第53話 生きる力
「ベンヌ……。あの灰色の鳥が確かそうだったわ。じゃあ、近くにいたあの巫女は、ベンヌの巫女……」
「ベンヌは魂を送り届けることが不可能となり、この世界にとどまることを選択します。しかしそれは神との約束を破ること。代償として、彼の聖なる炎は失われたのです」
ガルダの背後に流れる映像には、先代のガルダがベンヌとなるまでの過程が映し出されていた。
魔王を封印した後、彼は神鳥フギンと戦う。しかしフギンの圧倒的な力の前に敗れさり、美しく紅い炎は、醜い灰へと変えられたのだった。
「彼はフギンに敗れ、灰色の鳥になりました。そして、神のもとへ行くことの出来ない魂とともに、ひっそりと時が過ぎるのを待っている、というわけです」
「……あなたもガルダなのよね?」
「はい。私はベンヌの代わりに送られる次のガルダです。私の巫女なんですよね。向こうで出会えたら、よろしくお願いします。……覚えているかは分かりませんが」
「忘れちゃうの?」
「はい。私はここでの記憶は持ち出せません。河を渡るのですから、荷物は少ない方がいいでしょう。ですので、もしあなたと会えたとしても、少し酷いことをしてしまうかもしれませんね」
「……もう散々されたけど」
「え!? あぁ、そうですか……。ま、まぁ、それはそれということで……。あ、そうだ。まだあなたの名前を聞いてませんでした。私の巫女であるあなたの名前を教えていただけませんか?」
「私の名前はヒメよ。ちゃんと、覚えておきなさいよね」
一方で、世界においてはベンヌとガルダの戦いは続いていた。ガルダはベンヌの陣地へと単身で突入し、ベンヌの相手をするとともに暴れまわっていた。
「やめろガルダ! 相手をするなら俺だけでいいだろ!」
「そこまで落ちぶれたか! 魂との馴れ合いもいい加減にしたらどうだ!」
ベンヌの周囲には逃げ惑う人々が散り散りになりながら走り回っている。しかし安全な逃げ場所もここにはない。
「チッ!」
ベンヌはガルダを爪で掴み、この場所から離れようとする。ガルダはベンヌに掴まれたまま、引き離すことも出来ずに、事はベンヌの思うように進む。
「あぁっ! ベンヌ様!」
ガルダを連れて遠ざかっていくベンヌに手を伸ばし、嘆く人々。
悲しみに暮れる人々がいる一方で、戦いの被害を精算しようとする者もいた。
「あんた、さっき俺のことを突き飛ばしたろう!」
「な、なんのことだ!」
民衆の中から1人の男が、別の男を責め立てる。どうやら彼は、先程のベンヌとガルダの戦い中で、逃げ惑う途中で背中から押され、転倒したらしい。
「あんたのせいで死にかけたんだ! ベンヌ様のおかけで助かったが、もし本当に死んでいたらどうするんだ!」
怒号を相手に浴びせる男。しかし言われている方は、自分ではないと納得していないようで、それを見た男がさらに怒りを増そうとする。
「待ちなさい!」
それを見て、止めに入ったのはソロンであった。
「お前はこの男が本当にお前を突き飛ばしたのを見たのか?」
「本当です! この男のせいで俺は死ぬところだった!」
「背中を押されたのにか?」
「それは……」
ソロンはもう1人の方を見る。
「お前もだ。お前は本当にこの者を突き飛ばしていないのか?」
「は、はい。そんなこと、するはずもありません」
「ああやって人が密集し、周りが見えていない状況で、お前は本当にそう言えるのか?」
「う……」
「先程は誰もが他人のことなど後回しで、自分のことだけで精一杯だった。そして、お前達のようなことはお前達の間だけで起きたのではない。多くの人、多くの場所で同じようなことが起こったのだ。誰もが加害者であり、また被害者でもある。そして幸いなことに誰かを失ったということもない。どうだ、ここは皆で皆を許そうじゃないか」
ソロンのその言葉を聞いて、人々は静まり返る。自分の中に罪があるかもしれないという自覚と、他人を許そうという気持ちが人々の中に芽生え、民衆の中から怒りは消えた。
「ありがとうございます。ソロン。このようなことが出来るのは、やはりあなただけです」
「いえ、シュナ様。私は私に出来ることをしただけです。感謝されるようなことでもありません」
「それがありがたく、そして素晴らしいことなのです。あなたは私達にとってかけがえのない方。どうかこれからも力を貸してください」
「はい、喜んで」
シュナとソロンがそのように語らうなか、民衆の中から1人が2人のもとへやってきて、疑問を投げ掛けた。
「シュナ様。先程のあの炎を纏った鳥はなんなのですか。何故あれほどまでに我々を襲うのですか」
その疑問に、他の民衆達も知りたかったというように、興味深そうに、あるいは真剣な眼差しで聞く姿勢を取っていた。
民衆達の様子を見て、シュナは諦めたようにため息を吐き、コホンとこちらも何かを説明するという姿勢を整えた。
「いつかはお話ししなければならないと思っていました。ちょうど良い機会です。皆さんが不安に思っている炎の鳥について、そして、私とベンヌについてもお教えしましょう」
そしてシュナは、民衆達に今まで語ることのなかった、ガルダのこと、ベンヌのこと、そして自分自身についてのことを語り始めた。
炎の鳥にはガルダという名前があること。ベンヌがかつてはガルダであったこと。神から与えられた使命。そしてベンヌは、神からの使命を果たせず、今の姿になったこと。
「私とベンヌが出会ったのは、まだ世界に魔王が君臨していた頃。ベンヌはまだこの世界に来たばかりでしたが、使命に情熱を燃やしていました。そんな彼に惹かれて、私は彼の巫女になることを受け入れたのです」
ベンヌとシュナの馴れ初めのようなものから、その後の顛末。つまりはベンヌが神鳥に敗北し、今のような姿になってしまったことも民衆達に話す。
民衆達はそれを黙って聞き続ける。今まで自分達は何も知らなかったのだと恥じ、同時にベンヌとシュナの在り方に心を動かされる。
「神鳥がベンヌに差し向けられたように、確かに私達は神より与えられた使命を果たすことは出来ませんでした。しかし、それでも私達はこの世界から消えることなく残り続けた。私達の意思ではありませんでしたが、何故だか死ねなかったのです。もう終わってもいい、そう思っていました。ですがそうではないのだと、皆さんと出会って、そう考えさせられたのです」
「そんな……私達はなにも……。ただ、生きてきただけです……」
「ただ生きてきたことに意味があるのです。私とベンヌは、まだ生きるべき人々がいるのだということに意味を見つけました。そしてそれは私とベンヌも同じ。私達が魔王を封印したのも、神鳥に敗れたのも、皆さんとお会いできたことも、そしてまだ生きていることも……全ては神の意思の中にあるのだと、そう思えたのです」
例えどのような運命であっても、それは神が定めた理に過ぎない。辛いことも苦しいことも、楽しいことも悲しいことも、神がそのように決めたからそうなったに過ぎないのだ。
「私は運良く生き残ったのではありません。時には腕を引き裂かれ、足を切り落とされ、この胸に穴を開けられたこともありました。首を落とされたこともあります。それでも死ななかった。ベンヌの巫女になった時から、この力を手にした……。不死の力だと誰もが言いました。しかし私は違うと思っています。これは不死の力ではなく、生きる力なのだと」




