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救炎のガルダ  作者: ドカン
4章 神の翼
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第60話 問答

 「それは……」

 「色々ある。それは君が臆病だからとか。本当は君にフギンを殺そうっていう気がないとか、ね」

 「そんなこと……!」

 「でもいいんだ。その程度のことは。必要ないんだよ」


 ユメはそう言うと、シイトを傷付けた剣を鞘へとしまい、同じ手でヒメの頬を撫でるように触る。ヒメは、ユメのその美しい顔に見惚れ、抵抗することも動くこともしない。

 それはまるで好きな男性のキスを待つ女性のような、獣に食べられることを餌のような、そんな態度だ。


 「ま、待て!」

 「……ナビ……」


 そこに待ったをかけたのは、ここで起きたことをずっとナビだ。近くにはミュソスもいる。


 「邪魔者……。まだいたんだ」


 まるで今気付いたかのような、声をかけなければ気付かなかったかのような物言いだ。

 ユメの両目が少しばかり黄金に輝き、そして戻る。


 「ヒメがお前を殺さないのは、臆病だからなんかじゃない! 優しいからだ!」

 「ふぅん。優しいんだ。それは良いことだね。でも、君達はこれから、この世界に残る全ての魂を救うんでしょ? そのことと、ボクを殺してフギンを倒すこと。本当に世界にとって、全ての魂にとってより良いのはどっち? もし本当に優しいのなら、分かると思うけど?」


 ユメの言葉に、ヒメもナビも反論出来ない。ユメの言葉はヒメ達にとって都合の悪い、言われたくないことだった。

 何があってもやり遂げてみせると誓ったはずなのに。自分はこんなところでさえ貫くことが出来ずにいる。情けない。


 「そんなことはありません」


 ヒメに問いかけるユメの言葉に反論したのは、ヒメでもナビでもなく、ミュソスだった。


 「確かに一度約束したこと、誓ったことではあります。しかしそれを叶えるまでに迷うことは、なんらおかしいことではありません。むしろ、一貫することが出来る方が私には不思議でなりません。人なのですから、一度決めたことも、何度だって迷うでしょう」

 「優柔不断とか、軟弱とか、駄目じゃん。そんなの」

 「えぇ、駄目ですね。しかし人ですから」


 ミュソスのその答えに、キョトンとした顔をするユメ。感情的に言い返されると思っていたのか、冷静に認められ、予想外のことにどうしていいのか分からない様子だ。


 「そっか……。そんな返しされるとは思わなかったな。少し試そうとしたんだけど、なんか納得しちゃった……。そうだよね、人だもんね……」


 ユメは両手を腰に当て、顔を下げて地面を見る。少し大きく呼吸した後、少し間を置いて、再び顔を上げた。


 「君を、ガルダの巫女を試してたんだ。1問目はクリア?って感じだけど。でも聞いてみたいことは他にもあるよ」


 ヒメが答えたわけではない。しかし答えはヒメの近くにあった。それだけでユメは、ヒメに対して合格と判断した。しかしユメの問いはまだ続く。


 「君はこの世界を、いや、この世界に残り続ける魂を救いたいと思ってる。それが自発的か受け継いだものかはさほど問題じゃない。そう思ってるから聞く。それって傲慢、自分勝手なんじゃないかな? だってその魂達の中には、救われることを望んでいない魂もあるんじゃないの? だからベンヌとその巫女は、使命を果たすことが出来なかった。彼らは自分達の実力不足ではなく、救おうと思っていた存在に足を引っ張られて使命を果たせなかったんだよ」


 間違いではない。救おうとして、望んでもいない魂を勝手に救ってしまうのはどうなのかとシュナも言っていた。だから、シュナ達は魂が自ら救われたいと思うように導こうとしていた。その途中で、ヒメ達に使命を託したのである。

 問題は、ガルダに与えられた使命が魂の救済でありながら、実際には全ての魂が救われたいと思っているわけではないということだ。使命は神が与えたものだが、その使命の恩恵や効果はガルダを通して人間に与えられる。これが矛盾というか、ギャップというか、両者、あるいは三者の間に隔たりを作ってしまっているのである。


 「そんなことないわ。だってこの世界の魂は皆、苦しみを抱えてる。苦しみから解放されたいと思うのが魂よ。だから私は」

 「君の言う苦しみってなに?」

 「それは」

 「肉体もなくなった世界だ。お腹が空くことなんてないし、喉が渇くこともない。この世界には昔、仕事っていうのがあったらしい。生きている人は皆、働かないと生きていけなかったんだってさ。働いて、お金っていうものを貰って、それで生きていくために必要なものを手に入れていたそうだよ。でも今はそれももうない。鳥に襲われることを除けば、命の危険というものも、生きていけないってこともないんだ。これだけの世界で、君の言う苦しみというものが分からないよ」


 この、魂だけとなった世界で、必要なものなどないと言っていい。仕事のようなことをすることは出来る。実際にしていた者達もいる。しかし必ずしもやらなければならないというものではない。お金もない。お金がないから、経済もなくなった。命があったから、生きていたから必要だったあらゆるものが削ぎ落とされたのだ。


 「苦しみは、あるわ」


 魂だけとなった世界で、自分を続けること、存在することに必要なものはなくなった。しかし、苦しみは変わらずにある。ヒメは苦しみを感じている。それが何よりもの証拠だ。

 では、それはなんなのか。


 「思った通りにいかないことや大切なものを失ってしまうこと。きっと言葉に出来ないだけで、他にもたくさんの苦しみがある。例え、肉体がなくなったとしても心は傷付き、魂はそれを感じてしまうのよ」


 これまでの戦いや道のりで、ヒメは多くのことを経験した。嬉しかったことや楽しかったことはある。しかしそれ以上に上手くいかなかったことや失ってしまったものがある。それらひとつひとつをヒメは苦しみだと言った。

 ヒメの実体験がこもった言葉だ。それは重みを持ってユメに届く。だが、ユメはそれすらも返す。


 「そうだね。それは確かに苦しいことかもしれない。でも、そうしようと思わないことで、それらの苦しみは取り除いたり、そもそも経験することもなかったんじゃないかな?」


 ユメの右目が黄金に輝き始める。


 「例えば、君は辛く苦しい旅をしてきた。ガルダの巫女となり、誰かを傷つけ、自分も傷ついてきた。それらはそもそもガルダの巫女とならなければ、そもそも起こり得なかった。巫女とならなければ、君は多くの人と出会うこともなく、君は傷付くことはなかっただろう。そもそも君が巫女となってしまったから、君は苦しみの中を彷徨わなければならなくなってしまった」

 「確かにそうね。ガルダの巫女となった時から、私の色んなものが狂っていった」


 何度、巫女になんてならなかったらと思っただろうか。巫女というものは、ヒメにとって呪いのようなものだった。しかし、今は違う。


 「でも、巫女になったからこそ、得られたものも、目指せるものもある。それは、私にとって、とてもかけがえのないものよ!」


 ヒメは強く高らかに叫ぶ。それを聞かされたユメ。だがそれは、ユメにとって待ち望んでいた答えだった。


 「君にとって? それは随分と、自分勝手な考えだね。巫女っていうのは、多くの人達のために使命を全うするもの。決して自分のためなんかじゃないんだよ」


 得られることも、目指せるものも、ヒメが巫女になって良かったというものは全て自分にとって良かったものだ。巫女は人々に尽くす存在。自分の利益のためになるものではない。

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