第64話 答えの先へ
「確かに難敵ではあるが、私はそもそもの前提が間違っているような気がする」
「前提? どういうこと?」
ピッタコスの考えが理解できず、ヒメはそのまま聞き返す。
「つまりピッタコスが言いたいのはこうだろう。フギンとその巫女を倒さなければいけないと考えること自体が間違いなんだ」
「その通りだよ、ビアス。ありがとう」
「それって、倒しちゃいけないってこと?」
「いや、そういうわけじゃない。フギンを倒すことは可能ではある。フギンは物理的な力しか使っていない。まぁ、千里眼もあるだろうが、全てを見通すことが出来る以上、裏をかくことはほぼ不可能だろう。ならば、フギンの力を超えるということに選択肢は絞られてくるわけだが」
ピッタコスの言葉に続くようにクレオブロスが言う。
「フギンはこの世界で最強の力を持っている。神鳥だからな。フギンの力さえ超えれば、勝機はある。だが、そもそもフギンの力を超えること自体が不可能だ」
「なら結局無理じゃない!」
「あぁ無理だ。だから前提が間違っているのさ。力で勝とうすること、そのものが」
「力で勝てないなら、どうすればいいっていうのよ」
「簡単なことです。あなたの、巫女としての役割を果たせば良いのです。あなたは巫女なのだから」
タレスが諭すようにヒメに対して言う。それはまるで、ヒメがやるべきこと、やらなければならないことへと導くような言葉だった。
「私がやらなければならないこと? それは神鳥を倒すこと……」
「それ以外で。あなたは人々に対してどのようなことをなさるのか」
「それは……皆の魂を救うこと……」
タレスと、その他の賢者達は微笑む。
ヒメの巫女てしての役割。それはこの世界に残された人々の魂を救うこと。
「でも、今は」
「例え神鳥の巫女であろうと、この世界に残された魂であることに変わりはありません。その、聖剣を2本持つという巫女も、理由があってこの世界に残ることになったのでしょう。であるならば、何かしらの苦しみは抱えているはず。あなたは巫女さえも救ってしまえばよろしい」
ヒメは、いつの間にか目の前に立ちはだかるフギンとユメを超えなければならない壁だとばかり思い込んでいた。しかしそれは違った。ヒメがやらなければならないことに壁などなく、壁を超える必要もない。ただ目の前のことを受け止め、そしてその愛を持って包めばいいのだ。たった、それだけのことだったのだ。
「そっか……。私は、相手が巫女だからって、そればっかりに気を取られてたけど……。そうね、確かに、彼女も人だもの。彼女が救えないのに、世界中の魂が救えるはずなんてないんだわ」
倒す必要などない。いや、それどころか倒すものではない。救うものなのだ。
それに気付いた時、ヒメの中にあった不安や焦りが消える。ヒメは目をつぶり、深く息を吸う。苦しみでも快楽でもない、純粋な心地の良さがヒメを駆け巡る。
一度だけの深呼吸を終えると、ヒメはそっと目を開く。
そこに広がっていたのは、名前も無い場所ではなく、賢者達の前でもなく、広大な空だった。全方位に広がる青い空と実体のない大きな雲の群れ。ヒメが立っている場所は地面ではなく、空の上だった。なにもない場所に足を付け、静かな風の音を感じている。
「ここは……」
「ここは僕の中だよ」
「誰?」
そこにいたのは、薄く綺麗な空色の髪をした少女。透き通るような白い肌。1枚の布を羽織っただけの無防備な体。
しかしその少女のことをヒメは知っている。そんな気がしている。
「ナビ……?」
「うん! そうだよ! ……具体的にはちょっと違うけど……」
あぁ、この反応、仕草はナビだ。姿は違くとも分かる。雰囲気がそうさせている。
「ちょっと違う? 確かに見た感じは凄く違うけど」
「ナビは僕の分身。僕はナビの本体っていうと分かるかな? 僕は、ナビを通してヒメのことをずっと見ていたんだ」
「ナビが? じゃあ、あなたは誰なの?」
「僕は竜。神様達は僕のことを「天空の竜」って呼んでる。僕はこの空そのものなんだ」
「この空……? どういうこと?」
「そのままの意味だよ。ヒメという人間や魂が君であるように、空という存在こそが僕なんだ。僕が晴れを望めば、空は晴れるし、僕が雨を降らそうとすれば雨が降る。なんとなくで曇りに出来るし、怒りに任せて雷を落としたり、しんみりとしたくて雪を降らせることだって出来る。ヒメが自分の手足を動かすように、僕は空模様を動かすことが出来るんだ」
「そ、そうなのね……」
ナビの声でそんなことを急に言われても、戸惑うだけだ。すぐに受け入れることは出来そうにないが、そのうち受け入れられそうなぐらいにはなんだかすんなりと心に入ってきている。
全く否定するわけでもなく、完全に受け入れるわけでもなく、その間だからこそヒメは戸惑っているのだろう。そうさせるぐらいには説得力というか、納得のようなものがあった。
「どうして私はここにいるの? さっきまでタレス達と話してたのに」
「僕が呼んだんだ。連れてきた、って言う方が正しいのかな? 君が答えを見つけたようだったから、次の場所へってね」
ナビの声で少女はヒメに語りかけ微笑む。その言い方だとまるで導いているような……と思ったところで、ナビが「導きの獣」と呼ばれていたことを思いだす。今の姿は獣とは程遠いが、それでもヒメはここへと導かれたのだろう。
「そう。それで私をここに連れてきて、あなたはどうしたいのかしら? ここには何もないようだけど」
「……ナビとは呼んでくれないの?」
少女は少し寂しそうな顔をする。その声も、その仕草も、ナビそのものだ。それをもってナビと認めてもいい。ヒメは目の前の少女をナビとして受け入れることも出来るだろう。
「そう、ね。あなたがナビの、というかナビがあなたの分身だと聞いて、なんの疑問もなく、そうなんだろうなって思えるの。でも、私は、あなたをナビとは呼べないわ」
「そっか。うん。それはそれで、なんだか嬉しいな!」
「え?」
「まさかそんなこと言われるなんて思わなかったけど、でもそれって、それだけナビのことを思ってくれたってことでしょ? それが凄く嬉しいんだ」
「当たり前じゃない。仲間なんだから」
「ふふ、ありがとう!」
少女が笑う。やはりナビの笑い方とそっくり、というかそのものだ。
「それで、私をここに連れてきた理由はなに?」
話を戻す。なぜ少女はヒメをこのような場所に呼んだのだろうか。今、このタイミングでここにいることには、きっと何かしらの意味がある。
「それはね、君の見つけた答えを実践してほしくて呼んだんだ。ほら、これ」
少女がそう言うと、そこには3つの魂が現れた。透明でありながら輝き、そこに魂があると分かる。それぞれの魂はやがて形を変え、次第に人の姿になっていく。どれもヒメが見覚えのある者達だ。
ミオ、リリィ、そしてシュナ。かつてヒメが対峙した巫女達だ。彼女達の魂がそこにあった。彼女達はその場でただ浮かんでいるだけで、目をつぶったまま何かをするわけではない。
「答えの、実践?」
「そう。君が見つけた答え。巫女さえも救う。それをやってほしいのさ」
「でも、どうやったらいいか、まだ……」
ヒメは答えを見つけた。しかし、その方法はまだ分からない。分からないことを実践することはできない。
「大丈夫。試せばいいんだ。そのためのここ、そのための魂さ」




