第44話 そこに意味はあるのか
「ここに来てから、僕は初めて光が暖かいことを知ったよ」
ソロンが言う。
「僕を包み込むような暖かさだ。外にいる時はこんなこと、全く思わなかったのだけどね。外にいた時の太陽の光は、まるで僕を殺そうとしているようだったよ。……遠ざかって初めて分かったけど、光っていうのは愛なんだ。神がこの世界に与えた愛。そして光は天から降り注ぎ、鳥はその天に最も近い場所にいる。彼らは神の使いなんだ。僕らは鳥から逃げ、代わりに神の愛を受けられなくなった。それがこの寒さだ」
「もし鳥が神の使いなら、どうして人を襲うんだ? むしろ彼らは、人間からすれば悪魔のように見えなくもない」
ミュソスがソロンの考えに反論する。ソロンは確かに鳥に、ベンヌに救われたかもしれない。しかしそうでない者もいる。ミュソスも鳥に救われたことなど一度としてない。
確かに神鳥と呼ばれる鳥はいる。しかしだからといって、鳥が神の使いであるかのように見えるなどということはない。それは恐れるべき存在であり、敬う存在でなければ、ましてや人を愛する存在などではないのだ。少なくとも、ミュソスにはそう見えている。
「それに、世界は破滅へと向かっている。これは僕が世界樹にいた頃に出した結論だ。世界がどう滅ぶのか。そしてその後に何が起きるのかは分からない。だけど、この苦しみの中で鳥達が人を襲うのは、まるで人間がこの世界で生きていくことを否定しているように見えるよ」
「きっと否定されているんだろう。じゃなきゃ、こんなにも苦しいはずはない。燃える炎もいつか消えるように、続いてきたこの世界もいつか終わるんだ」
世界が終わりに向かっているという考えは一致する2人。しかし、そこから先の、鳥については違う考えを持っていた。ソロンは救世主として。ミュソスは悪魔として鳥達を捉えている。それぞれの経験と思考に基づいたものであり、どちらも一概に否定できるものではない。
「おそらくだけど、何らかの理由で、この世界に生きる僕達を救うために鳥はいるんだと思う。そしてそれは、肉体的な幸福とか心の安心のようなものではなくて、もっと根源的な、いうなれば魂の救済のためなんだと思う。そしていくつかある魂の救済、その最後にガルダという鳥がいる。それを火の鳥と呼ぶ」
「火の鳥。まさしく今のガルダか……」
「そう。神の愛である光を放つ存在。ガルダの名には、大きな意味がある。例えば、光の救世主とかね」
「ではベンヌもかつては今のガルダのようだったというのか?」
「おそらく、ね。僕はベンヌ様の以前の姿というものを見たことがないから何も分からない。今の灰を纏った姿しか見たことがないからね」
ソロンはそのように言う。ガルダが炎を纏う意味。そして、ベンヌの翼が灰である意味。それらが意味するものを考えていくと、1つの結論に至るのではないだろうか。
ガルダという名前が持つ意味には、神から与えられた、あるいは自ら背負った使命があるのかもしれない。しかし、どれだけ考えたところ2人にはそれを確かめる術がない。
「そういえば、ミュソスが言っていた世界の破滅だっけ。僕も薄々と感じてはいたが、どうして君はそう思ったんだい? 君がどうしてそう思ったか知りたいよ」
「ここに来る前、世界樹にいたと言っただろう? 世界樹は緑豊かな場所でね。しかしそれが徐々に狭まってきていたんだよ。世界樹は世界の中心に位置している。おそらくは世界中から汲み上げ、本来であればその栄養をある形に変換した後に再び世界中に満遍なく行き渡らせるものだったと思うんだ。しかし、今はその栄養が行き渡っていない。いやそもそも配られてすらいない。各地の荒野がその現れだ。世界中どこも始めからあぁではなかった。そこで疑問が湧くはずだ」
「世界から汲み上げた栄養がどこへいったのか……」
「そう。初めは世界樹が持っていると思ったんだが、どうやらそうでもないらしい。それどころか、世界樹も段々と劣化し始めている。世界樹は天と地を繋ぐ柱のようなものだ。つまり地上から汲み上げた栄養は、そのまま天に昇り帰ってきていないんじゃないか」
「それは、世界樹が枯れているということかな?」
「あるいは神の意思なのかもしれない。それに、いや、こっちの方が重要なのかもしれない。世界そのものが狭まってきているんじゃないかと僕は思っている」
ミュソスがそのように言う。黙ったまま目を大きくし、驚きの表情を見せるソロン。ミュソスは続けてそう考えた根拠を説明する。
「距離そのものが変わっていたんだ。僕が世界樹にいた頃に住んでいた小屋とそれぞれの物の距離を調べたことがあった。一度じゃなく何度も。そして何日も。測ってみると段々とそれらの距離が近くなっていたんだ」
「それは、世界樹の中だけなんじゃないのかい?」
「そうかもしれない。だが世界樹は世界そのものだ。世界樹で異変が起きているということは、この世界そのものでも異変が起きている、同じことが起きているということでもある。世界は荒野だけだし、コミュニティも出来たり消えたりしていて、誰も正確な距離を測ることが出来ていない。もし世界が縮小していたとしても、誰も気付けないだろうね」
「もしそれが本当で、今も、そしてこの先も続いたらどうなると思う?」
ソロンがミュソスに問う。
「やがて、世界は極限まで縮小していくだろう。砂粒ほどにまでなり、そして消滅する……」
一方で、廃墟となった都市をさ迷いながら進むヒメとシン。そこに別の、聞き慣れた声が聞こえる。
「おーい! ヒメー!」
ヒメを見つけた瞬間、手を振りながら向こうからやってきたのはゴウマだ。息を切らしつつも笑顔でヒメの前までやってくる。
「大丈夫だったか!?」
「えぇ。別に、なんともないわ」
ゴウマのヒメへの心配を、軽く受け流すヒメ。横ではシンがゴウマには聞こえない声でボソッと呟く。
「来なくてもよかったのに」
少し拗ねたように、シンは口を尖らせながら横を向いた。
「もう大丈夫だ! 俺が来た道を辿ればもといた場所に帰れるからよ!」
ゴウマが自らの胸を手のひらで強く叩き、自信満々に言う。さ迷っていたヒメとシンが後から続く形で、もといた場所へと向かう。
しかしそこに、突如として何羽ものオウムがやってきた。オウム達は周囲のビルへ止まり、一斉に鳴き始めた。
「キィィィィィ! キィィィィィ!」
「クワワワ! クワワワ!」
「キィィィィィ! キィィィィィ!」
「クワワワ! クワワワ!」
「なんだいきなり!」
「うるさっ! 母さん大丈夫!?」
その場にいたシンとゴウマは咄嗟に耳をふさいだ。オウムの鳴き声は高く、頭に響いてくるような、嫌な音だ。
シンとゴウマが心配してヒメの方を見る。ヒメはその場で項垂れたように立ち、耳をふさぐこともなく、手をただだらんとぶら下げていた。何をするでもなく、ただオウムの鳴き声を聞き続けている。まるで金縛りにあって動けないようにも見える。
「また、これ……」
やっとのことでそのように呟いたヒメ。彼女の頭の中には、再び誰かの記憶のようなものが映像として流れていた。それは不特定多数ではない、はっきりとしたただ1人の記憶だ。
頭痛とともに記憶の映像は続く。それはヒメに何かを訴えてきているのか、それともただ意味もなく流れているのか。ヒメにはそれさえ分からない。




