第61話 祈りと始まりと矛盾
ユメの言葉を聞いて、ヒメは黙ってしまう。ユメの言っていることが正しいと分かる。言い返せない。
巫女というのが何なのか。散々聞かされてきた。そして、どういうものなのかも分かってしまった。
私はまだ自分のことしか考えていなかった。
ヒメはユメの言葉を受け入れるしかなかった。
「返事がないってことは、分かってくれたってことだよね。君は皆のためではなく、自分のために巫女としての力を使い、使命を果たそうとしている。卑しい女だ。でも、そんな君でも皆の役に立つことが出来る」
「皆の役に……?」
皆の役に立つ。自分のためではない。誰かのために。今、ヒメが1番欲しい言葉、答えがユメから投げかけられる。それはヒメにとってどこまでも甘く聞こえた。
「知りたい? いいよ。教えてあげる」
「ヒメ! 聞いちゃ駄目だ!」
ナビが2人の間に割って入り、ヒメを庇おうとする。しかしユメはそれに構うことなく、ヒメに近付き、その顎に右手の親指と人差し指を添えた。
「それはね、ずっとここにいること。ここにいて、祈りを捧げるんだ」
「祈りを……?」
「そう。ここは地上で最も神に近い場所。祈りを捧げ続ければ、いつか神様も願いを聞いてくれるかもしれない。それが、皆の役に立つことだよ」
「どうして神に祈ることが皆のためになるの?」
「この世界をどうにか出来るのは神だけだ。この空を晴らすのも、この世界を甦らせるのも、未だに残り続ける魂を浄化させることも、神は全てを指先1つでどうにか出来る。ボク達に出来るのは、神様にお願いすることだけ」
「それで、あなたは祈りを捧げているのかしら?」
「もちろん」
「ならどうして、この世界も、誰の魂も変わらないわけ? 神はあなたの祈りなんか受け入れてないんじゃないの?」
「……分からないよ。今日が駄目でも、明日には変わるかもしれない。何度も何度も続けて、初めて何かが変わることだって、あるだろ? それに、ボクが望んでいるのはこの世界の終わり。そして残った魂を別の世界へと生まれ変わらせることだ」
「世界が終わることを望んでるの!? どうして!?」
ユメは世界を滅ぼそうとしている。神鳥の巫女がだ。何故そのようなことを望んでいるのか。ヒメには分からない。
「簡単だよ。この世界、そしてこの世界に残り続ける魂が嫌いだからさ」
「この世界の人々が嫌いってこと?」
「あぁ、そうさ。だから彼らには、また別の世界に生まれ変わってほしいんだ。何度も何度も、終わらない輪廻を繰り返してほしいと思ってるよ」
ユメが語ったのは、人々に消えてほしいというものではなく、「生きてほしい」というもの。矛盾するようにも思えるが、それはユメが抱える価値観に基づくものだ。
彼女にとって世界とは苦しみに溢れた場所であり、生きているだけで苦しみが続くと思っている。だから、例えどこであろうとも生き続けることは苦しみ続けることでもある。
「既にこの世界の魂は命を持っていない。死んだはずの者達が、醜くも残り続けている。それじゃあいけないんだ。魂も命もあって、初めて苦しみは完成する」
そのように語る彼女の表情は笑ってなどいなかった。真剣に、本気でそのように思っているのだ。
「本当に世界を終わらせるつもりなのね……」
「あぁ、そうだよ。だから毎日祈っているんだ。だから、世界はこうなった」
「どういうこと?」
「この世界に魔王がやってきて人類が滅び、そして今も残された魂が鳥に怯えているのは、全部ボクの祈りの結果ということさ。ボクが神に願い続けることで、神はそれに答えてくれた。願いは叶う。ボクが神に教えられたことさ」
「そんな……。全部、全部あなたのせいなのね……!」
ユメに対する怒りがヒメの中に込み上げてくる。強く、ユメを睨み付ける。
「そう。全部ボクのせい。そして、これからもそうなっていく」
そう言うと、ユメは再び左の腰にかけていた鞘から剣を抜く。
「君も、ボクと同じように、同じ願いを祈ることになる……」
そしてユメは、剣をヒメに対し振り下ろした。ヒメは肩から横腹にかけて斬られ、そこから大量の血が吹き出す。血はやがて炎となり、ヒメの傷を再生させるが、ユメは痛みで倒れた、動くことの出来ないヒメの傷を剣で突き刺す。
「アァァァァァァァ!!」
「ヒメ!」
痛みに叫ぶヒメ。しかしユメはそれを見ても、表情を変えることなく、ただヒメを見つめる。
ナビもヒメを助けようとするが、相手は聖剣を持つユメだ。近付くことも躊躇われた。
「君が再生するのは知ってる。巫女がガルダから授かる能力の1つだ。でもそれは完璧じゃない。再生させないようにする方法はいくつかある。例えば、こうやってずっと傷つけ続ける、とかね。他にも、君が再生しないように思うとか。試してもいいんだよ?」
ヒメの再生能力は、自動で発動しているように見えてそうではない。そもそもヒメの力は、不死身であったり、再生するというものではなく、「生きる力」そのものなのだ。ヒメが「生きよう」「生きたい」「生きていたい」と思うことによってその力は発動する。そのため、ヒメが生きることを諦めた瞬間、その力は失われる。ユメはそうしても良いと思っているし、あるいはヒメが絶望して、この世界を終わらせてほしいと願うように仕向けようともしている。ただ、今はどちらにしようか判断に迷っている状態だ。
「酷いね。これが君が仲間だと思っていた連中だ。誰一人として君を助けにこない。薄情な、いや、最低な奴らだよ」
「た、助けようとしたところでお前が邪魔するだろ!」
「だったらなに? 本当の仲間なら自分を犠牲にしてでも助けようとするもんなんじゃないの? 自分が傷付くことを怖れるぐらいで仲間を犠牲にするってどうなのさ。ねぇ、ナビ」
「え、ど、どうして僕の名前を」
「知ってるよ。この眼はなんでも見えるんだ。君たちのことも、世界のことも。見えすぎて嫌になることもあるけど……この眼に写ることは全て真実だ」
ユメの右目が輝く。きっと、その眼で今も何かを見ているのだろう。
「まぁ、そんなことよりも……どうするの? 助けないの?」
「お待ちください。1つ、聞きたいことがあります」
そのように、ユメに対して言ったのはミュソスだ。彼はヒメとユメのやり取りをずっと見ていた。見ていた上で、思ったことがある。
「あなたの仰っていることには矛盾がある」
「矛盾?」
「えぇ。あなたは世界が滅んでほしいと願った。しかし世界は滅んではいない。むしろ続いている。あなたが嫌っている魂を残しながら。神はあなたの願いを聞いてなどいない。そして、世界はまだ残り続ける……」
「そう言ってるじゃん。だからこれからも祈り続けるんだって」
「確かにあなたはそうも仰った。ですがあなたの言う通りなら世界は既に滅んでいないとおかしい。私も世界樹にいた頃に、この世界の完全な終わりを予見しました。そしてそれはすぐにでも来ないとおかしいものだった。しかしまだ滅んではいない……。神は何かしらの理由があり、世界を延命したのです」
「だとしても、この世界をここまで追い込んだのはボクの祈りを神様が聞いた結果だ。君は神様がボクの願いなんて聞いてないって言いたいみたいだけど、神様は確実にボクの願いを聞いている。だからこうなったんだ」
「まだ肝心なことを言ってはおりません。矛盾は、神ではなく、あなた自身にある」




