第43話 賢者ソロン
「うん。どこから話していいのか。……私はここに来る前、世界樹にいてね。そこでタレスと再会したんだ」
「タレス! 懐かしい名前だ! タレスは今どうしてるんだ?」
「……死んでしまったよ。世界樹で、私達は神鳥ムギンと戦ったんだ。その争いの最中、ムギンの術中にはまり、そのまま……」
「……そうか」
「だけど、タレスは……今にして思えば彼は満足して死んだんだと思うんだ。だから、悲しむのは違うのかもしれない」
「ははっ、なるほど。それは良い死に方だね。僕もそんな生き方がしてみたいよ」
悲しいことだが、悲しくない気持ちもある。清々しいような、納得させられてしまったような、そんな気持ちだ。ソロンは笑った。かつての友人の、変わらない生き様に笑わされた。この変わり果てた世界で、それでも変わらない者がいた。そしてそれに納得した。
「そしてその後、私はあの燃える火の鳥、いや、その巫女と行動を共にしている。付いていっている、という方が表現としては近いのかもしれないな」
「そうだ、それについても聞きたかったんだ。あの鳥はなんだ? ベンヌ様に戦いを仕掛ける鳥なんて見たことがない……。これは話が長くなりそうだね。どうだい? 奥の方まで来てゆっくり話そうよ」
「分かった、今は君に甘えさせてもらうよ」
ミュソスが腰を上げ、立ち上がった。
ソロンはミュソスと共に来たシイトにも声をかける。
「君も来ないか? ここよりは良い場所だと思うよ」
シイトは変わらない不満気な顔で、ソロンの言葉に誘われる形で付いていった。
ソロンが向かったのは、人々を避難させた場所のさらに奥にある道を通った先。少し薄暗い通りを抜けると、そこには廃墟のような街があった。
「これは……」
「ここはね、いつかの時代の人々が作り、そして使っていた場所だ。今は僕達が使ってる。見た目はボロボロだし、よく分からないものもたくさんあるけど、外よりは何倍も良いだろ?」
「あ、あぁ」
ここに来る前に見た廃墟よりも立派な場所だ。見上げるほどの建物。空を覆うかのような球面の屋根。ここが外からは見えない洞窟の中だということを忘れさせるかのような広さだ。
「ソロン様……。その方々は?」
ソロンのもとに1人の男性がやってくる。怯えた目、僅かに震える体。外からやってきたミュソスとシイトを警戒しているのだろう。他の人々も同様だ。
「僕の古い友人と、その仲間だ。心配しなくていい」
「そうですか。ソロン様がそう仰るのなら」
ソロンのもとまでやってきた男性は、ソロンの言葉を聞くなり、頭を一度下げた後すぐにもといた場所へと戻っていった。
「ソロン様!」
次にソロンを大声で呼びながら走ってきたのは、妙齢の女性だった。
「向こうで乱闘が!」
女性がやってきた方へと指を差し、ソロンに場所を示す。
「分かった。止めてこよう。ちょっと待っていなさい」
それだけ言って、ソロンは乱闘が起こっているという場所へと走って向かった。ミュソスはソロンの後を自然に追い、それにため息を吐きながら、シイトも仕方なくその場へと向かった。
ソロンが到着すると、そこには殴り合いをする2人の男性がいた。なにやら言い争ってもいるようで、その言い争いから喧嘩沙汰にまで発展したようだ。
「お前に何が分かる! 妻も子供も鳥に殺されたんだぞ! お前は何も失ってなくていいよなぁ!」
「それがどうした! 俺なんか両親に捨てられたんだぞ! ずっと1人だったんだ! 家族がいただけいいじゃないか!」
「失うことがどれだけ辛いのか分からないのか!」
「うるさい! 捨てられる苦しみも分からないくせに! 俺の方が不幸な人生だった!」
「いいや! 俺の方が不幸だ!」
言い争いに耳を立て聞くと、2人はどちらがより不幸か、という話題で喧嘩をしていた。一方は家族を失った男性。そしてもう一方は家族に捨てられた男性。どちらも不幸ではあるが、どちらも自分の方が不幸だと言って聞かない。
「2人はどうして言い争っているんだい? どちらも不幸、それでやってきていたじゃないか」
ソロンは近くにいた者に事の始まりを聞く。ソロンはここで暮らしている者の顔と事情を把握していた。今までは、目の前で喧嘩している2人は今のように喧嘩するわけでもなく、争うこともなかった。それがこうなっているということは、何か原因があるはずだ。
「それが、火の奪い合いになりまして……」
「そうか。それは無理もない」
ソロンが無理もないと言ったのには理由がある。ここは、広い洞窟の中。広すぎるぐらいなので空気は問題ないが、天井があり、空からの光が届かない。そのため、非常に冷えやすい。着る物も少ないなかで、火は貴重な資源なのだ。
今、目の前にある火は、薪に付いた火だけ。その火も僅かな大きさで、薪も残っていない。後少ししたら消えてしまいそうだ。
「ソロン様。これでは私達も凍えてしまいます。大人は良いかもしれませんが、ここには子供や老人もおります……」
「それに、このように争う者も出てきました。皆、耐えきれなくなってきているのです」
「なるほど。皆の気持ちはよく分かる。火は何とかしなければならないだろう。それと、不幸を誇ったところでどうにかなるわけじゃない」
その後ソロンはしばらく下を向いて黙った。そしておもむろに、彼は自分の着ていた服を脱ぎ始め、上裸となる。彼は手で持っている自分の服に火を付けた。
服に付いた火は、徐々に服全体に広がっていく。ソロンは火の付いた自分の服を高く掲げ、民衆に見えるようにする。
「さぁ、これで火は2つになった! 争う必要はもうない!」
ソロンのその言葉に驚き、その場は一瞬、静まりかえる。しばらくの静寂の後、民衆達の口から出てきたのは、感謝と心配の声だった。
「お、おぉ……! ありがとうございます! これで暖まることが出来る……!」
「し、しかしソロン様。これでは今度はソロン様が……」
「僕のことは気にしなくていい。これぐらいのことなら慣れているからね。それに、幸運にも僕には余裕がある。この余裕は僕ひとりのものにするのではなく、困っている君達のために使わなくてはならない」
そのように言うソロンに、人々はさらに感謝を捧げた。人々によるひとしきりの感謝の投げ掛けが終わった頃を見計らい、ミュソスがソロンの側に寄った。
「君も相変わらずだな」
「と、いうと?」
「人と人の間に立ってまとめるのが上手い。昔からそうだった。いつでもどこでも求められている能力だよ」
「そんなことはないよ。僕にはこれぐらいのことしか出来ないだけさ。それに、人々をまとめるというのは聞こえがいいけれど、それって皆がいないと出来ない、皆に依存しなければならないものでもある」
「だけど必要なものだ。人がいるところには人が集まる。そして人が集まれば争いは起こる。大小関係なく。誰かが上に立ち、人々をまとめなくてはいけないんじゃないのかい?」
「それはそうだ。だけど、それでもこれが脆弱なものであることに変わりはないよ。皆は僕に感謝し、時に称えることもあるけれど、他にもっと偉大なことがあるんじゃないかな」
「……そうか。まぁ、君が言うならそうなんだろう。私は君の視点に立つことは出来ないからね」
ミュソスはそう言い、ソロンとの話を打ち切る。このまま続けても平行線のままだからだ。ソロンもそのことを分かって、2人の話は別の話題に移る。




