第52話 滅んだ世界
「たった7日で、100億人全員が死んだっていうの!?」
「はい。その時代も見ることが出来ますよ。見ますか?」
「……いえ、いいわ。あまり良いものでないのは、想像出来るし」
「そうですか」
「それで、どうして人間は絶滅したの? ってちょっと待って。絶滅? 絶滅ってもうこの世界に人間は残ってないってこと? じゃあ私達はなに? 私達は生きてる。絶滅なんかしてないわ」
「いいえ。人間は絶滅しました。それも含めて、どのようにして今に至るのかを説明しましょう」
焦ったように、混乱の中にいるヒメに対して、ガルダは落ち着き払った声で語り始める。
「それは150年前のある日突然現れました。初めは小さな虫でした。あなたの手のひらに乗る、いえ、それよりも一回り小さいぐらいの大きさの虫です」
語るガルダの後ろで映像が流れる。虫の映像だ。虫としては大きいが、所詮は虫。生物として、人間と比べて非常に小さい。外見はバッタに似ている。黒いバッタだ。
「ただの虫だったら良かったのです。しかしその虫は特殊でした。人の心から生まれたのです」
生物の定義から大きく外れる存在。しかし人の心から生まれたという虫は、しっかりと生きていたのだそうだ。
「世界中で同じことが起こり始めました。最初は数えるほどしかいなかった虫は、気付けば段々と増えていき、やがて人を超すほどの数になっていたのです」
「でも、小さな虫だったんでしょ? それがどうして世界を滅ぼすのよ」
「大量に発生した虫は、空を覆い光を遮断しました。それまでにも、様々な問題を発生させていたようですが、光が失われたことが遂に人類にとどめを刺したようです。そして虫は虫であることにとどまりませんでした。奴らはやがてお互いに融合し、1つの存在として生まれ変わったのです」
ガルダの後ろの映像に、その姿が映し出される。黒く禍々しいオーラを放つそれ。特徴的な角、鋭い歯、巨大な翼、長く太い尻尾、4本の腕と2本の足。左右の手を交差させ、大きな両の目を覆うものの、その手では目を隠しきれず、まるで目が複数あるかのような奇妙な顔面になってしまっている。
「魔王。人類はそのように呼んでいました。魔王は人々を食らい、やがて世界から人類は姿を消しました。……これが世界が滅んだ経緯です」
「人の心から生まれた虫が魔王となって世界を滅ぼした……。じゃあ、その虫は何なの? 心から生まれたって、普通の生き物じゃないんでしょ?」
「はい。虫の正体、それは苦しみです」
「どういうこと?」
「人が日々感じている苦しみが形を持って、虫となったのです。人は、自らの持つ苦しみによって滅んだのです」
世界を滅ぼした魔王の正体。それは人が当たり前のように持つ苦しみである。例えそれがどんな苦しみでも、どんな小さな苦しみでも、その日、それは虫となってやがて世界を覆い尽くし、そして喰らったのだ。
ガルダの後ろには、世界を滅ぼさんとする魔王の姿が映し出されている。世界を燃やすわけでもなく、沈めるわけでもなく、ただただ人々から希望を絶っていく。それだけで世界は終わりを迎えることが出来たのだ。
「魔王の姿はまるで竜のようでした。竜ではありませんが、竜なのですから、人が歯向かえるわけがなかったのです」
「竜?」
「竜とはこの世界そのものです。全ての存在は竜であって、竜によってこの世界は形作られています。魔王は実際には竜ではありません。竜もどきとでも呼ぶべき存在です。しかしその力や影響は、竜に匹敵すると言っても過言ではないものでした」
「それで、世界は滅んだけど、そこからどうやって私達に繋がるのよ?」
「世界を滅ぼした後も魔王は世界に君臨し続けました。魔王は苦しみそのものですから、苦しみを感じる魂があれば消えることはありません」
「じゃあ、世界は滅んだけど魂は残り続けたってこと? それでその魂って……」
「はい、あなた達です」
ガルダから発せられた自分達の正体。人間だと思っていた自分達は人間でなく、魂だけの存在だった。器のない中身だけの存在。それが、ヒメを初めとする今の世界に生きる者達である。
「実はこの世界の外にはまた別の世界が無数にあるんです。魂とは世界を越え、命を宿して世界に生まれます。しかし既にこの世界には宿らせる命がありませんし、発生することもありません。なので魂が増えることはないんです。あなた方がこの世界に残る最後の魂なのです」
驚いてはいるものの、ガルダが何を言っているのかはギリギリ理解出来ているヒメだが、自分の口から何を言えばいいのかが分からない。どんな反応をするべきなのか。どんな感想を持つべきなのか。次々と明かされる世界の真実。信じるべきものが失われたようだ。
「魔王が君臨する世界と、世界に残り続ける魂を憂いて、神は鳥を地上へと使しました。まずは神鳥の2羽を。神鳥達はその後に派遣された他の鳥達がやってこれるように世界を作り替えました。かつては様々な顔を見せていた世界も、その必要をなくし、閉じれるようにと神が下した決断でもあります」
世界は必要ではなくなり、既に生命の住む環境ではなくなってしまった。神はこの世界を見捨てたのだ。しかし、そんな世界でも残された者がいる。
「世界に残された魂を救済するべく、神は最後にガルダを使わしました」
幼いガルダの後ろに映る、当時の映像。炎の翼を広げ、ガルダは魔王に挑む。そして魔王を倒した。傍らには1人の巫女がいた。
「魔王は倒されましたが、完全に消滅したわけではありません。残り続ける限り、何度でも復活し、そして元の力を取り戻します。それを知ったガルダは、魔王を封印する道を選びました」
「そうするしかないわよね……」
「しかしそれは、ガルダとしての使命を捨てるということ。神から与えられたガルダの使命とは」
「魂の救済……」
「はい、その通りです」
「その、魂の救済ってもしかして、この世界を閉じれるように、世界から魂を消すってこと?」
「少し違います。世界から魂を消すというよりも、神の元へ送り返すという表現の方が正しいでしょう。魂は永遠に不滅ですので、消すことは出来ないんです」
「で、魔王を封印しながら、魂を送り届ければ」
「いえ、それは出来ません。魔王の封印には力を使います。魔王は苦しみそのものですので、耐えたり我慢したり、心を押し殺したり、そういった力を使うのです。そしてそれらは本来あるべきではない無理な力です。また、魂は心と密接な繋がりを持ちます。魂が苦しみの心に執着してしまうということが起きてしまいました。執着した魂は、世界から離れようとはしてくれません」
「魔王は魂があるから完全には倒せなかった……。そして魂は苦しみに執着している……。ねぇ、これって」
「はい。完全に詰んでしまったんです。気付いた時には既に手遅れでした」
「ガルダはどうしたの? っていうか、アイツにこんなことがあったなんて私知らなかったんだけど」
「あなたの言うアイツって私のことですよね、はい。しかしあなたが知らないのも無理ありません。何故なら、このガルダはあなたの知っているガルダ、つまり私ではないからです」
「え?」
「彼は私の前にガルダの名と使命を与えられた、先代。この後、彼はガルダではなくベンヌという名で呼ばれることになります」




