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第4話 初めてのケンカ

 朝起きて早々、美咲をベッドの上に座らせ、僕はベッドの下に正座した。寝起きの彼女は機嫌が悪そうだったが、それでも構わず質問を開始する。

「美咲、落ち着いて答えてよ。今何を考えてる?」

「・・・何も?ただ、猛烈に怒ってるだけだ」

 怒気を含んだその声は、最初に会ったときのように恐ろしかった。ベッドの上という高い位置に座っているためか、余計にその恐ろしさは倍増する。

「あの江藤とかいう女が自分を殴ったってことに気づいてたんだろ。なんで私に言わなかったんだよ」

「言えるわけないじゃん。余計な心配かけたくなかったし」

「そうかもしんないけど・・・・・だけど・・・」

 そのまま美咲は何も言わなくなってしまった。僕も言葉に詰まる。

 正直、まだ塚本の彼女が僕たちを殴ったなんて半信半疑で確信がなかった。だから、最初に会っても何か問いただすことはしなかったし、2人で話す機会がなければこのまま追及はしなかっただろう。

「なんていうか、あの人やばいと思う。なんか宝探すとか、そのためには手段を選ばないとか、塚本には悪いけどちょっと変だって。美咲に何かあったら嫌だ」

「孝介だって私に何にも言わなかったじゃん。そっちも勝手したんだから、こっちも勝手する」

 美咲は聞く耳を持たない。僕は殴られた経験を生かして、必死になって彼女を止めようとしているのだが、

「美咲、待てって・・・」

「もーこの話は終わり!やめよう」

「人の話聞けよ!」

 思わず怒鳴ってしまった。さすがに美咲はびくっとなって固まって、今まで見たことのない微妙な表情を見せた。僕は唐突に大声を出したことを後悔した。

「ごめん・・!その、怒鳴るつもりはなかった・・・・ごめん」

 謝った矢先に美咲は僕の前から逃げ出した。

 心の中に何か重たい物がずしっと覆い被さったのを感じた。怒るつもりなんてなかった。ただ、美咲に無茶をさせたくないだけだったんだ。

 ただ、それだけだったんだ・・・・・


 美咲は出て行ったわけではない。ご飯は作ってくれたし、普通に家事をしていた。明らかに違うのは、ここ数日僕と目を合わさなくなったことだ。

「これ、おいしい」

「そう」

 彼女の作った味噌汁を()めたのだが、美咲の反応はそっけない。ここまで来てしまうともういつ謝ればいいのかタイミングがわからない。

 事の発端(ほったん)となった江藤つばめにもう1度会わないとな・・・僕はそう思い始めていた。

 そのとき、美咲が何か言おうと口を開きかけたことがわかった。

「え、なに?」

 先を促したのがいけなかったのか、美咲は首を振って何も言わなくなってしまった。


 塚本に連絡を取り、江藤のアドレスを知ることができた。それでも塚本に、

「先輩は結婚してるんだから、俺の彼女に手を出さないで下さいよ」

 誰が出すか、と言いたくなったがやっぱりやめておいた。そもそも塚本に普通の感覚が通用しないことはすでにわかっている。

 1人になったところで、僕は江藤にメールを送った。時間帯がたぶん高校だと授業中だと思ったのだが、意外にも彼女からの返信は早かった。

『大丈夫です』

 返信メールは実にシンプル。僕からのデートの誘いにすぐにオッケーしてくれた。僕はそれを確認してから、静かにケータイをぱたんと閉じた。


「こんな所でデートですか?」

 高校が終わってそのまま来てくれたらしく、江藤は制服姿で現れた。彼女を呼び出したのは何人かの子供がいる体育館だった。美咲に江藤と一緒にいるところを見られたくなくてここを選んだのだが、まるで浮気でもしているかのような気分になった。

「とりあえず、ここまで来てくれてありがとうございます」

 丁寧にお礼を言うと、江藤はそれを無視して落ちていたバスケットボールを手にとって、ゴールに放った。ボールはリングに当たってあさっての方向に飛んでいった。

「あぁぁぁ失敗だ」

「あのさ、話聞いてほしいんだけど」

 江藤はボールを取りに行く。

「俺も美咲も江藤さんの宝探しの邪魔はしないし、関わるつもりもない。だから、賭けもやめてほしい」

「賭けに乗ったのは、葉山さんの奥さんのほうなんじゃないですか?」

 そう言って、僕にボールを投げてよこした。

「そこからシュート決めれますか?」

 僕の立っている位置だと、決まればスリーポイントである。こう見えても高校まではバスケをやっていたのである程度のシュートは決まると思うが、どうもスリーポイントシュートだけは苦手だった。

 僕はゆっくりと構えて、そしてシュートを・・・・・決めた。

「っしゃ!」

 思わずガッツポーズが出た。リングに引っかかることもなく、綺麗にすとんと入った。久しぶりのこの感覚に嬉しさが倍増した。

「へー・・・すっごーい・・・・・」

 江藤の感嘆ぶりに僕は照れくさくなって笑った。そして、笑うと同時に視界の隅になぜか美咲の姿を見つけたような気がした。

 気のせいじゃない。美咲だった。体育館の出入り口で驚いたような顔で僕のことをまっすぐに見ていた。

「美咲!!」

 思わず叫んでしまった。だけど、体育館の喧騒(けんそう)に飲まれて、声は吸収されて聞こえなくなった。

「電話でここだって教えたんです」

 驚いて江藤を見ると、彼女も無表情で美咲のことを見ていた。僕はもう1度出入り口を見たが、美咲はいなくなっていた。

 慌てて駆け出す。ケータイを取り出して美咲にかけてみるが応答はない。

 ずっと捜し続けた。だけど、美咲は見つからなかった。


 結局、美咲は家に帰っていたことがわかった。試しに話しかけてみたが、今度は返事もなかった。

 今まで家事を分担してやっていたのだが、彼女はそれを全部自分1人でやるようになってしまった。おかげで話しかける機会がなくなった。

 だけど、話さないとな。今日のこと一応・・・

 寝室に入ると、美咲はもう布団中に入っていた。僕は彼女が起きているものだと信じてベッドに座って喋りだす。

「今日、体育館にいたのは江藤さんと話をつけにいくためだった。別にそれ以外の理由があったわけじゃないから」

 返事はなかった。身動きもしなかった。

 だけど、なんとなく僕には美咲がまだ起きているって確信があった。だから、それ以上は何も言わずに僕もベッドに入った。


 翌朝、バイトで朝早く起きると、美咲がいなかった。

 一瞬慌てたが、リビングのテーブルの上に書き置きが残してあって、『6時までには戻る』というそっけない文章が書かれてあった。だけど、1週間まともに会話していなかったためか、これだけの文章でもなんだかすごく嬉しくなった。

 と、そのとき玄関でピーンポーンと鳴った。

「はい」

 ジャージ姿でそのまま出ると、外に立っていたのは隣の清水裕太だった。

「あれ、清水さん、どうかしたんですか?」

「ちょっとかくまってください」

「は!?」

 そう言って勝手に中に入っていく。その様子は冗談ではなさそうだった。

 まさか僕たちのようにケンカでもしてるんじゃないかと本気で疑ったが、話を聞くとそうではなさそうだった。

「マミリンの家族が来てるんですよ」

「え・・?だって清水さん、カケオチしてきたんじゃないんですか?」

「ちょっといろいろあったんですよ・・・・・」


 その頃、美咲が江藤つばめに会いに行っていたことに、このときの僕は気づいていなかった。

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