第15話 古き友
ヒメとオコナがリリィと相まみえた。ガルダの巫女とムギンの巫女がお互いを知った瞬間、戦いは始まったのだ。しかし広大な世界樹の内部で離れ離れになった面々。
タレスは4羽いたトビのうちの1羽と共にいた。
「うぅ、ここは......」
「世界樹、世界樹!」
「ハハッ、そんなことは分かっておる。しかしこれが、世界樹か......。よもやここまでとは......」
タレスが目にしていたのは、ヒメ達が目にした光景とは別であった。草原が広がり、川が流れ、所々に実をつけた木々が立ち並んでいる。まるでもう一つの世界がそこには広がっていた。
「ここは本当に世界樹の中なのか? どうも信じられん」
美しい光景、あまりの現実感の無さに戸惑うタレスに暖かな風が吹く。陽射しが降り注ぎ、地平を照らす。まさに楽園と呼ぶに相応しい場所だ。
「これでは私達が元いた場所よりも心地よいな......」
「凄い、凄い! 世界樹は凄い!」
「うむ、まさしく神の力。信じざるを得んよ。しかし......」
「ん?」
「ヒメ様達と合流せねばな。どう向かえばいいのか、知っておるか?」
「上! 上行けばいい! ガルダがそこにいる!」
「ふむ。なるほど。確かにガルダ様がそこにいるのなら、いずれヒメ様達もそこに来るか。賢いですな」
「ふふん! 偉い!」
「では、さっそく行くとするか、えっと......なんと呼べばいいかな?」
「好きに呼んでいい! 名前ない!」
「名前、のぉ......」
タレスは深く考える。その横で未だに名前のないトビは、ジッとタレスのことを見つめていた。それはもう真剣で、圧すら感じるほどだった。あまりにも力を入れて見ているのか、鼻息が聞こえてくる。
「むぅー」
無意識のつもりなのかもしれないが、トビの口から意味のない声が漏れている。印象的で頭に残るような独特な声。表情や姿も相まって、タレスにはそれが面白く見えた。
「ふむ、お主の名前は、ムウ、じゃな」
「ムウ!」
瞬間、ムウと名付けられたトビは、それまでタレスに合わせて低くしていた頭をガバっと高く上げた。嬉しそうな様子がなんとなく伝わってくる。
「ムウ! 私の名前! ムウ!」
「ほほっ、喜んでくれるようならなによりじゃな」
「うん! 嬉しい! 名前、嬉しい!」
ムウが嬉しさを全身を使って表現する。翼を大きく広げ、羽ばたかせる。
これで再び合流した時に、紛らわしさからは解消されるというもの。トビが4羽もいてはどれがどれだか分からないし、今後なにかあったときにもきっと役に立つ。
「ではムウよ。私を上まで運んではくれないか」
「分かった! 背中に乗れ!」
タレスは言われた通りにムウの背中に乗る。ムウは大きな翼で風を巻き起こし、飛んだ。徐々に上昇し、大地が遠くなっていくにつれて、空からしか見えない遠くの地までタレスの目には写り込み始めた。
「む? あれは......?」
どこまでも続く草原の中に、ポツンと木製の小屋が立っている。タレスはあれが無性に気になってしまった。
小屋なんてものは人がいないかぎり立つことはない。それにも関わらず、ここにあんなものがあるのだとしたら、もしかするとここには自分達以外にも人間がいるということなのではないのか。どうしても、どうしても気になる。
「すまん、ムウよ。その小屋まで向かってはくれないか?」
「小屋? 小屋! あれだな!」
ムウはタレスの急な願いにも嫌な顔ひとつせずに、小屋まで進路を変えて飛んでいった。
近付くにつれて小屋がどういったものなのかが分かってきた。かなり質素で、しかし貧相ではない。そんな小屋。
小屋の近くに着地したムウから降りて小屋の周囲を見ると、所々に細かな傷がある。人に使われたということだ。さらに比較的新しい傷もあり、この小屋が捨てられたわけではないことも示している。
タレスが小屋の外面を細かく見ていると、ムウが何やら騒ぎ出した。
「ん? ムウよ、どうした」
そう言ってタレスが後ろを振り返る。するとそこには、彼が見知った人物が立っていた。
「お主は、ミュソスか!」
「そういう君はタレスじゃないか!?」
タレスがミュソスと呼んだ男は、随分と質素な格好をしていた。彫りの深く、顎髭の生えた顔。男の澄んだ瞳と相まって、彼に悪い印象を抱く人間はいないだろう。
「ミュソス! こんなところで何をしておるのだ!」
「それはこっちのセリフだよタレス! 君こそどうしてこんな場所にいるんだい!?」
「......タレス! タレス! この人は誰?」
「おぉ、すまんなムウ。この者はミュソス。私の古い友人だ」
「タレス、君は鳥と友達になったのかい!? 只者じゃないとは前から思ってはいたけど、まさかここまでやる男になったなんてね!」
「今はやらねばならぬことに追われていてな。このトビと手を組むことになったんじゃ。今ここにいるのも、その途中で立ち寄ってな」
「なるほど、そういうことなんだね! 使命か。悪くないね」
「そういうお前はどうしてここに?」
「あぁ、話せば長くなるんだけど、まぁ色々あってね。ここで世界樹は鳥について調べていたのさ」
「ほぉ」
「気になるだろ? うん、僕も気になってね、だからこうして世界樹までやってきたんだけど、今度は帰れなくなっちゃったんだよ。ここには知らないことばかりだから、別に構わないんだけど」
ミュソスは誰に導かれるでもなく、自分で世界樹へと入り込み様々なことについて調べていた。やってきてだいぶ月日が経つらしい。しかしそれだけ多くのことを知れたとも言った。
「色々興味深いことも多くってね。ただ1人では飲み込み切れないこともあってさ、タレスの考えとかも聞きたいんだよね」
「なるほどのぉ。しかしそうしたいのは山々なんじゃが......」
「使命、だっけ」
「それなら大丈夫! 全力で飛べば余裕で間に合う! 話していく時間、十分ある!」
「流石だね! そうこなくっちゃ!」
「えへへ」
「それじゃ早速なんだけど、この世界樹についてだ」
「私も知りたいと思っていた。ここはなんだ? なぜここに、どうしてここにあるのか。鳥が多いことと関係しているのか?」
「それはね、タレス。この世界樹が、世界の中心に位置している神の樹だからだよ」
「......どういうことじゃ」
「僕達がいるこの世界の中心に世界樹がある。それは物理的な話でもあって、因果の話でもある。全ての事象は世界樹に引っ張られて起こっている。この世界は世界樹なしには成り立つことはないんだ」
「なるほど。存在そのものがまさしく神に等しいわけか。それは神の使いたる鳥達が集まるのも無理はない」
「そう。この世界樹の外側には本当に酷い世界しかなかった。どこまでも広がる荒野。いつまでも苦しみ続ける人々......」
「それはそこが世界樹ではないから、ということじゃな?」
「あぁ。そういうことだ」
世界樹は神の力そのものである。つまり世界樹のもとに生きるということは、神の庇護下にあるということであり、世界樹の外側で生きるということは、神の救いを受けないことを意味する。だから人々は苦しみ続けるのだと、ミュソスは考えた。
「そして調べて分かったことがもうひとつある。世界樹は終わりが近い」
「それはつまり」
「世界が終わるってことだ」




