第3話 巫女の役割
気付けばヒメは争う人々の仲裁に入っていた。
「やめて! 今ここで私達が争ったってなんにもならないじゃない! 皆が苦しいのは分かる! それは仕方のないことだけど、今は自分を抑えて」
ヒメの言葉に人々は振り上げた拳を下ろす。この酷い現状がどうにもならないことは誰でも分かっていた。
ヒメの気持ちに人々は従った。何よりも、ヒメが目の前でラズを失ったことを人々は知っていた。それでも彼女は、怒りに身を任せるなと言っている。彼女を思えば自然と、憎悪を他人に向けていることが恥ずかしく思えてきた。
憎むべきは大切なものを奪った、あの火の鳥である。人々の心が、次第に1つになっていく。
「でもよ、これからどうするんだ? あの鳥野郎からは宮殿を造れとかって言われてるけどよぉ、俺は正直嫌だぜ。あんな奴の言いなり通りに働くなんてのは」
「そうね、私も嫌。でも、今は何をしたって覆せるような時じゃない。だから、チャンスを待つしかないわ。それまで、アイツに従ってるフリをしておかなきゃ、次は誰が殺されるか分からないわ」
「死ぬよりマシさ。働こう。それにアイツ、造れって言っておきながら、人間のことも、宮殿のことも何も分かっちゃいねぇみたいだったぜ。これは使えるかもしれねぇ。テキトーに働いてるだけでも、アイツ気付きもしないんじゃないか?」
「いっそのことバカでかい宮殿を造ってることにすれば、時間稼ぎになるかもしれないわ。それでその間に私がチャンスを探す。いいわ! それでいきましょう!」
人々から沸き立つ声が聞こえる。希望が見えてきたことで、バラバラだった心が再び1つになってきていた。
皆で助け合いながら、宮殿の建築を始める。火の鳥がどこからか連れてきた獣人も協力してくれている。重い物を不思議な力で運んでくれるので、人々の作業の負担もさほどかかっていない。そして、開始早々、それっぽい形になってきていた。
そこへ火の鳥が、タイミング良く戻ってくる。
「ほぉ、形になっているではないか。思っていたよりも早いな」
宮殿は多層階建てで計画されており、建設のための足場が設置されている。中央には巨大な広場を作ることが予定されており、その周囲を廊下がぐるりと壁のように取り囲む。
火の鳥は、宮殿の建設現場を見て、勝手に満足する。もちろん、まだまだ完成には程遠いものの、知識を持たない火の鳥にはそれが分からなかった。
「しかし、それではこの者達は必要なかったか」
そのように言う火の鳥の足元を見れば、どこからか連れてこられたであろう人々がいた。ヒメは連れてこられた人々のもとへ駆け足で向かい、側に寄り添った。
「あなた、また無駄に被害者を増やしたのね」
ヒメは火の鳥を睨み、その行いを非難する。
「おやめなさい」
ヒメの、火の鳥への批判を止める声。それはヒメが守ろうとした、連れてこられた人々の中にいた。白い髭を生やし、シワを目立たせながらも瞳には何か力強さを感じさせる老人。続けざまにヒメに言う。
「鳥に逆らってはいけない」
「どうして!? コイツはあなた達を自分勝手に、物のように扱ってるのよ!?」
「あれは神の使いであり、この世の理なのだ。あなたが私達を庇ってくれたのは分かる。しかし鳥に逆らってはならないのだ。だからどうか、その怒りを静めてはくれないか」
「ほぅ。随分と利口な人間もいるものだな。髭を生やした人間は皆そうなのか? まぁ、とにかく、巫女であるお前は肝に銘じておけ」
そう言って火の鳥は、再びその場から飛び立ち、未だ建設中の宮殿へと向かった。
「あなた巫女なのか!?」
火の鳥が残した言葉に驚き、ヒメに迫る老人。血相を変え、信じられないものを見るかのような顔をしている。
「え、えぇ。そうみたいよ。アイツがそう言ってただけだけどね」
「あの鳥が本当にそう言ってたのなら間違いない。あなたはあの鳥の巫女なのだ。なんてことだ......」
老人はその場に、力尽きたように座り込む。ヒメは老人のその様子を見て、さすがに何かあるのではないかと思い始めた。自分も、多くの人も知らない秘密のようなものがあるのかもしれない。ヒメは老人に、恐る恐る巫女について聞く。
「その、巫女っていうのは、何なの? ただの言葉でしょう?」
「巫女が何かを知らないのはあまりにも酷ですから、お教えいたします。しかしどうか心を乱さずに聞いてほしい。巫女というのは、人々の魂と鳥を繋ぐ鎖のようなものです。あなたは鳥に代わって、人々に力と威光を示さなければならない」
「どういうこと?」
「運命共同体になったのですよ。あなたとあの火の鳥は。巫女は、繋がっている鳥が死ぬまで、死ぬことも老いることもない。そして鳥の側で人々をまとめ上げなければならないのです」
「それって、これからずっと、アイツの......」
「鳥はそう簡単に巫女を任ずることもなければ、言葉に出すこともない。あなた方に何があったのか、あの鳥が何を思ってあなたを巫女にしたのかは分かりません。ですが今は、どうかその不幸を嘆かないでいただきたい。あなたの魂は、もうあなただけのものではないのです」
「私は、私はどうすればいいの?」
「鳥の側にいなされ。それも、巫女の仕事だ」
老人の言葉に導かれるように、ヒメはすぐさま宮殿へと向かった。
火の鳥が憎い。出来ることなら今すぐにでも、火の鳥を殺してやりたいが、どうやらはそれは出来ないらしい。自分で死ぬことも出来ない。どうしようもない気持ちを抱えたまま、ヒメは未完成の宮殿へと向かう。
宮殿の広場にいる火の鳥に問い詰める。
「聞いてないわ! あなた、よくも私を巫女にしたわね!」
「なんだ、今さらか。もう遅い。過ぎたことなのだ。受け入れろ」
「受け入れろって、あなたねぇ......!」
「お前も、お前の周りも、無知だったのだ。とにかく、私にはやるべきことがあるのだ。お前の無知に付き合っている暇はない」
「やるべきこと? 人の生活を壊した責任を取ることよりも大事なことなの?」
「お前が知る必要はない」
「もしかしてまた人をもて遊ぶ気なの!? どうなのよ!?」
大声でまくし立てるヒメの言葉など全く耳に入れようとせずに、火の鳥はどこかへと飛び去った。もちろん答えなどヒメは得られるはずもなく、ただ1人その場に残されたのだった。
それから数日、火の鳥は帰ってこない。この隙をついて逃げ出した者達もいる。時間がありながら残った者達もいる。ヒメは残った。何故だか逃げる気力が湧いてこなかった。
しかしそうであっても、時間は過ぎていく。火の鳥がいない生活、怯える必要のない生活。また、元通りに生きていいのだ。
「元通りの生活って、どうやってたのかしら」
脅威のある生活とは、やることがはっきりとしている生活だった。脅威の生活はその逆で、何をやってもいいが、何かをやる必要はない生活でもある。
火の鳥は人々に何も命令しなかった。宮殿の建築だって、いつの間にか止まっている。未完成の宮殿は残った人々の溜まり場となり、それなりの生活に一役買っていた。
穴が空いたような日々を過ごすヒメも、宮殿で1人、何もせず過ごしていた。そんなヒメの前に老人が姿を見せる。
「あなたは逃げないのですか」
「逃げても行く場所がないわ。ここにいても、することだってないけど」
「あの火の鳥は、きっと巫女であるあなたに一任したのです。巫女ならば、鳥の心を知っているのではないですか?」
「そんなもの分かりたくないわ。そういえば、あなたの名前を聞いてなかったわね。私、ヒメって言うの」
「私は、タレスと申します。よろしくお願いいたします。ヒメ様」




