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救炎のガルダ  作者: ドカン
3章 灰の翼
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第45話 誰かの記憶

 「くそっ! どっか行きやがれ!」


 ゴウマが剣を取り出し、オウムに向けて振るう。身に危険を感じたオウム達は、鳴くことをやめ、その場から飛び立ち、1羽もいなくなった。


 「これであのうるせぇオウムどもはいねぇな。ヒメ、大丈夫だったか?」

 「無理しないでね、母さん」

 「え、えぇ……」


 気を取り直して再び帰路につく3人。しかし、ヒメの頭の中から記憶の映像が消えることはなかった。

 これはある女性の記憶。まだ世界が生きていた頃。まだ都市が廃墟になってはおらず、人々が心地好く暮らしていた頃。しかしそこで、女性は悩み、苦しんでいた。


 「ねぇ、待って! 待ってってば!」


 女性は目の前の背を向ける男性の腕を取ろうと追いかけている。その声は焦りや怒りが含まれた強い声だ。

 お互いに、この陽射しが降り注ぐ、大都市に相応しい現代的でカジュアルな服装。デートか、あるいは何か別の用事であっていたのだろう。しかし今は、あまり良い雰囲気ではない。


 「うるっせぇなぁ。話ならもう終わったろ」

 「終わってない!」


 怠そうに女性の手を振りほどく男性。痴話喧嘩のようなものか。女性は帰りたそうにしている男性を足止めしようとする。端から見れば、騒いでいるようにしか見えない。


 「やめろよ、みっともない。何もかもお前が悪いんだよ。お前が子持ちだとか知らなかったら付き合いなんかしなかったよ」

 「話が違う! 何でも受け入れてくれるっていったのそっちじゃん!」

 「……いいからこっちこい」


 男性は頭を掻きながらそう言うと、女性の手を取り、どこか人気のない場所へ移動した。女性もとくに反抗することなく、それに付いていく。


 「いい加減みっともなく騒ぐのやめろ。一緒にいて恥ずかしいんだよ」

 「それってうるさくしないなら一緒にいていいってこと!?」

 「ちげーよ。今うるせぇのをやめろって言ってんの。じゃ、それだけだから。2度と顔見せんなよ」


 そう言って再び男は女の前から立ち去ろうとする。そして同じように止める女。


 「それだけってなに!? ゴウマは私のこと嫌いになったの!?」

 「めんどくせーな! あぁそうだよ! 嫌いだよ! お前のそういう面倒なとこが全部嫌いなんだよ!」


 引き止めようとする女性をゴウマと呼ばれた男性は力強く振りほどこうとする。しかし、女性の方も強くゴウマの腕を掴んでいるので、なかなか振りほどくことが出来ない。


 「面倒なとこ全部直すから! ヒメのことまた好きになってよぉ!」

 「ならまずはその手をなんとかしろよ! 爪が食い込んでんだよ!」

 「……逃げたりしない?」

 「チッ。……逃げねーよ」

 「本当?」


 ゴウマはため息を吐きながら下斜めを見る。


 「本当だよ」

 「ん」


 ヒメはゴウマから掴んでいた手を離した。ゴウマはヒメが爪痕がつくほど強く掴んでいた腕を擦りながら不満そうな顔を崩さない。だがゴウマは、その場からどこかへ行こうとはしなかった。


 「ねぇ、私のどこが嫌いなの?」

 「自分で分かんねーのかよ。そうやって何でも聞いてくるとことか、いちいち顔色窺ってくるくせに自分勝手なところとか」

 「直す! 全部直すから!」

 「あー、あとあれだ。子供、なんとかしろよ。邪魔だろ?」

 「なんとかしろって……?」

 「決まってんだろ。捨てるなり預けるなりしろよ。いちいち鬱陶しいし、目障りなんだよ」

 「む、無理よそんなの! シンは私の大事な子なのよ!?」

 「知らねーよ。お前が勝手に生んだんじゃねぇか。それに元カレとの子供なんだろ? 俺にあのガキの面倒見る義務なんかねーんだよ。お前がシングルだって分かってりゃ手も出さなかった。一緒になりたいって言うんだったらそれぐらいのことはしろよ」

 「だからそんなの無理って」

 「じゃあ俺達もここまでだな。クソガキがいなくなったら会ってやってもいいぞ」


 そう言い残し、ゴウマはヒメを置いてその場から立ち去った。ヒメは1人、追いかけることもせずに小さくなっていくゴウマの背中を見続けた。そして、その背中が見えなくなった頃、ヒメは意識を取り戻したかのようにその場から動き始めた。

 1人寂しく、トボトボと、自分の家へと帰る。騒がしい街の人々の声がより一層ヒメの寂しさを引き立たせる。街の人々はこんなにも楽しそうなのに、嬉しそうなのに、まるで自分だけが悲しくて、それが惨めで、哀れだと感じる。

 家へ帰る足取りが重い。歩幅も小さくなってきている。しかしそれでも、時間はかけつつ自宅へと帰ってきた。明かりの付いていない暗い部屋。


 「ただいまー」

 「……」


 ヒメの言葉には沈黙しか帰ってこない。別にヒメは一人暮らしではない。もう1人、この家で暮らしている者がいる。


 「シン? いるんでしょ。返事しなさい」

 「ん」


 家は狭いアパート。足の踏み場のない玄関、幅のない廊下、汚い部屋。いくつかある扉をギィと開け、シンが少しだけ顔を見せる。


 「またずっと部屋にいたの? 調子はどう? ご飯は食べた?」

 「ん」


 少しだけ開いた隙間から部屋を覗くと、空のコンビニ弁当の容器が床に散乱している。


 「そう、ちゃんと食べたのね」


 部屋の中はぐちゃぐちゃに物が散らかっている。閉じられたカーテン、付けっぱなしのテレビ、音漏れしているイヤホン。

 ゲームとパソコンを意味もなく開き、義務のないありあまる時間を惰性に潰している。

 シンはまだ10代の子供だ。ヒメは学校に通わせようとしてはいるものの、シンは学校に行く気はないらしい。やる気がない、つまらないと本人は言っていた。学校の先生にも、「シン君からはやる気のようなものが感じられない」「1日中ボーッとしている」と言われた。

 何か本人が楽しめそうなものをさせたいと考えたこともあったが、金銭的に余裕がなく諦めた。

 シンはいつしか不登校になり、ヒメがそれを指摘するとキレて暴れるようになった。剥がれた壁紙がその跡だ。

 いつからか、この堕落したどうしようもない暮らしが日常になった。ゴウマとの出会いはヒメにとって、この日々を変えてくれるかもしれないと思わせてくれるものだった。しかし今日、それを裏切られた。

 いつものように、いや、いつも以上に心も体も疲れ果てたヒメ。それでもなんとか手足を動かし、やるべきことをやるしかない。こんな時でも時間は残酷に動く。

 荷物をそこら辺に置いて、ゴミの山をかき分け、台所へ向かう。ご飯を作る余裕はない。そのため今日もコンビニ弁当だ。茶色い油まみれとなったボロボロの電子レンジを開けてタイマーをセットする。

 その間に洗面所へ行き、溜まっている洗濯物を取り敢えず洗濯機へと入れる。洗剤と柔軟剤をそれなりに入れ、フタを閉めた。標準で回そうとボタンに手をかけたところで、電子レンジのタイマーが鳴る。とにかく、洗濯をスタートさせ、再び台所へ戻り、熱くなった弁当を取り出した。プラスチックの透明なフタを取り、1つは机へ。もうひとつはシンの部屋まで持っていく。

 ヒメはシンが引きこもっている部屋の扉をノックし、温めた弁当を床に置いた。


 「ご飯、ちゃんと食べなさいよ」


 そう言った後、少しの間だけ部屋の前に立つ。しかしシンが顔を見せることはない。ヒメはその場から立ち去り、自分もまだ温かいコンビニ弁当を食べた。食べ終わる頃に洗濯も終わったので、乾燥にかけ、いつの間にかヒメの1日は終わってしまっていた。

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