第35話 見せられた記憶
「怖いの? そうなんでしょ? だってあなた全身炎だものね」
「違う。怖くなどない。あのカモメ達と同じ汚らわしい臭いに染まるのが嫌なだけだ」
「怖い! 怖い! ガルダ、海が怖い!」
「情けない、情けなーい!」
「黙れ! 怖くもないし情けなくもないわぁ!」
子供のように駄々をこねるガルダ。面倒なことになった。強力な力を持つガルダに言うことを聞かせられる者はいない。それよりも別の者が魚を取ってきた方が早い。
誰もがそう考えた。
「じゃあツナが行く!」
真っ先にツナが無い手を上げた。他に行こうという者もいないので、ツナが行くこととなった。
ツナは海が見渡せるほど高く飛び、取りやすそうな魚に狙いを定める。そしてしばらくして、タイミングが合ったところで、勢いよく海へと飛び込んだ。ツナはそのまま魚を足でガッチリと掴み、そのまま海を直線に飛び出した。
「おぉ……」
ヒメ達はツナの華麗な狩りに思わず感嘆の声を漏らす。
「驚くことではない。あれぐらい私でも出来る」
「じゃああなたもやってくればよかったじゃないのよ」
「そういうわけにはいかぬ。私ほどになると軽々しくやってはいけないことがあるのだ」
「どうだか」
「……前々から思っていたが、随分と生意気になったな」
「そう? 最初からよ」
他愛ない会話を交わした後、ツナが捕えた魚をヒメ達の目の前に置く。
「どう? どう? ツナ大物捕ってきた!」
「偉いわねぇ」
「えへん!」
ツナが捕ってきた魚は人の何倍もある大きさだ。ヒメ達の中でも、体格の大きいゴウマでようやく魚の体幅と同じになるかどうかというほど。あまりの大きさに、ヒメの顔は引きつっている。
「ね、ねぇ……。これ、どうやって食べるの?」
「当然、丸呑み」
「そうね。のどごしがいいのよ」
ガルダとオコナがそれが当たり前かのように言う。巨大な鳥であるガルダ達ならそれも可能だろう。しかし小さな人間であるヒメ達にはどうやったって丸呑みは不可能だ。
「この魚ってのは斬っても問題ねぇんだよな?」
ゴウマが自らの剣を取り出し、ガルダ達に聞く。
「あぁ、問題ない。要は身体に入ればいいのだ」
「なるほどな。じゃあ遠慮なく行くぜ」
そう言ってゴウマは、剣を目の前に置かれている巨大な魚に思い切り縦に突き刺した。そこから剣に体重を乗せながら力を込め、横に切っていく。
しかし場所が悪かったのか、魚は大量の赤い血をゴウマ達に向けて吹き出した。
「うぉぉ!?」
「きゃあ!?」
「うわぁぁ!?」
「……」
「うぉぉ……。中々のものですね、これは」
それぞれがそれぞれの反応をする。赤い血を吹きかけられ、びしょ濡れになるものの、とりあえずゴウマは魚の一部分を切り取った。
「こんなんでどうだ?」
「うっ」
ゴウマは切り取った魚をヒメに差し出すが、ヒメは少し遠慮気味になっている。グチョっとした赤い魚肉に生臭い臭い。魚を初めて見るヒメにとっては食べようと思えるものではなかった。しかしこれを食べなければならない。
ヒメは恐る恐る魚肉に手を伸ばし、ゴウマの手からそれを受け取った。そしてヌメヌメとしてグチョグチョッとした魚肉を慎重に口の中に入れる。
「んっ、んんん」
口の中でいくらか噛み、飲み込んだ。
「えっ」
その瞬間、ヒメの頭の中に映像が流れ始めた。
「これって……」
「何か見えたのですか?」
「えぇ、見えるわ。皆がいなくなった理由が、分かる……。少しずつ、消えていったのね……。土地が、ただでさえ痩せていた土地が、さらに枯れていって、住めなくなったんだわ。そう、そういうことだったのね」
ヒメは深く納得するように呟く。それを見ていた周囲からは、とても不思議な光景に見えた。
「俺も食ってみるか」
「あ、僕も!」
「では私もいただきましょう。どんなものなのか、気になります」
ゴウマ、ナビ、ミュソスがそれぞれ魚肉に手を伸ばす。そしてヒメがやっていたように、それを口の中へ運んだ。
「結構イケる味だな」
「本当だ! おいしい! でも何も見えないよ?」
「おぉ、味は中々……。む、これは……なるほど、このように見えるのですね」
「ミュソスは何が見えたの?」
ヒメが聞く。
「あなたがこれまで何をなされてきたか、です。頑張ってこれられたのですね」
「ふん、無能さが明るみになっただけだろう」
「おい、勝手なこと言ってんじゃねぇ!」
「そうだそうだ! ヒメは頑張ってるんだ!」
ヒメを馬鹿にするガルダにゴウマとナビが反論する。
それを見て、ミュソスはヒメに言う。
「あなたを守ってくれる人がいる。これこそ、あなたがやってきたことの証明でございます。タレス亡き今、彼に代わって、私があなたを支えましょう」
ミュソスが力強くヒメに語りかける。
「えぇ、ありがとう」
それを聞いて、ヒメの顔がやわらかいものとなり、魂の内側から活力のようなものが漲ってきた。
そうだ、自分を支えてくれる者がいるのだ。自分はこんなところでへこたれている場合ではない、と。
気分が上向きになったヒメは、さらに魚に手を伸ばす。彼女は自らの手で魚肉を一口サイズに引き裂き、再び自分の口に運んだ。
魚は自分が「知るべきこと」を知らせる。先程は運良く、知りたいことと合致していたが、今度はそうはならないだろう。これから先のこと、あるいは必要になることが見せられるはずだ。何を「知るべき」なのかは全く分からない。だからこそ、知らなければならない。
その思いでヒメは魚肉を噛み、呑み込んだ。
瞬間、ヒメの頭の中に映像が思い浮かぶ。
廃墟のような場所。灰を被った薄暗い場所。
「これは……?」
「何が見えているのですか?」
「分からないわ。人が、住んでいるのかしら……。すごくボロボロな場所だけど……。でも、いるわ。今見えたもの。……待って。どうして、ここに、皆がいるの? え、鳥までいる……。でもなんか白くて……まるで燃え尽きたような……」
「それは、ベンヌだ。私の縄張りとした場所にいた者達はベンヌの縄張りへと向かったようだな」
「ベンヌの縄張りは人間にとっての楽園と言われているわ」
ガルダとオコナが説明する。2羽がベンヌと呼んでいるものは間違いなく鳥だ。人間にとっての脅威となるはずの鳥の縄張りが、なぜ人間にとって楽園となりえるのだろうか。ベンヌとはどういった鳥なのか。疑問や興味が次々と出てくる。しかしヒメにとってはそれ以上に思うことがあった。
「皆、そっちの方がいいんだ……」
ヒメは、これといってガルダに縄張りとされた場所の改善に努めていたわけではない。しかし比較の対象が現れ、誰もが自分ではなく相手を選んだ。それに落ち込んでいた。
「皆、お前を捨てて逃げたようだな」
ガルダの言葉がヒメの心に刺さる。この言葉はきっと抜けない。何故ならヒメ自身もそう思っているからだ。
「待てよ。まだヒメのせいって決まったわけじゃねぇだろ。別の理由があるかも知れねぇ。聞いてもないのに決めつけるのは早いんじゃねぇのか?」
ゴウマが励ましのつもりで言う。確かに、それもそうかもしれない。ヒメの心がぐらつく。
「行くしかない、ってことかしら?」
オコナの言葉。そうだ。行かなければ、聞いてみなければ実際のことは分からない。推測で決めつけて、勝手に落ち込むのは、それこそ良くないんじゃないだろうか。
ヒメの心が再び上向く。
「えぇ、行きましょう。そうしなきゃ、駄目な気がする」




