第62話 心に抱えた荷物
「矛盾? ボクに?」
「えぇ。そうです。巫女の務めがなんなのか。あなたはなんと仰有いましたか?」
「! だったらなんだって言うのさ」
「巫女の務めは、この世界の魂達のためにある。あなたはこの世界に残り続ける魂が嫌いだと言っていましたが、今のあなたは巫女だ。まぁ、これを指摘したところで何かが変わるということはありません。いえ、既にこれで良いと言えるのかもしれません」
「何が言いたい?」
「あなたも残る魂のために何かを成している、あるいは奉仕している……。そういうことです。嫌いなのに、いえ、嫌いだからこそ、なのかもしれません。そして、あなたは魂を苦しめようと世界を変えたが、この世界が滅びない限り、魂達は完全な苦しみを味わうことがない。あなたは心のどこかで、人々のことが」
「黙れ!」
瞬間、ユメはミュソスに剣を振る。その剣はミュソスを斬ることはなかったが、ユメの怒りを露にした。
「それ以上喋るなよ。喋ったら今度こそ……」
ユメの左目が輝く。
「いや、もう終わる。ちょうど良いね」
「はぁはぁはぁ……。それって、どういう」
ユメの剣が身体から離れ、完全ではないもののヒメの傷は回復に向かいつつある。
ヒメはユメの言葉の意味を気にするが、すぐに知ることとなる。
この城の壁を突き破り、ガルダが背中から倒れこんできたのだ。
ガルダは白目を向き、気絶している。動かないまま、フギンに好きなようにされたのだろう。全身の傷から炎が吹き上がっている。
つまり、ガルダはフギンに敗北したのだ。
「そんな!」
オコナが驚く。
「そんなに驚くことか? お前なら、コイツと私の力の差など知っていて当然だと思っていたのだが」
フギンが言う。フギンの言う通り、オコナはガルダがフギンに勝てるとは最初から思っていなかった。しかし、ここまで実力に差があるとは考えられなかった。
「もう少し粘ってくれると思っていたのだけれど……」
「残念だったな。コイツもお前の期待外れだったようだ。オコナ、お前が連れてくるやつはこんなのばかりだ。お前には、見る目がない」
ガルダはフギンに敗北し、ヒメも、シイトも動くことが出来ない。完全な敗北。あるいはその一歩手前まで追い詰められてしまった。
「ツナ! ガルダとヒメを連れてここから逃げて!」
オコナがツナに向けて叫ぶ。その声には必死さが窺える。
ツナはオコナの言う通り、動かないガルダとヒメを掴み、何も言わずにその場から飛び去った。ミュソスとナビも、ツナに掴まり、共にこの場から去っていった。
残されたのは、オコナとムウ、モロ。そして倒れたままのシイトだ。
「1人を置き忘れていくなんて。仲間じゃなかったの?」
「仲間よ。でも今はもっと大事なものがある。それだけ」
「弱さとは悲しいことだ。何事にも順位や優劣を付けなければならない。真に強き者に、そんなものは必要ない。本当に全てを救いたいのなら、強くなることだ」
「生憎、弱者には弱者なりの戦い方があるの。強者には絶対に分からない、分かろうともしない戦い方がね」
「戦う? お前がか? お前は観察者、観戦者だ。観ていることが役目のお前が戦うとは、随分と向こうに肩入れしているな。私としては、平等であってほしかったのだが」
フギンはオコナを観察者、あるいは観戦者と呼ぶ。オコナやその他のトビに与えられた役目。それはガルダの戦いを時に助けながらも、その目で見たものを神に伝えることだ。神に伝える存在である以上、オコナ達は最大限公平公正に徹していなければならない。
試練はガルダとその巫女によって乗り越えなければならないからだ。
しかし、ガルダとヒメの戦いはそのようにはなっていない。
多くの仲間の助けと犠牲によってここまで来てしまった。本来であればそれではいけなかったのだ。それを止めるのは、本来はオコナの役目であった。しかしオコナはそれをしなかった。止めることなどしなかった。むしろ、見ているどころか助け合うことを薦めているようだった。それどころか、自分もヒメ達のことを助けた。
理由は好きだったからだ。脆弱な人々が力を集め、自分達よりも強い存在に立ち向かっていくことが。そこに勝ち負けは関係なかった。ただ助け合う、その光景と事実が好きなのだ。
「何者にも平等なんて無理な話よ。神の光さえ、届かない場所がこの世界にはあるの。神でない私達が何かに惹かれることはむしろ当然といえるわ」
「全く、愚かなことだ。神は粗末に扱わせるために命を与えたわけではないというのに」
フギンのまとう雰囲気が変わる。戦うための態勢に入ったのだ。オコナ達も身構える。
「ユメは邪魔をするな。ここは私がやる」
「フギンが出る必要ないんじゃない? 別に、ボクだけでも十分だと思うけど」
「いや、あいつらの尊厳のためだ。敗けたとしても、人間に敗けるよりも、神鳥に敗けたというほうが良いだろう」
3対1。それでもフギンは勝つ。それは誰の目にも明白であった。それほどの力の差がフギンと、それ以外の鳥にはある。
「いつ始めてもいいぞ。先攻はそちらに譲ってやる。それとも、懐かしい話でもするか? なぁ、前も同じようなことがあった。オコナ、お前はあの時も、同族を連れて私から逃げる時間を稼いでいた。一度あったことは、何度でも繰り返されるようだ」
「昔の話よ。それに、前とは違う」
「ほぅ。何が違うのだ。私達に敗北したガルダの、何が違う?」
「ヒメは違うわ。あの子は必ずここに帰ってくる。どんなに苦しみ悩んだとしても、出すべき答えを出す子よ」
「先代の巫女とは違う。そういうことか? 随分と贔屓しているじゃないか。やはり失敗作とは違うのだな」
「揚げ足を取るのはやめなさい。私はシュナもヒメも好きよ。それぞれに与えられた使命と役割。そして成し遂げたことがあった。それだけ」
「オコナはもしかして、ベンヌとも旅をしていたことがあるのですか?」
ムウが聞く。フギンとオコナの話を横から聞いていたが、そんなことは今まで聞いたことがなかった。
「やはり知らなかったのか。仲間に隠し事をするのは良くないんじゃないのか? なぁオコナ。いや、メイ」
フギンがオコナを聞き慣れない名前で呼ぶ。ムウもモロもなんのことだか分からないという顔だが、オコナだけが苦い顔をしていた。それはオコナにとって懐かしくも、聞きたくないもの。メイという、かつての名。
「メイ、もしかして名前ですか? それも推察するに、先代のガルダ、ベンヌの時のものでしょうか」
ムウがそのように発言する。オコナとフギンの会話から、メイという名前が、今の「オコナ」という名前と同じものだと考える。つまりは「メイ」という名前が「オコナ」という名前に置き換わったのだ。
オコナの表情が描く心。まるで知られたくなかったというようなもの。
「その通りだ。この女が自ら言わないのなら私から説明してやろう。かつて、今はベンヌと呼ばれている先代のガルダ、そしてその巫女は、自分達に与えられた使命の途中で、私達に戦いを挑んだ。敗北し、失敗に終わったことは知っているだろうが、どのようにして私達から敗走したか。私は背中を向けて逃げる相手をそのまま逃がすほど優しくはなくてな。色々あったのだ。なぁ、メイ」
「その名前で呼ぶのはやめてちょうだい。あなたが気安く呼んでいいものではないの」




