第23話 巫女の願い
迫りくるハゲワシを全て倒したオコナ。ヒメは助かったが、それを見ていたリリィは顔を真っ赤にして怒りを隠せなくなっていた。
「もぉー! 正々堂々と戦わないなんてリリィちゃんは許せませーん!」
「あなた、それ自分に言ってる?」
「リリィちゃんは特別なのでいいんですぅ! そんなことよりもとっとと消えてくれません? 不愉快なんですけど」
「どうしてそこまで私を憎んでるの? 私があなたに何かしたかしら?」
「はぁ? そんなの決まってるじゃないですか。あなたがガルダの巫女だからですよ。それ以外に何か理由があると思います?」
「また巫女って......。なんなのよ、その巫女って」
ヒメの怒りとも呼べるものが語気に籠もる。ここまでヒメを導き、そして苦しめた元凶とも呼ぶべきもの。
「知らないんですかぁ?」
「そうよ、知らないわ! 皆好き勝手に言うんだもの! 使命とか役割とか! 勝手に決めつけて勝手に押し付けられたの! 言ってよ! 教えてよ! 巫女ってなに!? あなたはどうしてこんな私を憎むの!?」
ヒメは怒りに任せ乱暴に言葉を放った。自分でもどうしてこんなにも怒ることが出来たのか分からないほどだ。リリィはそんなヒメの姿を見て、微笑みながら、気分でも変わったのか、先程までの他者をバカにするような態度から一変して、その場で柔らかな立ち姿に姿勢を直した。
「いいでしょう。教えてあげます。そもそも神が創られたこの世界は破滅へと向かっています。あなたが苦しんでいることが、その何よりもの証拠です。苦しんでいるのはあなただけではありません。皆そう。だけどこの世界には、神が残していった神の使いがいます。彼らはやがて、自らに課せられた使命を全うし、神のもとへと還る。そこは苦しみのない、安寧の場所。あなたを苛む全ての苦しみは神の力によって消し去られるのです。そこに行くことは魂の最大の幸福。ですが行けるものは限られています。行けるのは、最も神に近い鳥と、その巫女だけ。やがて来たる最後の審判の時に残っていた鳥こそが、最も神に近い者になれるのです。もちろん、魂の契約を果たした巫女も神の御側に行くことが出来ます。私は救われたい。こんな世界から、とっとと神様のもとへ行きたい。なのに! それを邪魔してくる奴が現れた! それがガルダ! 巫女のあなたも同罪なの! だから......だから私のために、早く死んで! あなたがいなくなれば私は救われるの!」
「なによ、それ。救われる......?」
リリィの口から出てきたのは、利己的な願望。それを叶えるためなら、彼女は他者を蹴落とすことさえ厭わない。
怒りを通り越して呆れる。
しかしリリィの持つ願いは、誰しもが持っているものだ。そしてムギンはそれを知っている。
「ガルダの巫女ヒメ。君も同じだ。ガルダを勝利に導き、神のもとへと行けば、君は苦しみから解放される」
「だけど私だけなんでしょ」
「そこが引っかかっているのかい? なら神に祈ってみてはどうかな。皆をお救いくださいって。神は慈悲深い。きっと聞き届けてくれる」
「ムギン様! その女を焚き付けないで! やる気にでもなったらどうするんですか!?」
「リリィ。たった1人がやる気になった程度で僕が敗けると思っているのかい?」
「! いえ、そんなことは! そうですよね! ムギン様が敗けるはずありませんよね!」
「さて、ガルダの巫女よ。君はどうする?」
ムギンの甘い声がヒメの脳に響く。もしムギンの言っていることが本当なら、神に会って聞いてもらえばいい。自分の理不尽な苦しみも、目の前で起きている戦いも終わらせて、平和で幸せな生活に戻るのだ。敵はそこにいる。ムギン、そしてリリィを殺せば全て解決する。
ヒメの目の色が段々と変わっていく。
「ヒメ! 耳を貸すな! ムギンは嘘をつく! よく見ろ! 奴の羽が黒いのは、神に嘘をついた罰だ! 奴の言葉を信じるな!」
「ムギン様が嘘をつくはずがないじゃない! 神鳥なのよ? 何も間違ったことなんか言ってないわ! リリィの幸せの邪魔をしないで!」
ガルダとリリィの正反対の声に挟まれ、ヒメは困惑する。一体なにを信じればいいのか。そして自分はなにをしたいのか。はっきりとしない心にこそ、ムギンの言葉は甘美に響く。
「ガルダの巫女よ。君はなにを信じたい?」
ムギンがヒメに問う。
「本当なの? 救われるって。願いを聞いてもらえるって」
「本当さ。全知全能の神様が、なんでも叶えてくれる。失ったものをもう一度手に入れることも、あるはずだった未来を歩むことだって可能だ。君にはそんな願いがあるんじゃないか?」
「ヒメ!」
「ふふっ、ガルダが必死に叫んでいるよ。都合が悪いんだ。君に願いを叶えられることがね」
「でも、あなたは嘘をつくって......」
「僕は神鳥ムギンだ。神様をこの目で見て、そして今は君の前にいる。僕は事実しか語らない。だけどそれでも信じられないというのなら、君が信じたいものを信じればいいのさ。迷った時は自分の心に従うんだ」
「自分の、心......」
「君は何を信じたい?」
「私は......」
ヒメが信じたいもの。それはもう一度最初の頃に戻ること。ガルダの巫女となる前の、幸せだった日々。そしてそれを叶えられるという神様の話を信じたい。
ヒメの心がムギンに傾いていく。
「ヒメ様!」
その時、ヒメの耳に聞こえたのはタレスの声。声を聞いた瞬間、僅かに傾いていたヒメの心が現実へと戻った。
「都合の良い戯言に騙されてはなりません! 聞き入れられて叶う願いなどございません!」
「ほう」
「神鳥ムギン! なぜそのように真実を騙るのか! そこまでするあなたの目的とは、一体なんだというのか!」
「なっ、アイツ! ムギン様に直接話しかけるだなんて! 不敬者!」
タレスは嘘をついているとして、ムギンを問い詰める。
「まぁ、いいじゃないか。しかし他人を嘘つき呼ばわりするとは関心しないな。何か証拠でもあるのかい?」
ムギンは余裕そうな表情でタレスに疑問を返す。ムギンはヒメに対して、提案をしたに過ぎない。神様に会って、願いを叶えてはどうかと言ったのだ。提案に嘘などあるはずもないし、それが叶えられないものだったとしても、信じたのはヒメになる。ムギンはただヒメに都合のいいことを言っただけだ。そしてそれ自体はなにも悪いことではない。
「あなたの巫女が言っていた論理に従えば、神に相対が叶うのは最後の審判の際に残っていた、最も神に近い鳥ということではありませんか。しかしそれでは、今のガルダでは決して叶わない。あなたがいるからだ。その道理に則ったまま、ヒメ様が願いを叶えようとするのならば、ヒメ様はその手を血で穢すことになるでしょう。あなたの巫女をヒメ様が手にかけることになる。そして神鳥ムギン、あなたの目的はそこにあるのではないでしょうか」
ガルダとムギンの戦いが膠着する今、状況を打開するためにはヒメが行動するしかない。そしてそれは、ヒメがリリィを殺すことによって達成される可能性は最も高いだろう。何のためかは分からないが、ムギンはそれを狙っているのではないか。タレスはそのような予測を立てた。
「いいね。だいぶ近いよ。たったこれだけでここまで近付くだなんて、君はまるで賢者だ。だけどこれ以上はいけない。続きは夢の中にしよう。おやすみ」




