第39話 灰色の鳥と巫女
ナビが連れ去られ、ヒメ達はただそこに突っ立っていることしか出来なかった。
「ナビが……!」
「どうしよう、どうしよう! ツナ逃がしちゃった!」
「ツナ、あなたのせいじゃないわ。相手はあのベンヌだもの。よくやった方よ」
「ベンヌ。今のが……」
ヒメが呟く。オコナによれば、先程の灰色の鳥こそがベンヌだという。
「早く助けねぇと食われでもしちまうんじゃねぇのか?」
「いや、ベンヌはそのようなことはしない。他の鳥ならいざ知らず、アイツは燃え尽きても誇りだけは失わないやつだ。ただ、探すにしても場所が分からないがな」
「いえ、それなら分かるわ。彼の考えそうなことも、何をしようとしてるのかも、ね」
敵でありながら、ベンヌへの信頼や敬意のようなものを感じさせるガルダ。そしてオコナはそこからさらに一歩、ベンヌのことが分かるという。それはただ誰かに向けるような感情ではないように見える。
「そうか、お前は」
「えぇ、元は仲間だったのよ。今のあなたとの関係とほとんど同じよ」
「知る必要のないことだ。失敗したやつのことなどな」
「失敗? それは一体どういうことでしょうか?」
ミュソスが質問する。
「そうよね。普通は知らないわ。教えてあげる。彼の名前はベンヌ=ガルダ。先代の救世主よ」
ヒメ達がナビをベンヌに連れ去られた後、ベンヌはそのまま縄張りへと帰ってきた。そこは薄暗く、周囲を地面の壁に囲まれた、地下であった。
ベンヌはナビをそっと傷付かないように地面に置き、自分も降り立った後に質問を始めた。
「お前、名はなんだ?」
「あ、あわわわ……」
ブルブルと震え、ベンヌの質問に答えられないナビ。
「お前が千里眼を持っているというのは本当か? 未来が見えるのか?」
「うぇ、えぇぇぇ……」
目の前のベンヌに襲われるのではないのか、自分はここて死ぬのではないか、そういう不安がナビを包み、何も答えられず、ただ怯えているだけのナビ。
そこに誰かの足音が聞こえる。小さな足音だ。
「おかえりなさい、ベンヌ」
「あぁ、ただいま。シュナ。さっき帰ってきたところだよ」
ベンヌがシュナと呼んだ女性。白い肌。髪はボサボサの背中の真ん中あたりまで伸びたロング。髪色も白だ。
「あら、その子は?」
「あぁ、すぐそこで拾ってきたんだ。特別な子でね。千里眼を持っているらしい。それを今聞いていたんだ」
「そうなの? それで何か分かった?」
「いや、何も分からないよ。何も答えてくれなくてね。名前さえも分からないから、どう呼んだらいいかすら分からないんだ」
「あなたに怯えてるのよ。無理もないわ。どうせ急に連れてきたんでしょ? いいわ、ここは私が聞いておくから、ベンヌは自分のやることをやって」
「悪いね。シュナ。じゃあ任せたよ」
親しげにベンヌと話す女性。そこからは、人が鳥に抱くような恐怖や信仰はまるで感じられない。そしてベンヌもそれに対して怒りを持つようなことはないし、なんら何かを強制させることもない。
ベンヌはシュナと呼んだ女性に任せたとだけ伝え、そのままどこかへ飛び去っていった。
「さて、じゃあ私と話しましょう。導きの獣さん」
「……導きの獣?」
「えぇ、あなたのことよ。知らないのかしら」
「……うん。知らない」
「そう。知らないの。それなら教えてあげるわ。他に知らないことがあれば、私が知る限りのことを教えてあげる。安心して。私達は敵なんかじゃないわ」
「……」
ナビの警戒心は解けない。目の前の女性は、自分を連れ去った鳥と仲良く話していたような人間だ。もしかしたら、ベンヌと結託して自分を騙すつもりなのかもしれない。それに、早くヒメ達のもとへ帰らなければならない。きっと心配しているだろう。
ナビの心には暗い、不安と緊張が漂う。
「あ、そうだわ。その前に私のことを何も教えてなかったわね。私の名前はシュナ。さっきまでここにいたベンヌの巫女をしているの。後は……何かあったかしら。そうね、好きなことは、こうやってお話しすること。色んな人と仲良くなったり、その人のことを深く知ることが好きなの。あなたは?」
「僕も……お話しするのは好き。喋るのも好きだけど……聞くのはもっと好き」
「そうなんだ! じゃあ私がたくさん喋っちゃおうかしら」
「……うん」
「ふふっ、怖がらなくても大丈夫。何もしないわ」
「じゃあ、どうしてさっきは僕をここに連れてきたの? 早く、ヒメのところに帰してよ」
「そうね……。あなたがそうしたいなら、私もそうしてあげたいのだけど、ベンヌには少し事情があってね」
「事情?」
「えぇ。ベンヌにはね、世界を救うっていう使命があるの」
「世界を救う?」
ナビの頭にハテナが浮かぶ。抽象的で、大きな話すぎてナビにはよく分からない。
「世界を救うために、あなたの力、千里眼が必要なの。こっちに来て」
シュナはナビを近くに寄せ、顔を撫でた。
「うぅ」
シュナの柔らかく優しい手に、ナビの固まっていた表情が溶けるように緩む。
「ふふっ、可愛い。ね、名前はなんて言うの?」
「ナビ。ナビって言うの」
「そう、ナビって言うのね! これからよろしくね!」
そう言って、シュナはナビの頭を撫でる。ナビは頭を撫でられ、頬を緩めながら、つい「えへへ」という声が漏れた。
ナビが連れ去られた後、ベンヌを追うことが出来ないヒメ達は、元々仲間だったというオコナの話を聞いていた。
「先代の、救世主? それに、前から気になってたけど、ガルダっていうのはどういうこと? 単なる名前じゃないんでしょ?」
「えぇ、そうよ。前にも聞いたと思うけど、ガルダという名前は神様がくれた特別な名前。名前と共に役割が与えられ、その名を関した者は役割を使命として、それを果たさなければならない。だけどベンヌは、それを放棄してしまったのよ……」
「愚かな鳥だ」
「……そうかしら」
ベンヌを愚かだと言ったガルダをオコナは睨むように見る。彼女の放った静かな言葉には、どこか怒りがあるようだ。
「ガルダの名を持つ者の役割とは、なんでしょうか」
「それはね」
「何でもいいだろう。無駄話をするな。それより、あの獣を助けには行かないのか」
「聞かれたくないのね。意気地なし」
いつになくオコナが冷たい。言葉の節々に棘があるような、ガルダを責めるような、そんな態度だ。
「使命なら問題なく進んでいる。お前達もいずれ知る時が来る。それでいい」
「どうせ大したことじゃないんでしょ」
ヒメがそんな軽口を叩く。ガルダの使命について、本気では信じていないといった感じだ。
「ふふっ、頼もしいのね」
「その言葉、忘れるなよ」
軽く、本当に軽く、冗談を言うつもりで言ったヒメ。しかしそんなヒメをオコナとガルダはそれぞれの眼差しで見る。
オコナはどこか期待や希望を見いだすような、微笑ましい顔で。ガルダは真剣に、目を据わらせヒメを強く見つめる。
「そ、れ、よ、り、も! ナビを助けに行かないと! あの子きっと泣いてるわ! 急がないと食べられちゃうんじゃないの!?」
「そう! ツナもそれ言おうと思ってた!」
「だからさぁ、そこのオコナって鳥が場所知ってるんでしょ? なら急がなくてもいいじゃん。てか、話してる最中に少しでも移動してりゃ良かったんじゃないの? はぁ……。馬鹿ばっかりだな、ここは」




