第38話 忘却の都
「ま、まぁとりあえず先に進みましょ」
ヒメの言葉に従い、この広い空洞の中を進む。じっとしていてもどうにもならないし、悪くなった空気も少しは良くなるかもしれない。
周囲を見渡すと、なにやら無機質で灰色、そして縦に長い建造物が立ち並んでいた。
「なんだろう、これ。凄くボロボロだけど……」
「これはビルと呼ばれていたものよ。遥か昔はこの中に人々が集まっていたらしいわ」
ナビの疑問にオコナが説明する。ビルと呼ばれる複数の建物。どれもボロボロで、もはや人が寄り付くような場所ではない。しかしそれでも、かつて誰かが使っていたのだろうと分かる痕跡があった。決して、鳥に合わせて作られたものではなく、人に合わせて作られた数々の建物に、ここで何があったのかをヒメ達に想起させる。
「おい、あれ」
ゴウマが上に指を差す。そこには巨大な鳥がこちらを見て佇んでいた。即座に剣を手に取り、戦闘の態勢に入る3人。
「安心しろ。あれはオウムだ。こちらが何もしなければ、向こうも何もしない」
ガルダがオウムと呼んだ鳥。こちらを見続けているものの、本当に何もしてこない。ただ目線を動かし、じっとしているだけだ。
そして周りを見てみると、オウムは目の前の1羽だけでなく、周囲に何羽もいた。高く見渡しの良いビルの上で、ただじっとしている。
「気味が悪いわね」
「何もしてこねぇだろうな」
「気にするな。それより先に行くぞ」
ヒメ達はこの広い空洞の中を進んでいく。
「ここを昔の人々は街と呼んでいたそうよ。多くの人が集まる場所という意味らしいわ」
「へぇ」
「じゃあここにはたくさんの家族がいたんだ! 母さんもさ、いつか一緒にこういうとこに住もうよ!」
「……いえ、ここはいいわ」
「さすがにこんな廃墟には住めねぇよなぁ。住むんだったら風が気持ちよくて、見晴らしの良い丘とかどうだ?」
ヒメを中心に、シンとゴウマが話し始める。
「うるさいなぁ、おじさんは黙っててよ」
「なっ……! 俺はおじさんじゃねぇぞ!」
「あはははは! おじさん! ゴウマが、おじさん!」
「うるせぇ! 笑ってんじゃねぇシイト!」
ヒメとふたりきりで話したかったシンが、話に加わってきたゴウマを疎ましく思い、少し毒を吐く。おじさんと言われたゴウマが顔を赤くして怒る。それに大笑いするシイト。ヒメはノリに付いていけず、ため息を吐く。
進んでいく中で、周囲の景色も少しずつ変わっていく。同じような形のビルだけでなく、それぞれの形をした建物や舗装された道が代わる代わる出てくる。
「凄いねぇ、見たことのないものばっかりだよ」
「昔、と言っていましたが、どれほどの昔なのでしょうか。そしてこれほどの街を作り上げた人々はどういった人々で、どこへ消えたのか……。興味は尽きませんな」
街の景色に興味津々のナビとミュソス。見るだけでなく、触ったりしながら思い、考える。
そんな彼らを横目に、ヒメは頭がボーッとするのを感じていた。それはいつしか痛みに変わり、両手で頭を抑え、その場で悶え始める。
「どうしたの?」
オコナがヒメに声をかける。
「う、うぅぅ……。なに、これ……」
ヒメの頭の中には、見たこともない様子が映像のように流れていた。
綺麗な街で暮らす人々。そこは、今ヒメ達がいる場所だ。ここにまだ人々が暮らしていた時の様子。ヒメはそれを見ていた。人々は見慣れない服を着て、何に使うのかも分からない道具を身に付けたり、手に持っていたりしている。
「あなた達は誰……? どうして、そこにいるの……?」
「ヒメ! 大丈夫!?」
「母さん! しっかりして!」
「なにかにうなされているようですが、一体何を見ているのでしょうか」
「おそらくだが、この街にいた者達の記憶を見ているのだろう。何故見えているのかは、分からないがな」
「多分、記憶の海で起こったことが関係してる。あの時ヒメが海の中に入ってしまったから、魚を食べた時だけじゃなくて、今も誰かの記憶が見れるようになってしまってる」
ムウが推測する。イレギュラーな事態が、今のヒメの苦しみを作り出している。
「では今ヒメ様が見ているのは、ここで暮らしていた人達の記憶ということでしょうか」
「多分そう。でも何で今ここでなのかはムウには分からない」
「もしかすると、土地に反応しているのかもしれません」
「土地に反応……? そんなことがあるのか? それもムウの知らないことだ」
「えぇ、世界樹のような特殊な状況、より具体的に言えば、神の影響が強い土地では、何か計り知れないことが起こっても不思議ではありません。もしかすると、ここもそのような場所なのかもしれません。まぁ、あくまで推測ですが……」
ムウとミュソスがお互いに推測を重ね、考えをまとめていく。真実がどうかは分からないが、1つの指標、判断材料が出来ていく。
「既に滅んだ人達の記憶、ね。とても進んだ文明だったそうよ」
「文明? なんだそりゃ」
「たくさんの人々が知識や経験を重ね、紡いでいき、作り出す豊かな世界のことよ。素敵なものだったと聞いているわ」
「そんな素敵なもんが、どうして滅んだんだ?」
こういうことにはあまり興味を示さなそうなゴウマが、珍しくオコナに質問する。
「さぁ、分からないわ。誰もその理由を知らないのよ」
「鳥のせいじゃねぇのか」
「違うわ。鳥が来る頃には、既に滅んだ後だったわ」
「来た頃? 始めからいたわけじゃないの?」
オコナの言葉に、次はナビが疑問を持つ。
次から次へと増えていく疑問。真実へと近付いているはずなのに、分かるごとに真実までの距離が遠くなっているようだ。
この都、ひいては世界の謎に迫っていこうとしていた時、そこに突風が吹いた。
「何をしに来た! ガルダ!」
「ふん、ちょっとした野暮用だ。すぐに終わる」
目の前に現れたのは、灰色の翼を広げた巨大な鳥。鋭いクチバシと爪。まるでガルダと瓜二つの姿。
ゴウマとシイトが即座に戦闘態勢に入る。
灰色の鳥は、ヒメ達の目の前に降り立ち叫ぶ。
「ここはお前らの来る場所じゃねぇ! とっとと出ていけぇ!」
灰色の鳥は強烈なオーラを感じる。こちらを警戒しているのか。それともここで戦うつもりなのか。どちらにしろ緊張は解けない。
「残念だがここに来なければならなかった。それに足る理由があったのでな。ま、説明は面倒だから省くがな」
「理由だと? そんなもんがあるわけがねぇだろ」
「納得しないか。仕方がない。言い方を変えよう。千里眼で見た、と言えば伝わるか?」
「なに!?」
千里眼、という言葉を聞いた瞬間、灰色の鳥の表情が変わった。非常に驚いているのが分かる。
灰色の鳥はヒメ達を見て、ナビを見つけたとたんに納得したように微笑んだ。
「なるほど、導きの獣か」
その瞬間、灰色の鳥は、その足でナビを掴み、飛び立った。
「うわ!? うわわわ!? うわぁー!?」
抵抗することも出来ず、ナビは灰色の鳥に連れ去られる。
「ナビ! ナビを返せ!」
灰色の鳥を追おうと瞬時にツナが飛び立つ。しかし灰色の鳥は力強く、縦横無尽にテクニカルに飛び、ツナでは到底太刀打ちが出来ない。何とか必死に食らいつこうとするも、ツナでは実力的に無理なようだ。
そうして、ナビは灰色の鳥に完全に連れ去られ、後を追うことさえ出来なくなってしまった。




