第7話 新婚っていうよりバカップル
仲直りしたその夜、僕は美咲を抱いた。
「いいの?怖くない?」
結婚しておいて今さらと言われるかもしれないが、こないだ美咲は男に襲われた。外傷は軽かったのだが、本人がショックで気を失ったほどだ。正直、僕の怒りもあのときは頂点で下手したら何をしていたかわからない。
彼女は少し戸惑った顔をした。
「あれは・・・襲われそうになったけど、その前に落ちたから何もされてない・・・けど、すごく怖かった」
「・・・・・・」
「相手が孝介だったら怖くないよ」
「・・・うん」
ベッドの上で彼女の首筋にキスをしているとき、ふいに彼女の手が僕の後頭部に回されて、思わずびくっとした。そこは江藤に殴られたときにできた傷だ。たぶんそこだけハゲてると思う。
「ハゲてる」
ストレートに物を言う美咲。僕はうっと思った。
「俺のじーちゃんハゲてるから、将来的に俺ハゲるんじゃないかな。美咲はハゲ好き?」
「嫌い」
ストレートだ。
「俺ハゲちゃうかもよ。それでも好きでいてくれる?」
「・・・孝介なんて嫌いだ。ハゲたらもっと嫌いだ。スケベだし、ヘンタイだし」
「へー・・じゃぁなんでスケベでヘンタイで嫌いな男と結婚なんてしたんだよ。これも俺だと怖くないんでしょ?」
鼻先をくっつけて、美咲の目を覗き込むようにして尋ねる。美咲が頬を赤くして目をそらすのがかわいい。僕は美咲の手と自分の手を重ねた。
「なんか傷つくなー・・・俺美咲のこと大好きなんだけど、美咲は俺のこと嫌いに思ってたんだー。すっげーショック」
ごろんと美咲の隣に横になる。もちろんわざとだったが、彼女は少し慌てたように起き上がった。
「ちっ・・・ちが!ジョーダンだってば」
「じゃぁ、俺のことどう思ってる?」
「・・・・・大好きだよ」
僕は美咲の顔を自分に引き寄せた。
翌日、バイトが休みだったので僕は美咲を連れて動物園に行った。今さらだが、結婚してからいろいろあってデートらしいことを何もしていないことに気づいたからだ。
今日の天気は雲行きが怪しい。天気予報だと、午後から雨が降るそうだ。
「なんか思い出す。1年前もこんなふうに遊園地でデートしたよね」
コアラを見ながら彼女はつぶやく。大きなコアラと少し小さいコアラが一緒に木に登っている。親子だろうか。
「だな。なんか俺ら新婚っていうより、恋人みたいだよな。小さい子供がいればそんなふうに見えるんかな」
僕としては何気なく出した言葉だった。
「子供・・・できたらいいね」
美咲の言葉に少し驚いた。っていうか、きょとんとなった。
「野球チームができるくらい?」
「そんなに無理。大変そうじゃん。理想は2人くらい」
「じゃぁ励みますか」
僕のジョーダンとも本気ともつかない言葉に美咲は笑って、僕の腕を引っ張った。
「ダンシング・コアラだって。おみやげコーナー見に行こ」
そのダンシング・コアラとやらがなんなのかわからなかったが、僕らは恋人同士みたいに手をつないでおみやげコーナーに向かった。
そして、ダンシング・コアラというのは30センチくらいの大きさで、土台の上で奇怪な動きをするコアラだった。その動きがなんともキモイ。僕には特に惹かれる要素がないのだが、美咲はその動きが気に入ったらしく、それに釘付けになっている。
「タイプかも」
美咲はダンシング・コアラをレジに持っていく。
これがタイプ?僕はコアラをじっと見つめたが、ただ腰を動かして変な動きをしているだけのように見える。美咲のタイプがわからなくなった。
一旦外に出てみると、空が一層暗くなっていた。これは一雨きそうだ。
「やっば。雨降らないうちに帰れるかな」
「降ってもいいじゃん。俺、雨ってそんなに嫌いじゃないよ」
「なんで?洗濯物とか乾かないし、じめじめしててやじゃない?」
心底意外そうに美咲は尋ねる。僕はなんとなく空を見上げた。ぽつりと頬に雨粒が当たった。
「晴れたときが好きだった」
「過去形?」
「昔の話だよ。雨が降った後に晴れると、今まで見ていたもんが全部澄み切って見えんの。誰しもあるそんな時代。俺は気分はいつも少年時代だから」
言うやいなや、美咲は腹を抱えて笑い出した。なにがそんなにおかしかったのかはわからない。結構本気なんだけど。
「いや、孝介も普通なんだなって思って・・・」
「なに?俺のことそんな神様的存在に見えてたの?」
「私と結婚するくらいだから、物好きだとは思ってた」
雨がしとしとと降り始める。僕らは建物の中には行かずに、大きな木の下で少し雨宿りをすることにした。
アスファルトの匂いが鼻をつく。そういえば、最近はいろいろなことがあってゆっくりと過ごすときがなかったなぁと今さらになって思う。このぶんだとすぐに雨はやむだろう。空を仰いで雨しぶきを受け止めた。
「孝介」
ふと名前を呼ばれて美咲を見る。彼女も空を見上げている。
そこには虹が広がっていた。
「わぁ・・・虹だ」
思い出した。まだ幼かった頃、何もかもが綺麗に澄み切って見えた頃を。いつのまにか忘れてしまったこの感情。なんだっていきなり今日思い出したのだろうか。
僕は美咲を見る。彼女が隣にいるからだろうか。
「美咲」
彼女と目が合った。僕らは互いの顔を近づけて静かにキスをした。僕が木の幹にもたれて、美咲が少し背伸びするような形で、雨がやむまで・・・
帰宅したときには雨はやんでいた。マンションのエレベーターで2人きりになれたので、なんとなくかっこつけて肩なんて抱いたりしようと考えていたら、1階で突然誰かが乗ってきた。
それだけなら別に普通のことなのだが、乗ってきたのがとてもガタイのいい外国人だったからだ。
「ソーリィ」
丁寧に頭を下げられる。僕は何を返せばいいのかわからなかったのでただうなずいただけだった。
後にこの外国人と関わることになるなんてこのときの僕らは全く考えていなかった。
今回は短めでしたね。
割とシリアスな内容が続いたので
今回はありえないほどバカップルもりもりでいってみました。
いやー・・・ほんとにないですよね。