第24話 幸せな夢
「おやすみ」
その言葉と共に放たれた、ムギンの風がヒメとタレスを襲う。
ヒメとタレスはその場に倒れ込み、まるで死んだように眠ってしまった。
「ヒメ!」
「タレス!」
ヒメにはナビが、タレスにはミュソスが身体を揺さぶりながら声をかけるが、全く反応がない。
「ムギン、何をした!」
ガルダが怒りの混じった声で問う。
「見れば分かるだろう? 眠ってもらったんだよ。2人は今、向こうで楽しい夢を見ている。都合と心地の良い夢をね。起こそうとしても無駄だよ。それは他人には解けない。唯一方法があるとすれば、自分でこちらに戻ってくることだけだけど、そう簡単に出来ることじゃない。なんたって心地良いんだから。本人の選択次第では、一生夢の中、なんてこともあるかもね」
「お前......!」
「さ、続けよう。起きた時に代わり映えしてなかったら、つまらないだろ?」
「ん......」
ぼんやりとした頭。閉ざされた視界。そこに、少しずつ光が差し込んでくる。
「ヒメ......ヒーメ」
ヒメを呼ぶ声に、目を開ける。そこにいたのはラズだった。
「ラズ?」
「大丈夫? ぼーっとしてたけど」
「あれ、ここ」
「ん?」
そこは人々の行き交う賑やかな市場。飛び交う声が、市場の活気を表している。
「ここに来るのは初めてだもんな。人が多くて目が回っちゃたかな」
ヒメがこの景色を見たのは初めてではない。ここはガルダと出会う前、ヒメがいた場所だ。
どうしてこんなところに......。
まるで時間が巻き戻ったかのような光景に、ヒメは戸惑いを隠せない。
「おぉ! そこの綺麗なお嬢さん! ちょっとこのドレスを試着していかないかい? きっと良く似合うよ!」
「え、でも」
「いいのいいの! 試着するだけだからさ! 服も美人に着てもらった方が幸せだろ?」
「ははは! 調子の良い店主だな! でも店主の言う通りヒメって綺麗だから、きっとあのドレスも似合うよ。プレゼント出来るほどお金は持ってないけど......」
「言ってくれれば、それまで店で取り置きしてますよ。大事なお客さんですからね!」
ラズと店主が会話を弾ませている。しかしヒメにはどうも引っかかる。さっきまでムギンと相対していたというのに、それはどこに行ってしまったのか。
もしかして本当に、時間が戻ったのではないか。今までのは全て嘘で、今目の前にある光景こそが真実なのではないだろうか。そう思いたいし、そう思えた方が楽で幸せだ。
そして仮に、これが繰り返しならば、やがてこの幸せも崩れ去るかもしれない。そうだ、まもなくガルダがやってきて、ここはあっという間に焼き払われてしまう。
「ねぇ、ラズ」
「ん、どうした? 試着する?」
「そうじゃなくて、早くここから逃げないと! そうしないと」
ヒメが必死な顔をしながら語りかけるも、ラズは何が何だか分からないといった顔をしている。
そんな時、市場の奥の方で、人々が歓声をあげる。なにかおめでたいことでもあったのか、人々は奥の方へ集まり、騒ぎ立てる。そこに次から次へと人が加わり、さらに騒ぎは大きくなっていく。
「なんだろう。何かあるのかな」
「革命隊が帰ってきたんですよ! すいませんね、お客さん。私もちょっとあそこに行ってきます!」
そう言って店主は店のことを投げ出し、観衆の中へと突っ込んでいってしまった。
「革命隊......?」
「ヒメは知らない? 最近、あちこちで鳥を倒して人々を解放してるっていう集団らしいよ」
こんなものは記憶にはない。まもなくここはガルダに襲われ、焦土と化す。革命隊も、ガルダにやられ壊滅する。
何かがおかしい。まるで、自分の都合が良い方に世界が向かっているような、そんな流れを感じる。
人々の歓声の中、革命隊の列がヒメ達に近づいてくる。そこには見知った顔がいくつか並んでいた。
「リーダーさん、近頃はこの辺りにも鳥が姿を見せるようになって不安なんだ。なんとかしてくれるかい?」
「安心してください。さっきも何羽か倒してきました。これで少しは動きも治まると思いますよ」
「おぉ、本当かい」
「私の友人が鳥に攫われてしまったんです! 助けていただけませんか!?」
「それなら詳しい情報を教えてください。あなたのご友人は必ず助けます」
「あぁ、ありがとうございます」
彼らの周囲には人々が集まり、助けを求める。そしてそれを嫌な顔をすることなく、一人ひとりと向き合って叶えてくれる。弱き人々にとっての希望なのだ。
そしてその中心にいるのが、革命隊を率いるリーダーのブライだ。
「ブライ!」
ヒメが思わず叫ぶ。その声にブライは振り向き、ヒメの方を見る。
「何か困りごとですか?」
「あ、えっと」
「ヒメ、知り合い?」
後先考えずに出してしまった言葉を引っ込めることが出来ず、少し恥ずかしい思いをする。何を言うべきか迷ったが、大事なことを思い出した。
「ガルダ、ガルダは!?」
「ガルダ? 誰かの名前ですか?」
「え......」
ブライはガルダの名前を聞いて、知らないといった顔をしている。
まだここが襲われていないからか、それとも他に理由があるのか。とにかく、ガルダについては何も反応がなかった。
「ブライー。どうしたのー?」
「あ、ナビ」
「ナビ......」
ヒメにとって聞き慣れた声がしたので、見ればブライの背後からナビがやってきていた。
「ん? また名前......」
「どうしたの?」
「いや、この人が俺達の名前を言うもんだからさ、どこかで会ってたっけって」
「うーん。知らないなぁ。あ、もしかして僕達有名になったんじゃない!?」
「ははっ、そうかもな!」
笑い合うブライとナビを尻目に、ヒメはその場から立ち去る。
ここは自分の知っている世界とは違う。しかし見るからに、この世界は現実そのものだ。もしかして、今まで自分が生きてきた世界が夢で、本当の世界はこちらなのかもしれない。もしそうなら、そうであるべきだ。あんな不幸は起こるべきではないし、続くべきでもない。
「ヒメ! 大丈夫? 急に歩き出したからびっくりしちゃったよ。あの人達に用があったんじゃないの?」
「大丈夫。ちょっと知り合いに似てただけ」
「そっか......。あ、そうだ! そういえば今日の夜に祭りがあるらしいよ。一緒に行こう!」
ラズから祭りに誘われる。どうやらこの祭りは何かを祝うためのもので、各地から多くの人々が訪れるらしい。様々な催しが開かれるようで、既にそれに向けた準備があちこちで進んでいた。
期待に胸を膨らませているラズの話を聞いているヒメの横を、通り過ぎていく者がいた。ヒメは反射的にすぐに振り向いてしまう。どこか見覚えのある銀色の髪。それを見て、強い衝撃とともに思い出すが、ヒメの視線の先には誰もいなかった。
「どうしたの? また知り合い?」
「が、いたような気がしたんだけど......」
「本当に大丈夫? 今日のヒメはなんだかおかしい気がするな」
「大丈夫。それにね、私、この時間を大切にしたいの。すごく、幸せだから」
ガルダのいない世界。それは何も奪われることのない平和な日々を示している。このかけがえのない現実に包まれながら、ヒメは確かな幸せを感じていた。いつまでも、こうした日々が続くことを、ヒメは心の中で強く祈った。




