第29話 百合の花が散るのなら
現実。戦いの最中。ムギンはリリィに告げる。
「リリィ。どうやらここまでのようだ」
「ん? どうしたの、ムギン様」
「この戦いは僕達の敗けだ。だから大人しく去らなければならない」
「何言ってるの? ムギン様も私もまだここにいる! 生きてる! ガルダにだって有利に戦えてた! このままアイツらを倒して、私を救って!」
ムギンは自らが作った夢がタレスによって打ち破られたことを知っている。そして、それによってヒメの夢も終わった。やがてヒメは目覚めるであろう。
この戦いはガルダとムギンの戦いであったが、ムギンはヒメと共にいたタレスの心に敗れた。想定外だ。しかし不満はない。
ムギンの神鳥の力をもってすれば、未熟な救鳥ガルダを倒すことなど造作もないことは断言出来る。だがそんなことは世界を何一つ良くしたりなどしないし、無意味だ。
そもそもこの戦いの行方は始めから決まっていた。ムギンはそれを知って戦いを受け入れたのだ。だからこれで良い。ガルダの力は十分に試すことが出来た。地上での役目は果たした。いつでも立ち去ることが出来る。
しかしリリィはそれを受け入れられない。そもそもの約束が違うと言う。その通りだ。それに、リリィはムギンの事情のほとんどを把握していない。受け入れられないというよりは、理解できない、分かっていないと言った方が正しいだろう。しかしムギンもリリィ1人にいつまでも付き合うことはできない。
「ごめんね。でも僕、嘘つきだから」
「嘘! 嘘! 嘘!」
「嘘、よね......?」
「嘘じゃないわ。ここでヒメと命を交換すれば、私は生き返ることが出来る。だから、ごめんね」
「うっ!」
狭間。ミオはヒメの首を掴む。そして力を入れる。ヒメを殺す気だ。それも本気で。2人はその場に倒れ込み、ミオが上になる形でさらに力を強めていく。ヒメは息ができずに苦しさから足をばたつかせるが、それでどうにかなるわけではない。息が出来ないなら、やがて人は死ぬ。しかしヒメは死なない。死ねないのだ。こんな時であっても、ヒメはガルダの巫女という身分から逃げることが出来ない。意識が遠のくわけでもないので、ただひたすらに苦しみは続く。
「あっ、うっ、あっ......」
この苦しみから脱しようと、ヒメも自らの腕でミオの首を掴む。
「ぐっ! 抵抗しないで!」
ミオはヒメの首から自らの手を離し、逆にヒメの腕を掴む。なんとか引っ剥がそうとするが、ヒメは手を離さない。
混乱した頭、正常な思考など出来ない、興奮した状態で、今度はヒメが腕に力を込め、ミオの首を締める。
「っ、っ! っ......」
途端にミオの体から力が抜けた。ヒメの上から横に倒れる。そしてそのまま動かない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
ヒメは自身の息を段々と落ち着かせ、次第に平常に戻っていく。それと同時に、目の前で倒れているミオに意識が向いた。
「ミオ? ミオ!? ねぇ、返事して!」
ミオの体を揺さぶり、彼女に起きるように促す。しかし全く反応がない。そしてようやく、ヒメは自分がやってことを自覚し始める。
「ねぇ、嘘でしょ? 嘘よね!? 嘘って言ってよ!」
ヒメを殺そうとしたミオは、あっけなく死んだ。その事実が大きく重く、ヒメにのしかかってくる。彼女は両手で自らの顔を覆い、まるで罪から目を背けるかのように泣いた。
「う、うぁぁぁぁぁぁ......」
再び現実。ムギンは幻術にかかった者達が何を見ているのかを把握している。もちろんヒメの夢も、その狭間で見ていたことも全て知っている。そしてそこで何が起きたのかも。
「そろそろガルダの巫女が目覚める。その前に僕は消えることにするよ」
「待って! 待って待って待って待って! 私は!? 私はどうなるのムギン様!?」
「君も一緒さ。鳥と巫女は同じ運命を辿る。共同体だからね」
「嘘! そんなの嘘!」
「嘘じゃないさ。運命というのは予め神によって決められているんだ。これも、受け入れないと」
泣きわめくリリィにムギンは優しい声で諭す。それでもリリィは泣き止まない。
「ガルダ、君ともお別れだ」
「......はっ、清々する」
「そう言うなって。本当は寂しいんだろう?」
ガルダは答えない。ムギンはそれを見て少し笑った。
「じゃ」
「待って! 待って! 私ま」
瞬きをする一瞬。その一瞬でムギンとその巫女は消えた。跡形もなく、まるで始めからそこにいなかったかのように姿が見えなくなってしまった。
辺りには静寂が訪れる。
「消えた......」
「本当に消えた......」
「ムギンが消えた......」
ムウ、モロ、ツナが驚く。彼らにとって一段上の存在である神鳥ムギンの消失は、実に信じ難いものであった。
「世界の均衡を保っていた神鳥。その片方の喪失。ガルダ、あなた責任取れるの?」
オコナが聞く。
「無論だ。始めからそのつもりだよ」
「そう。ならこれ以上は聞かないわ」
鳥達が感傷のようなものに浸っている一方で、ムギンに操られていた剣士達もまた、その呪縛から解放されていた。
「ん? これは......」
ラズの意識が戻る。
「あ? なんだ、ようやく気付いたのか?」
お互いに剣を振るうことをやめる。既に戦いに意味はなくなったからだ。そしてそれは、シイトとブライも同じだ。
「ちぇっ、もう終わっちゃったんだ」
「......体が自由だ。あの鳥の支配がなくなったのか」
反応は千差万別。しかし今は戦いが終わったことをそれぞれが実感していた。
「ん、ん......」
「ヒメ、ヒメ! 皆! ヒメが起きたよ!」
ナビが全員に向かって叫ぶ。ガルダ以外がヒメの近くに集まる。
ヒメはゆっくりと体を起こし、下を向いた後、重そうな溜息を漏らしながら顔を上げた。 近くにいる全員が不安そうな顔で見守る。
「大丈夫?」
ナビがヒメに体調や諸々のことも含めて聞く。
「え、えぇ......」
体に不調はない。至って健康だ。しかし、眠っていた間に見ていたものが頭からこびりついて離れない。思い出すと両手にミオの首を絞めていた時の感覚が蘇ってきて、ヒメとしてはどんより暗い気持ちになる。
ヒメ以外の誰も、ヒメが眠っていた間に何を見ていたのかを知らない。そのため、この気持ちを共有できる相手もいない。
「良かった! ヒメが何事もなくて! このまま起きなかったらどうしようってずっと心配だったんだよ?」
「そう。ごめんね。心配かけちゃって」
「平気! だって戻ってきてくれたもん!」
「そういえばムギンは? ムギンはどうなったの!?」
「ムギンなら消えた。もういない。見れば分かるだろう」
ガルダが言う。冷たい口調で、突き放すような言葉遣い。
「テメェ! ヒメは起きたばっかなんだ! 分かるわけねぇだろ! 少しぐらい気ぃ使ったらどうなんだ!」
すぐにゴウマが反論する。ヒメは事の顛末を知らないので、ゴウマの言っていることの方が正しいし、ガルダは理不尽な物言いであったが、ヒメはどうするつもりでもなかった。言い返すでもなく、怒るでもなく、まるで穏やかな水面のように静かであった。
ゴウマとガルダによって再び騒がしくなってきたところに、ミュソスの声が響く。
「タレス......」
ヒメとは別に、ムギンによって眠らされていたタレス。友人であったミュソスは彼の側で様子を見ていたのだが。




