第30話 送る言葉と夢の跡
「タレスも眠らされてたの?」
「えぇ。あなたと同じタイミングで神鳥にやられまして。あなたが目を覚ましたから、タレスも起きるかと思ってたんですが......。これは、どうやら」
ミュソスがタレスを抱きかかえているが、全く反応がない。起きる気配もなく、ミュソスはどこか諦めた顔をしている。
「なに? どうしたの?」
「死んでいるようです。脈がなく、息をしていない」
「そんな......」
「なんとなく悪い予感はしていました。当たってほしくはありませんでしたが」
ミュソスは暗い顔をしているものの、どこか既に受け入れているような雰囲気だった。悲しくはあるが、それを嘆いていてもどうにもならないことを彼は知っている。
「これもムギンの仕業かしら」
「おそらくな。奴は幻術で眠らせた相手に夢を見せてくる」
「夢、ですか?」
「あぁ。本人にとって都合の良い夢。どのような快楽よりも気持ちの良いものだそうだ。それゆえに、幻術にかかった者は現実に帰ることを拒んでしまうらしい。しかし、それが人を殺すというのは聞いたことがないな」
「ムギンらしくもないわ。殺生なんて彼の趣味じゃないもの」
ガルダとオコナは、自らの知っている情報と目の前で起こっていることの違いについて考えている。ムギンは殺生を好まない。漆黒の神鳥は知恵を尊重するのだ。
「ヒメも夢を見たの?」
「えぇ。素敵な夢だったわ。起きるのが、嫌になるぐらい」
ナビの質問に答える。ヒメのとっての素敵な夢。何も失われることのない世界。
「タレスもそういう夢を見ていたんでしょう。しかし死んでしまったということは、彼はもう夢を見ていない」
「そう考えるのが妥当だろうな。死とは、この世から魂が去ること。意識もなくなるのだから、夢なんてものは見ない。夢から目覚め、そして死んだのだ。夢を見続けていれば、死ぬことはなかったかもしれないな」
「しかし、神鳥が見せる夢というのは、都合の良い夢。きっとタレスは認めないでしょう」
「あぁ、私もそう思う。あの男はそういう奴だった。だから死んだ」
ガルダは冷たく言い放つ。この運命は変えられないことだったと言っているようだ。ミュソスもそのことに異論はないし、きっと何回同じことを繰り返しても結果は変わらないだろう。
「ムギンは何に敗けたのかしら」
オコナが呟く。ムギンは去る間際に、自分は敗けたと言っていた。
「ガルダ? ガルダかな?」
「違う違う。ガルダじゃない。ガルダ、手も足も出なかった!」
「なんだと?」
それぞれ勝手なことを喋るムウとモロに、ガルダが睨みを効かせる。その眼光に、ツナを含めたトビの3羽は震えるのであった。
「そういうとこ! ガルダのそういうとこ嫌い!」
「焼かれたいのか?」
「私が眠ってた間も勝てなかったんだ。ふーん」
「勝てなかったわけではない。私はいつでも勝てたのだ。しかしあえてだな......」
「ガルダに敗けたわけじゃないのなら、他にムギンを敗かしたのがいるってことよね。そしてそれは、きっとタレスなんじゃないかしら」
オコナが目覚めることのないタレスを見ながら言う。
ムギンは、夢と現実の狭間でタレスに敗れたのだ。物理的なものではなく、精神的なもの。それは事実として見せつけられるものではなく、相手を認め受け入れるもの。都合の良いものばかりを求めず、どこまでも真理を追い求めた魂に対しての敬意。そのためにムギンはタレスに敗北したのであった。
「なるほど......。さすがタレスです」
ミュソスは満足気な表情を見せ、タレスの身体を手放した。その場に静かに横たわるタレスの顔は、どこまでも安らかな表情をしていた。
「もはや肉体に魂が戻ってくることはあるまい。私が弔おう」
ガルダはそう言って、自らのクチバシをタレスの肉体に近付ける。そして軽く息を吹きかけると、タレスだった肉体は、温かい炎に包まれ消えた。こうして賢者タレスは、この世を完全に去ったのである。
「ヒメ。さっき夢を見たって言ってたね。夢の中で、ミオには会ったかい?」
タレスの弔いが終わり、皆が一息ついていた時、ヒメのもとにムギンの支配から解放されたブライがやってきた。
ブライはヒメに、ミオについて聞く。ヒメは顔を下げ、少し黙りこくった後にブライの方を向いて答えた。
「えぇ。会ったわよ」
「どうだった? 元気してた?」
どんな意味が込められているのだろう。ブライはあの時、目の前で見ていたはずだ。ミオはガルダにやられて、いなくなったのだ。それにも関わらず、元気にしているか、などというのは。ブライはこういう時に気を使えない人間ではないし、いたずらとか、いじわるとか、悪意のあることもしない。人の気持ちに敏感で、だからこそ人が付いてくる。
「元気、かは分からないわ。死んでるし......」
「......ムギンの見せる夢が都合の良いものだって聞いて、君がどんな夢を見ていたのかを考えてしまったんだ。もしかしたらそれって、俺が取り戻せたはずだったんじゃないかなって。そしてそこに、ヒメはミオといたんじゃないかなって」
「どう......なのかしらね......」
ヒメは、狭間の中でのことを思い出す。ミオがかけてきた言葉。ミオが自分にしてきたこと。そして自分がミオにしてしまったこと。どんな顔をしてブライと話せばいいのだろう。面と向かって直接言えることでもなければ、隠し通そうにも平気な顔をしていられる気がしない。
「あの時の俺は何も出来なかった。今となっては後悔だけど、あの時に聖剣さえあれば、結果は違ってたのかもね。まぁ、その聖剣も、鳥から与えられたようなものだけど」
「私もよ」
「え?」
「私も何も出来なかった。ううん。むしろ迷惑、いらないことばかりしてた。それにあの時ね、タレスに止められてたの。この世の理に背くって。あの時は聞く耳なんて持ってなかったけど、今ならなんとなく分かるの。タレスの言おうとしてたことが」
マハラカンの縄張りへと赴く際、タレスはヒメを直前で止めていた。一連のことにタレスは深く関わろうとはしなかったのは、きっと結果が見えていたからだ。しかしそれでもタレスは、多くを失ったヒメの側で彼女の力となった。そのありがたみを理解したのは、タレスがいなくなってしまった後のことである。
大事なことに気付くのは、いつも終わった後だ。取り返しがつかないことになってから、正解が分かる。運命は実にいじわるだが、嘆いていても何かが変わるわけではない。
「そっか」
ブライは微笑む。
「なんとなくでも分かるのなら、それはきっと意味があったんだろうね。俺はもう死んだ人間だから、この先に続くことはないけど、今も生きてるヒメならタレスが残した言葉の意味を叶えることが出来るよ」
「意味を、叶える?」
「うん。あ、それと、ナビをよろしく。それじゃ、俺はこのへんで」
「え?」
「ヒメと話したがってる人がいるみたいだからさ」
ブライはそう言って後ろへ引く。ヒメが彼の視線の先を見るとそこには、もう1人の剣士がいた。
「ラズ......」
まるで待っていたかのように、ラズはヒメの隣にやってくる。
「気を使わせちゃったかな」
「いいのよ。彼は気を使いたがる人なの」
ムギンが消え去り、ラズもまた、ムギンの支配から解放されていた。そしてそのまま、ヒメのもとへとやってきたのだ。




