第10話 差し込む陽光
ガルダとマハラカンが戦っていた頃、外では鳥たちが騒がしく飛び回っていた。常人が見れば、恐ろしさしかない光景だったが、飛び回る鳥たちを気にも止めずに堂々と歩く男がいた。
筋肉質な体の、胸元だけをはだけさせたヨレヨレのシャツ。シュッとした顔に、アップバングな髪型を決める。無骨な男は、体の半分はある長剣を担いでいた。鞘などなく、外気にさらされる剣は男そのものだ。
「何者だ」
群れの1羽が問う。見下した態度。気に入らない、気に食わないと鳥たちの表情は男に向けられる。
「さぁな。確かめてみるか?」
男は不敵に笑う。挑発的な態度だ。
もう許せんと、群れの1羽が男に飛びかかる。鳥と人には決して覆ることのない力の差がある。神から役目を任された鳥とただ生きる人では、埋めようのない差である。
だから鳥たちは人間に傲慢な態度がとれる。人が畜生に対して蔑んだり、見下したり、そういった普通の態度だ。だから今も舐めていた。自分たちを舐めているこの哀れな人ごときに鉄槌を下してやる。そういう舐め方。
しかし結果は違った。ひっくり返るはずのないものがひっくり返った。男は持っていた剣で襲いかかってきた鳥を一撃で切り裂いた。その日、天を仰々しく飛んでいた鳥たちは、初めて地に堕とされたのである。
「人間! 人間ごときが! なぜ!?」
「待て待て待て! あれを見ろ! よく見ろ! あの人間、あれは、聖剣を持っている!」
「聖剣! そうか聖剣か! それならそうだ! そうでなければおかしい!」
「ハハハ! 見れた! 見れた! おもしろいものが見れた!」
鳥たちは男の持つ剣を見て態度を一変させる。あるはずのない手のひらを返すような、不思議な態度。
男は戸惑う。
「なんだ、もうかかってこないのか?」
「あぁ、やめておこう。あまり意味もないのでな」
そう言って鳥たちは男を置いて、どこか遠くへと言ってしまった。
「ったく、なんだったんだ」
男が台詞を吐いた後、剣から光が放たれていることに気付く。男はその光に従い、ただひたすらに歩く。その先は、ヒメ達のいるガルダの縄張り。一歩一歩、近づいている。
ここは宮殿。ヒメは言われた通り、宮殿へと帰ってきた。ただそれしかやることがなかったから、ではあるが。しかし宮殿へと帰ってきたからと言って、何かが変わるわけでも元通りになるわけでもない。失ったものは帰ってはこない。それが何であろうとも。
建設の止まった宮殿の、日当たりの悪い場所。僅かに差し込む陽光には目もくれず、ヒメは黙りこくっている。砂埃まみれの床の上に座り、体育座りのまま顔を膝に押し当てている。
もう何もする気になれない。動ける気がしない。
ヒメの心には、激しい後悔と、それにつられた様々な思いがこみ上げてきていた。
なぜこうなったのか、どこで失敗したのか。思い出し、考え、思い出し、考える。しかし何をどうやっても、自分が悪かったのだという結論にいたる。自分が何も言い出さなければこんなことにはならなかった。自分が望まなければ、こんなことにはならなかった。誰とも出会わず、静かにしていればよかった。仲良くなりさえしなければ、こんな辛い思いをすることもなかったのに......。
だけど全てはもう遅い。ブライも、ミオも、帰ってくることはない。
ヒメだけが自責の念に駆られ、後悔を募らせているわけではなかった。ナビも同じように引きこもっているらしい。
あの戦いの後、革命隊は全滅した。ガルダにことごとく焼き払われたのだ。
しかし今はガルダはここにはいない。
少々遡る。
「......よくぞお戻りになられました」
戦いを終えたガルダを、タレスが出迎える。自らの縄張りへと帰ってきたガルダは、宮殿を見て、やけに人の数が少ないことに気付く。
「人間共の数が減っていないか?」
「あなた様が先程幾人かを燃やしてしまわれたではありませんか」
「いや、あれは見ない顔だった。今は知っている者がいない。お前、何か知っているな?」
タレスは何も言わない。マハラカンとの戦いの最中、革命隊の人々は、この縄張りから何人もの人々を逃した。どれだけの人々がここからいなくなったのかは、誰も正確には把握していないだろう。
かなり順調に進んでいた。しかし、ガルダとマハラカンとの戦いは予想以上に早く終わった。ギリギリまで残っていた革命隊の者達は、帰ってきたガルダに見つかり、逃げる人々を守りながら死んでいった。そのためここに残っている者達は、逃げようとしなかった者か、逃げれなかった者である。
「まぁ、いい。逃げても無駄なのだ。野良は他のテンシ共に食われでもしているだろうな。後悔とはいつも遅くにするものだ」
「追いかけないのですか」
「あぁ。奴らが選んだのだ。覚悟を邪魔する気はない」
「しかしそれでは、あなた様は一体何が目的なのですか? これから、どうなさるおつもりでしょうか?」
タレスの質問に、ガルダは微笑み、彼に顔を近付けながら言った。
「いいだろう。教えてやる。私の目的、それは私以外の全てのテンシを倒すことだ」
テンシ。それはタレスやヒメの言う、鳥達のことだ。ガルダは、自分の同族とも言えるテンシ達は全て倒すのだと言った。
「何故です?」
「それが、私の生まれた意味だからだ。そしてここら一帯はもう片付けた。マハラカンが最も強かった。まぁ、それでもあの程度ではあったが」
「時折いなかったのは」
「そうだ。他の縄張りでテンシ共を倒していた。次は世界樹を目指そうと思う。そこには神鳥がいる」
「神鳥! それは、神に最も近いとされる、あの......!?」
「いずれ倒さなければならない。それが今なのだということにしか過ぎない」
「いくらあなた様であっても、本当に敵うものなのですか?」
「......さぁな」
そう言ってガルダはタレスの元から飛び立ち、再びどこかへと姿を消した。おそらく世界樹か、それに関係する場所へと向かったのだろう。
タレスはガルダの姿が見えなくなったことを確認した後、ヒメのもとへと向かった。
ヒメは変わらず、その場でうずくまっている。しかしタレスはヒメに、ガルダとの話の中で得たことを伝える。しかし何を言ってもヒメからの反応はない。それでもタレスは続ける。ガルダの行ったこと、ガルダの目的、そして今後の行方。伝えられるだけのことを出来るかぎり正確に伝えた。
「......以上になります。では」
「待って」
その場から立ち去ろうとしたタレスにヒメは話しかけた。タレスは立ち止まり、振り向く。
「......タレスは、死なない?」
「単純かつ難しい質問でございます。まず、人とはいつか死ぬものです。しかし、私にとってそれは今ではありません。私のような老いぼれで構わないのでしたら、あなたの前から消えないことを近いましょう」
「どうして、そう言えるの......?」
「若い命を支えることは、廃れゆく命の本望、生きがいでございますから」
タレスはにこやかに、明るい声でそのように言う。厳しくも残酷な世界で、どのように振る舞うべきなのかを賢人は知っている。それはある人にとっては光のようにも見えるかもしれない。
「......ねぇ、私は、どうしたらいいと思う?」
ヒメはその時、始めて顔を上げた。困惑と怯え、そして少々の勇気を持つ彼女を、この場に差し込む陽光が照らす。




