第46話 罪を犯す
翌朝。重たい瞼と怠い体を叩き起こし、今日も憂鬱な1日が始まる。とは言っても、ヒメに仕事はない。まともな学歴もなく、これといって使えるようなスキルや資格もない。ただ才能のない自分がいるだけ。何をすればいいのかも分からない。したいことも、子供の存在が足枷になる。お金が増えることもなく、ただ減っていく日々。両親に助けを求めたが断られた。
「何も考えずに子供を産んだお前が悪い」
「お父さんとお母さんは必死になって止めた。それを聞かなかったのはお前だ。産んだ責任を取りなさい」
そう言って聞かない。仕送りも何もしてくれない。
自分はこれから先どうすればいいのか。解決法のない不安がヒメを襲う。
取り敢えずスマホを触る。SNSとかネットの掲示板とか、助けてくださいと言えば誰かが助けてくれるかもしれない。
それでやってきたのが昨日のゴウマだったのだが、ヒメはこれしか知らないし、こうするしかない。
画面をスクロールするとヒメの目を引く記事が流れてきた。自分とは何もかも真逆の、輝かしい女性の話題。実家が裕福で、優秀な大学へ行き、社会で活躍。そして理想的な男性との結婚。相手の男性は誰が見ても分かるハイスペック。文句の付けようがない。
……とても不快だ。とてもとてもとてもとてもとてもとても。
自分とは何もかもが違う。どうやっても勝てない相手。
自分はどうしてこうなれなかったのか。裕福な家に生まれなかったからか。男に捨てられたからか。自分を縛る荷物を持っているからか。ただただ嫉妬の炎が燃え上がる。
他の人間もそうだ。SNSを見て、知り合いとか有名人とか、誰もが人生が上手く行っているように見えて仕方がない。自分の人生だけが上手くいかない。他人への嫉妬、怒り、自分の人生に対する焦り。失敗していることを認めたくないという気持ち。それらが1つとなって、怪物のように心の中で暴れまわる。
そしてその、かつてこの街で生きていた女性の記憶が、今のヒメの心の中にまで入り込んできた。
「うっ……」
ただ他人の記憶が流れ込んでくるだけ。それなのに何故だか辛い。
「お、おい……大丈夫かよ、ヒメ」
ゴウマがヒメに声をかける。ゴウマはただ純粋な気持ちでヒメを心配しただけだ。しかしヒメには、ゴウマが記憶の中で見た、自分を苦しめた男のように見える。ヒメの中に怒りがふつふつと沸き上がる。その感情が抑えられないところまできたところで、ヒメはゴウマに自身の怒りをぶつけた。
「やめて! 何よ今さら! ッ! うぅ……」
再び頭を抑え、項垂れるヒメ。
「母さん? どうしたの? なんか変だよ?」
シンもヒメを心配し、彼女の肩に手を置こうとする。しかしヒメは、シンの手を思いっきり払いのけ睨み付けた。
「触らないで!」
ヒメは辺りに響くほどの大声で怒鳴る。
「そうやってヘラヘラ笑って、私のこと馬鹿にしてるんでしょ!? ねぇ! そうなんでしょ!?」
ゴウマもシンも、何が起きたか理解できず、ただ呆然と突っ立っていることしかできない。
「答えなさいよ!」
「ま、待てよ。本当におかしいぜ? 一体どうしたってんだよ?」
戸惑うゴウマとシンを嘲笑うかのように、頭上から騒がしい音が聞こえる。
「アーッアッアッアッ!」
「キャキャ! キャキャ!」
そこには大量のオウムが楽しむかのようにこちらを見て笑っていた。
「お前らの仕業か! ヒメをもとに戻しやがれ!」
ゴウマは剣を抜き、迷うことなくオウム達へ斬りかかった。オウム達は戦うでもなく、一目散にその場から飛び立ち、逃げ出した。それでも何羽かは残っている。シンも加わろうとした時、ヒメがシンを呼び止めた。
「シン、待ちなさい」
「母さん?」
ヒメはシンに近付き、そっと耳元でささやく。
「え、でもそれって」
「いいから。やりなさい。それとも出来ないの? 私の子なのに? 出来ないようなら私の子じゃ」
「や、やる! やるから!」
シンは戸惑いながらもヒメの言う通りに動く。彼は剣を手に持ちながらゴウマに近付いていく。その手は震えている。
オウム達を追い払うゴウマ。後ろからシンが来ているのは分かっていた。手を貸してくれるのか、そう思っていた時、シンの剣はゴウマの心臓を突き刺していた。
「なっ……!? シン、テメェ……!」
ゴウマは怒りの目をシンに向けたが、怒りはすぐに引いた。シンは怯えた様子で、体を震わせながらゴウマを見ていたからだ。普通じゃないことはすぐに分かった。
刺された箇所から血が出ている。止まらない。ゴウマは胸を抑えながら、なんとか考える。シンでないのなら、信じたくはないがヒメだ。そう思いヒメを見る。
ヒメはゴウマから距離を取っていた。すでにゴウマの体は動かなくなりつつある。苦しい状態でなんとかヒメに近付こうとするも、ヒメのもとへ行く前にその場に倒れてしまった。ヒメはゴウマを心配する素振りも見せず、ただその様子を見ていた。
「……ヒメ……」
ゴウマはヒメに手を伸ばし、そしてついに力尽きた。
それを見ていたヒメは、嘆くことも悲しむこともなく、ただ笑った。
「アハッ、アハハハハハ!」
まるでまともではないその姿。
シンは息を荒くしながら、ヒメのもとへ向かった。
「ね、ねぇ。殺したよ。本当にこれで良かったの……?」
「さぁ?」
「え?」
「私は知らないわ。だって何もしてないもの。ゴウマを殺したのはあなた。だからあなたのせいよ」
「そ、そんなわけないだろ!? だって母さんがそうしろって言ったんだよ!? 言うこと聞きなさいって! 僕はその通りにしただけだよ!」
「あなたが選んで、あなたがやったの。情けない。それでも男の子なの?」
ヒメの言葉に絶望するシン。彼はヒメの言葉を受け入れられず、しかしどうすればいいかも分からず、ただその場でオロオロするだけだ。
そこに空から大きな音がする。
未だに戦い続けているガルダとベンヌがそこへやってきたのだ。2羽の戦いに巻き込まれまいとその場にいた全てのオウム達が離れる。ついにはそこにオウムは1羽もいなくなった。
「ヒメ」
「お前の巫女か!」
ベンヌはヒメを見つけた途端に、ヒメの方へ襲いかかった。ヒメは咄嗟に両腕を顔の前に出し、自分を守ろうとする。
ベンヌの爪がヒメに届きそうになったその瞬間、両者の間に炎の壁が出現した。
「お前の相手は私だ。余所見をするな」
「おいおい、随分と熱烈なアプローチじゃないか。お前もコイツのことが大事なんだなぁ」
「馬鹿を言うな。足手まといなだけだ」
「足手まといなら巫女にはしねぇだろ」
ベンヌは翼を横に思いっきり振る。すると辺りの砂や塵が縦横無尽に動き出し、ヒメとシン、そしてガルダを包もうとする。
「またこれ!?」
「させるか!」
ガルダがベンヌを掴み、動きを封じる。
「ぐ、ぅ……!」
「走れ!」
「どこに!?」
「どこでもいい!」
ヒメはガルダに言われた通り、とにかく走り出した。まだ呆然としているシンも一緒だ。ヒメがシンの手を引っ張りながら、どこへ向かうかも分からず走っている。
「逃がそうとしているのか、ガルダ。だが無駄だ。既に地形はある程度変えた。どこに行こうとも、俺の手の平の上だ」
「それがどうした。私がお前を倒せば全ては終わること。始めから変わってなどいない。そんなことも分からないのか?」




