した。しかししばらくしたら、出会った人たちと仲良くなることが出来ていた。
ここがどんな世界なのか。出会い、仲良くなった人たちから、その体験を聞くたびに期待のようなものが高まっていく。
そして、ついにガルダと名乗る鳥と出会った。これまでに遭遇した鳥とは違う、炎に包まれた翼。強い力で圧倒する、その姿。炎っていう辺りが実に主人公っぽい。
ガルダを見て、恐れをなし逃げる人々の中、シュナは逃げなかった。それどころか、シュナの方から声をかけたのだ。
「私はシュナ。あなたは?」
その燃える翼を持つ鳥は、シュナの方を見て驚いた表情をしている。しばらく固まったまま動かず、しばらくしてから返事をした。
「僕の名前はガルダ。いや、しかし驚いたな。僕を見て逃げないなんて。襲われたらどうするつもりだったんだい?」
「あなたは人を襲うような鳥とは違うでしょ? 私、あなたを一目見て分かったから逃げなかったの」
「そう、一目見て、ね。良い目を持っているんだね」
「人を見る目はそれなりにあるはずよ。鳥はどうか分からないけど、あなたのことはそんなものがなくても分かるわ」
「そうか……。そこまで言われると照れるな」
「ねぇ、それよりも、あなたのこと教えて! 私、あなたのことが知りたいの!」
「僕のこと? 僕のことなんか知ってどうするの?」
「どうって、それは、ほら、あれよ、決まってるじゃない。冒険とか、そういうの! そう、あなたとそんなことがしたいの!」
「冒険って……。そんな大層なことはしてないよ」
「冒険とかはしてないかもだけど、何か特別なことをしてる! というか隠してる! そうでしょ! 隠しても無駄なんだから!」
「か、隠してる!? いや、そ、そんな不純なことしてるわけないじゃないか!」
ガルダの表情、口調が明らかに変わる。図星を刺された時の、そんな反応。そしてそれを見逃すはずもないシュナ。
「ふーん。やっぱり何か隠してるんだ。言って。別に言いふらしたりしないから」
「だから別に隠してるわけじゃ……」
その時、ガルダは何かを思いついたような顔をした。そうだ、ちょうどいい。
「……僕の巫女になってはくれませんか?」
ガルダはシュナに、その意思を伝えた。
「巫女?」
「そう。人類を絶滅させ、世界を滅ぼした魔王はご存知ですね?」
「え、えぇ」
シュナがいる、既に滅んだ後の荒廃した世界。魔王と呼ばれる存在によって滅ぼされた、今となっては魂だけが彷徨う、何もない世界。シュナもそのことは知っていたが、魔王とはそのような現象であるという言説を聞いたことがあるぐらいだ。そういうものなのか、仕方ないな、と思ったのをなんとなく覚えている。
「私は魔王を倒し、この世界にとどまり続ける魂を救うために遣わされました。しかしこの世界には私が頼ることの出来る止まり木がない。巫女というのは、詰まるところ私の止まり木のことです。巫女がいなければ、私はこの世界に長くいることが出来ないのですよ」
「じゃあ、あなたがこの世界で長く活躍出来るようにするために、私が必要なのね」
「そうです。力を貸してくれますか?」
そんなの、返事はひとつだ。決まりきった言葉を、すぐに返した。
「えぇ、もちろん!」
そしてシュナのガルダとの冒険が始まった。
4羽のトビであるメイ、カガミ、ヤヨイ、スイが仲間になり、魔王を封印した後、神鳥であるフギンと戦った。
しかし結果は惨敗。ガルダとメイは名前を奪われ、ガルダはベンヌという新しい名前を授けられた。美しく紅に燃えていた翼は、燃え尽きたように灰へと変わり、シュナの身体もそれに合わせて灰となった。他の3羽は犠牲になった。
これが敗北の代償。あまりに重く、灰が再び燃えることはなければ、優雅に空を舞うことももう出来ないだろう。それほどのものだった。
「ごめんね、シュナ。僕のせいで、君にも苦労を負わせることになってしまった」
「いいの、気にしないでベンヌ。戦ったんだもの。勝つこともあれば負けることもある。今回は負けたけど、でもそれだけのことよ」
「勝利にも敗北にも、それぞれ意味がある。この敗北は、僕たちにとって悪い意味で大きな意味を持ってしまった。君を僕の手で救うことは出来なかったんだ」




