第63話 託し、託される
「嫌な記憶でも思い出させるか。捨てた名だものな」
「そんなわけないじゃない! 「メイ」も私にとって大事な名前よ!」
オコナにしては珍しく、声を荒げて反論する。その様子にムウとモロは驚く。あまり見ることのないオコ
ナの知らない一面だ。
「そうか、大事か。なら覚えているのだろう? カガミ、ヤヨイ、スイ。どれも懐かしい者達だ。今の、ムウとモロ、あと1羽いたな。ちょうどその者達と同じ立ち位置だった」
フギンは次々と聞いたことのない名前を挙げる。
彼らはムウやモロ、ツナと同じ、名付けをされたトビ達だ。
これにメイという名前だったオコナを含む4羽、そしてベンヌとシュナでフギンへと挑み、敗北した。
「まぁ、その者達は、ベンヌとその巫女、そしてお前を逃すために犠牲となったのだが。また同じこと繰り返すのか?」
「……ムウ、モロ。ごめんなさい。勝手に巻き込んでしまって」
「気にすんな! 名前のない、そこら中にいる鳥の命なんてあってないようなものだ! その終わりに意味を持たせることが出来る! これ以上のことはねぇ! そうだろ!?」
「えぇ、そう思います。オコナのかつての仲間もきっと同じ気持ちだったと、今なら分かります。オコナ、あなたが気に病むことはありません。私達はここにいれることを誇らしく思っています」
「ムウ……。モロ……」
ムウとモロの言葉に、オコナの沈んでいた気持ちが晴れる。そして、今一度フギンへ挑む勇気を奮い立たせた。
「……仲間に恵まれたようだな」
「えぇ。そうよ。ムウとモロが私の心を照らしてくれたように、私もガルダとヒメのために出来ることをするわ」
「そうか。それは良いことだ。であれば、やはり私も全力でいかせてもらうことにしよう。ここからは言葉は不要だ」
フギンの纏う雰囲気が一変する。先程までとは比べ物にならないほどのオーラ。音を立てることさえ許されないような、そんな厳粛な空間なような。
そして、戦いは一瞬のうちにして決した。
フギンとの戦いで敗れたガルダと、オコナがツナに命じて逃がしたヒメ達は、真理の山嶺から離れ、名前もない、身を隠すことの出来る場所にいた。
「………………」
言葉が出ない。ヒメの心は暗く沈み、これから先どうすればいいのか分からない、というような面持ちだ。
「……ナビ……」
「うん?」
「あなたの眼には、どんな未来が映ってる? 教えて」
「分からないよ……。何も見えない……」
「……そう……」
ナビの眼は相変わらず、欲しい時に欲しい未来を見せてはくれない。役立たずとまではいかないにしても、フギンやユメの持っていた千里眼と比べ、どうにも劣ってしまう。しかしそのことはナビ本人が一番分かっている。
「ごめん……。僕じゃ力になれないみたい」
「そんなことないわ。いてくれるだけで嬉しい」
ガルダがやられ、オコナにムウ、モロ、そしてシイトもいない。多くの仲間を少しの時間で失ってしまった。
「でも、本当にどうすればいいのか、ちょっと分からないわ。まさかあんなにフギンが強いだなんて」
「圧倒的でしたな」
「えぇ。そうね。……ミュソスはあんまり落ち込んでなさそう……っていうか悲しんでもないわね?」
「あなたの目にはあまり良くは映らないでしょうが、平静を保とうとしているのです。私も、これまで共にいた仲間を失ってしまい、悲しい気持ちではいますが、悲しんでいてもどうにもなりませんので」
「そうね……。確かにそう。悲しんでもどうにもならないわ。……悲しむくらいひか、やることないけど」
「そんなことはありません。これからのことを考えることも出来ます」
「これからって、この状況からの逆転、とか?」
「はい。フギンとその巫女に勝ちたいのなら、それを考えれば良いのです。もちろん、それ以外のことを考えても良いのですよ」
「勝ちたいとは思ってるわ。でもその方法が分からないのよ」
「分からなくても分からないなりに考えるべきです。戦いにおいて勝つ方法を考えることをやめた時こそが、本当の敗北なのです。人生や何事においても、考えることをやめた瞬間に終わってしまいます。考えることをやめてはなりません」
「でも……」
ミュソスの言葉にもヒメは良い反応を返さない。内心、かなり落ち込んでいるのだろう。仲間を失ったことと、ここからの打開策が見えないという、2つの事実がヒメに効いているのだ。
「では、少し知恵を借りましょうか」
「え?」
ミュソスがそう言って服の中から取り出したものは、紙の束。
「それは?」
「本というものです」
ヒメは本というものを初めて見る。ナビもだ。
「本?」
「はい。本には様々なことが書かれており、時に力となってくれます」
「力? 強いの?」
「そういう力ではありません。心の在り方や生き方。これからどうすればいいのか。あるいは疑問だったことの答えが載っていることもある、という意味で、私達の力になってくれるものです」
「……そう」
「この本は私がとくに気に入っている本ですね。私の友人達が書いた、というよりも彼らの議論をそのまま記録したものを本にしたという感じですが、私は何か迷ったり悩んだりした時なんかは、こうして時々見返したりするのですよ。ヒメ様も読んでみますか? さほど難しい言葉は使われてはいないはずです。この時は、どれだけ平易な言葉で表現できるかが流行っておりましたので」
ヒメはミュソスから差し出された本を手に取り、そのままページをめくり読み始めた。ヒメはそこまで学があるわけではないが、ある程度の読み書きなら出来る。この本も、止まることなくスラスラと読むことが出来た。
本の中に出てくるのは、ミュソスと、彼が友人と呼ぶ者達。名前を挙げていくと、ピッタコス、キロン、ビアス、クレオブロス、ミュソス本人に、忘却の都にいたソロン、そしてタレスがいた。
「タレス……」
その名前に思わず懐かしい気持ちになる。本の中で、タレスは他の人物と変わらない、いやそれ以上に活き活きと話しており、まるでそこにいるかのような、再会したような気分だ。
7人は本の中で様々なことに関して激しい議論を交わしている。その中には今のヒメにとってヒントになるようなことも混ざっていた。
本を読み進めていくうちに、まるで自分も議論に参加しているかのようになっていく。
「ねぇ、私はこれからどうすればいいの? オコナ達も、シイトもいなくなって、ガルダも倒された。私だけじゃ戦えないし、どうすれば、フギンを倒せるのか、教えてほしいの」
「ふむ、フギンを。これはまた、難しい問題に悩まれておりますな。ヒメ様」
「そうなんだよ、タレス。私も間近で見たが、あれを倒すのは難しいと思うんだ」
「ほぅ。ミュソスはフギンの戦いを見たのか。どうだった?」
ソロンが聞く。
「フギンは遠くに行ってしまったから、よく見えなかった。しかし、それでもガルダと戦っている姿は少しだが確認できた。あれは特別な能力というよりも、直接的な力そのものだった。それに、フギンの他にも厄介なのが、フギンと共にいる巫女だ。彼女は聖剣を2本持っている」
「2本! それは驚いた! この世に聖剣を2本持てる者がいたとは、やはり世界は面白いな!」
「面白がっている場合ではないぞピッタコス。彼女は真剣に悩んでいて、ゆえに私達に助言に求めているのだ」
「いやぁ、申し訳ない。キロン。そしてお嬢さん。ふむ、神鳥フギンと2本の聖剣を使う巫女か」




