第58話 神鳥フギン
「! あれは!」
ガルダが影の方を見る。
太陽を背にした巨大な影は、一瞬で魔王との間合いを詰め、魔王の首を鋭い爪によって掴む。
魔王は身動きが取れなくなり、その場で必死にもがく。しかし、どうすることもできず、その間に魔王は高く持ち上げられる。そこに、遠くから高速で飛んでくる何かが魔王の胸の真ん中に突き刺さった。
魔王はその場にぐったりと倒れ、全く動かなくなった。周囲の虫も、まるで魔法が解けたかのようにあちこちに散らばり、やがて姿形もなにもかもなくなってしまった。
巨大な影だったものは魔王の骸の上に降り立ち、こちらを見る。
「フギン……!」
ガルダがそう言う。フギン。ムギンと対をなす神鳥。魔王を一瞬で倒したことから、その力が分かる。
「ガルダ。こんなところで何をしている? まぁいい。私はお前を待っているぞ。ではな」
それだけ言って、フギンはその場から飛び去った。
「あれがフギン……!? 圧倒的じゃない!」
ヒメが言う。自分達が手こずっていた魔王を一瞬で倒した。自分達との力の差は歴然であり、目の前に立ちはだかることになった壁の大きさに、少し怖じ気づく。
「そう。あれがフギン。最強の鳥よ」
「聖剣まで持ってた。回収していったみたいだけど。てことは剣士も向こうにいるってことだよね。それも2人。そして巫女でしょ? こっちよりも数も力も上なんじゃない?」
「その可能性は高いわ。とくに聖剣は、人が扱うのには負担の大きいものよ。もともとは神が扱うことを想定していたものだもの」
「だから選ばれた者だけしか使えないのね……。でもそんなのが2人も……」
こちらにいる剣士はシイトただ1人。彼に未知の強敵2人を相手しろというのは酷である。
フギンだけでもその強さは圧倒的であるのにも関わらず、敵はそれだけではないというのは、今のヒメ達を思いとどまらせるには十分であった。
「しかし、本来は神が扱う剣を人が扱えるというのも興味深い話ですね」
ミュソスが言う。いつの間にか話し合いに加わっている。
「まるで神の代行者のよう……。鳥に代わる存在にもなれそうな」
「確かに面白い話。でもそうはなっていない。何故?」
ミュソスの疑問にムウも続く。
「それは、人の上に立つ者に必要なものが力だけではない、ということでは?」
ソロンが新たに会話に入ってくる。
「確かに、それはありそうだ。では力の他に必要なものとは? ソロンはなんだと考える?」
「そうだな……。色々あるとは思うが、1つに絞るというのなら、理性を上げるかな」
「なるほど。理性がなければ、力はただの暴力と化してしまうからね」
「そもそもどうして鳥なのか、ということも僕は気になっていたんだ。ミュソス。君はそれについて考えたことがあるかい?」
「いや、ないな。当たり前のように受け入れていた。しかし、神のもとへ魂を送るためらしいが……」
「神は天にいる。鳥の翼は天まで届く。それ以外の理由なんてない」
「しかしムウ。神が天にいるというのなら、どうして人は地上にいるんだ? 神のいる天で共に過ごせばいいじゃないか」
「地上にいる人達は皆、罪を抱えているらしいわよ」
ヒメの言葉。幼いガルダの空間で聞いた話だ。
「罪のある者……。ではここは地獄なのでしょうか?」
ヒメの言葉を聞いたソロンがそう聞き返す。
地獄とは、死後に罪人が送られるとされる場所。そのことを知らない者はいないが、信じている者は少ない。もし信じているのなら、この世界に生まれてなどいないからだ。
「そうかもしれないわね……。辛いことや苦しいことが多くある一方で、楽しいこととか幸せなことは少ないから、ここは地獄なのかもね」
ヒメはそのように答える。この世界は辛い。それを否定する者はいないだろう。誰にとっても辛く苦しいのだ。だからここは地獄である、と言っても、「なんだ、そうだったのか」と、多くの者は納得するのではないだろうか。
「だけど、そんな世界でもやることはあるんだよね」
ナビが言う。それはまるで、泥に這いつくばった先に見える光のようだった。その言葉は、ヒメやミュソス、ソロン、そしてガルダやオコナ達にも驚きと納得を与えた。
この世界が辛く苦しいものであることに変わりはない。しかし多くの者はそこで止まってしまっていた。止まって、ただ受け入れ、そしてそこで終わってしまっていたのだ。ナビの言葉は、それをもう一度歩き出させるような、前に進ませる言葉だった。
そうだ、その通りだ。誰もが思った。辛く苦しい世界にも、いや、そんな世界だからこそ、自分達にはやるべきことがあるのだ。フギンを倒すこと。そしてその先にあること。今ここで、止まっていていいわけがない。たった一言で、再び魂に火が付いた。
「そうね、やらなきゃ。ありがとう、ナビ」
「ん? 僕は当たり前のことを言ったつもりだったんだけど……。感謝なんてされるようなことはしてないよ?」
「ふふっ。そんなことないわ。さ! 行きましょう! まずはフギンを倒すのよ! 私達の目的はその後なんだから、ここで尻込みなんてしてられないわ!」
ナビから元気を貰ったヒメが、周囲を鼓舞する意味も込めて、大きな声で言う。その言葉に、ガルダやオコナ、ミュソス達は頷く。
「それは別にいいんだけど、もともとここにいた人達はどうすんの? 多すぎるし、戦いになるなら足手まといでしかないよ」
シイトが指摘する。もっともだ。まるでベンヌとシュナの置き土産のように残された民衆。彼らをどうするか。それを考えなくてはならない。
「私が責任を持って彼らをまとめます。どうかあなた方はご心配なさらず、やるべきことをやってください」
「ソロン……」
名乗りを上げたソロン。彼はもともとここて、ベンヌとシュナだけでは纏めきれなかった人々を束ね、ここでの社会生活に大きく貢献していた人物だ。彼なら反対する者もいないだろう。
「だが、君は非力だ。ここを襲ってくるような鳥から守れるだろうか?」
「安心しろ、ミュソス。その心配はないようだぞ」
「え?」
「空! 空を見るといい!」
心配するミュソスに声をかけるガルダ。そして空を見ろというムウ。
空を見たミュソスと、その他大勢が見たもの。それは、空を埋め尽くすように同じ方向へ飛ぶ鳥の大群だった。
「これは……」
「どの鳥も同じ方へ向かってる……。一体どこへ……」
「間違いなく、真理の山嶺だろうな」
「えぇ。フギンのいる場所。そこへ導かれているのよ」
「私達の戦いを見届けでもするつもり?」
「そう。そしてそれは同時に、終わりが近いということでもあるわ」
オコナの言う「終わり」。文字通り、世界、あるいは全ての終わりだ。フギンがいるという「真理の山嶺」。鳥達も自らの役目の終わりが近いことを悟り、そこへと集結している。
神鳥のいる場所だ。神の座に最も近い場所でもある。鳥達はそれを知っていて、そこに向かっているのだ。
「あれに付いていけば、迷うことはなさそうだね」
シイトが言う。真理の山嶺に向かう鳥達の大群は、まるでヒメ達をそこへと導いているようにも見える。
「どうする? 行くか?」
ガルダが問う。
「そんなの決まってる! 行くっきゃねぇだろ!」
モロが大声で叫ぶように言う。まるでゴウマだ。そのことにその場にいた一同は驚く。
しかしモロのその言葉を聞いたヒメは、懐かしさのようなものを感じながら、微笑む。
「そうね、行きましょう!」




