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救炎のガルダ  作者: ドカン
2章 黒の翼
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第27話 知性と物乞い

 タレスが発言をした瞬間、広場が静まり返った。その場にいた全員がタレスの方を見て、一瞬の間を開けた後にタレスを称賛し始めた。


 「おぉ!」「さすが!」「さすがタレスだ!」「真の哲人だ!」


 褒めすぎ、というレベルで誰もがタレスを褒めちぎる。彼の考えと発言はあらゆる問題の答えとなり、人々はそれを知った日からそれを信奉して生きていく。


 「やっぱり君は、このポリスで1番の知性だね」

 「いや、あれは別にそんな......」

 「よぉ! タレス! 見ていたぞ! やはりお前は賢い!」


 そこにやってきたのは、5人のタレスとミュソス共通の友人。声をかけてきたのは、ソロンという名の男性だ。5人ともタレスやミュソスと同じくらいの年齢、つまりはそれなりに老いていて、年相応のシワの目立つ顔に、白髪の混じった頭髪が渋く男らしさを演出している。


 「賢いなどと......私はただ自分の考えを述べただけだ」


 タレスは先程の場で、別になにか全くもって新しいことを言おうとしたのではない。自分の考えを述べただけで、あのように称賛されるつもりだったわけではないし、ありきたりな普通のことを言ったつもりであった。

 しかし友人達には通用しなかった。


 「聞いたか皆! この謙虚な姿勢。これこそ知性だ!」

 「あぁ、その通りだ。称賛を求めない姿勢。尊敬に値するよ」

 「明日の議題を教えてやろうか? 「タレスの思想は正しいか?」だ!」

 「ははは! 大勢に議論される思想なんて、それを考えたソフィストにはこれ以上ない名誉じゃないか!」


 それぞれ、ピッタコス、キロン、ビアス、クレオブロスだ。

 タレス、ミュソス、ソロンとこの4人は、ポリスでも評判のソフィストであった。

 知性を愛し、真実を追い求めるソフィスト達であったが、彼ら7人はその中でもとくに名を馳せていた。彼らは各地を巡り、多くの知識人達と論戦を繰り広げる。そしてその度に知識人達を論破し、さらに名声を高めていたのだった。

 彼らはいつものように見知らぬ土地へ行く。そこでもやはり自分達の知恵と思想によって、知識人との論戦に勝利したのだった。湧き立つ歓声。浴びせられる称賛。この世で最も賢いという名誉。その全てがタレスの心を刺激し、満たしていく。


 「やはり幸福とは、こういうものであったな。人々から認められ、名誉の中に生きる。ここでも私は正しかったのだ」

 「あぁ、その通りさ」


 その後もタレスは多くの知識人達を論破していったのだった。そして彼はそこで、知識人達の意見や考えを劣ったものとし、自らの思想を優れたものとした。さらにそれを周囲へ押し付けていった。


 「タレス、次はどうする?」


 ミュソスが聞く。


 「決まってる! このまま私達の考えを世に広めるんだ!」


 ソロンが答える。他の者も同じ意見らしい。

 真実を探求する旅は、いつしか啓蒙の旅へと変わっていった。各地へ赴き、そこに蔓延っている劣った考えを持つ人々を優れた思想を持って、教え導くのだ。タレスはこの優れた思想を持つ者の筆頭として、各地で啓蒙を行う。

 ある都市において、タレスと仲間達はいつものように無知蒙昧な人々に向けて啓蒙を行っていた。


 「生活に不満のある者、政治に不満のある者、あるいは1つでも、どんなに些細でも悩みを持つ者は聞くといい! どのようにすればそれは解決へと向かうのか! どのようにすれば世界は良くなっていくのか! 知恵を持つ者、文化を知る者、賢い者、即ちソフィストに全てを委ねなさい! あなた方は自らの悩みすら解決できない愚か者なのだから、ソフィストに人生の一切を任せるのです! 抗ってはいけません、疑問に思ってもいけません。ソフィストの考えや言葉を全て受け入れるべきです。何故ならソフィストはいつ如何なる場面においても正しいのだから! 愚者の持つ疑問が賢者の考えを上回ることなどありえるでしょうか!?」


 タレスの力強い演説に、聞いていた人々はそうであったかのように思い始める。このようになれば、演説は成功である。これを聞いた人々は、少しずつタレスの言っていることが正しいと思うようになるし、いずれタレスが言っているのだから間違いないと考え始める。人々の中にある、ソフィストの社会的地位を高めることこそが啓蒙への第一歩となるのだ。

 人々の目を見る。タレスを、ソフィストを信じる目だ。タレスと仲間達は深く満足する。

 演説が終わり、一段落がつく。


 「タレス、良い演説だったよ。皆、夢中で聞いていたね」

 「なに、いつも通りやっただけだよ」

 「いやいや、いつもより良かったよ」

 「......そうか」


 タレスは覇気のない返事をする。彼の心には少しの迷いがあった。

 果たしてこれで本当にいいのだろうか。

 知恵を人々に啓蒙してきた自分だが、果たしてそれは正しいことなのだろうか。無知な人を見下し、彼らに教えたつもりになることで悦に浸ることが道徳的に善なのか。いや、違う。知恵とはそのようなもののためにあるのではない。知恵とは他者を負かすためにあるのではないのだ。

 タレスがそのように考えた瞬間、彼の目に、それまで映ることのなかった1人の物乞いが映った。

 ボロボロの布切れを羽織り、泥も落とせず真っ黒となった体。髪や髭はボサボサで、欠けた歯をフガフガさせながら息を吐く。悪臭を漂わせ、まるでいるだけで街の汚れとなるような、そんな風貌。タレスはその物乞いの男をジッと見ていた。


 「タレス、何を見ているんだい? あの物乞い? その目、まさか彼と話そうってわけじゃないよね?」

 「やめるんだ、タレス! あれは貧しく、身も心も穢れ、他者に縋るしか能のない哀れな弱者だ! 我々のようなソフィストが関わるべき存在ではない!」


 他の仲間もそれに続く。この、真っ当に暮らせている者がいる世界で物乞いをやっているというのは、それだけで人として恥ずべきで哀れなことなのだと皆は言う。そしてそのような者達に、文化的で知性に溢れた者は近付くべきではないと。ソフィストの知性はあの怠惰で醜い者に与えられるべきではないと言う。

 しかしタレスは批判する。


 「私の得た知性は、他者を見下し馬鹿にするためにあるわけではない。無論、そのために今日まで生きてきたわけでもない。私の知性は、真理を探求するためにある。神に近付き、この世界を知るためにこそある。であるならば、今私の目の前にいる、あの物乞いに対してであっても、神の創った世界の一部として誠実で対等に向き合うべきなのではないか?」


 そう言ってタレスは物乞いのもとまで向かった。途中、仲間達が必死になってタレスを止めようとしたが、タレスはそれすら振り解き、物乞いの目の前に座った。

 物乞いは自分と目線を合わせるタレスに驚く。タレスは自らの持っていたパンと水を分け与え、その後に物乞いに大して対話を仕掛けたのである。


 「どうやら私はあなたを見下していたようだ。もとより魂に上下などないにも関わらず」

 「どうか気にしないでいただきたい。水と食料を与えてくれる人は多くいても、どこか私を蔑みの目で見ていた。そのように等しく私を見てくれるだけで、私の満たされることのなかった心が満たされていくのです」


 物乞いは手に水とパンを持ちながら、タレスと対話を行う。


 「それは幸福か?」

 「どうでしょう。確かに私の心は満たされておりますが、私が物乞いであることに変わりありません。私は、他の者が物乞いでないから物乞いなのです。それを幸せと呼べるのでしょうか」

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