第3話 賭け
1つのテーブルを6人が囲み、焼肉パーティは始まった。
「じゃぁ、肉どんどん入れちゃうよー」
主導権を握るのは清水真実と美咲らしい。焼肉や野菜を鉄板の上に並べていく。それを残った人間が食べていった。
僕は塚本や裕太にビールを注がれ、されるがままに飲みまくってしまい、肉が3分の1なくなったときにはすでに酔っていた。
「先輩、飲みすぎですよ」
塚本がからかうように僕の頭を小突く。テンションが下がっていないことから、まだ塚本はあまり酔っていないらしい。それどころかハイになっているような気もする。少しでも酒を飲むとローになっていくこの男が、清水夫妻とこんなに仲良く喋っているところを見るとそう思う。
最も驚いたのは、真実に言われて美咲も飲んでいたが、彼女も酔っていたことだ。今まで何度か一緒に飲んだことはあるが、基本的に酒は好かないらしく、飲んでも酔ったところを見たことがなかった。ところが今日は、
「孝介と初めて出会ったのはトンネルの中で、間違えてカツアゲ・・・・・・」
僕との身の上話を話し始めるなんて明らかに酔っている。この話の流れで、もし塚本が「俺たちもトンネルの中で出会ったんですよ」なんて言い出したらどうしようかと本気で思った。
「俺たちもトンネルで出会ったんです」
げっと思ったが、それを言ったのは塚本ではなかった。清水裕太が真実と顔を見合わせて、にこにこと笑っている。
「中学のときに地下トンネルの中で会ったんです。そのときに意気投合して、カケオチしてきたんです」
「カケオチしたんすか?」
塚本が驚いて声をあげる。僕も美咲と短いカケオチをしたことがあるが、たぶん彼らのほうが本格的だろうとなんとなく思った。
ふと、視線を感じてそちらを向く。塚本の彼女、つまり僕たちを殴った女だ。お互いに目が合ったが、やっぱり互いに何も言わなかった。
「つばめさんは今大学生なんですか?」
真実に話を振られて、初めて江藤つばめが口を開く。
「いえ。高校3年生です」
「わっかいねー!!私もそんな時期があったんだよ〜」
「マミリンはいつだって若いじゃないか。俺の自慢の奥さんだよ」
「もうやっだ〜ユウちゃんったら〜」
変なバカ夫婦は置いておいて、そのとき別の部屋からケータイが鳴る音がしたので、一言言ってから僕は席を立った。
バイト先からの電話を終えてケータイを切ってみて、ふと何かの視線を感じた。慌てて振り返ったが、そこには誰もいなかった。
気のせいか・・・僕はまたケータイを机の上に置いて、みんなのいるリビングに戻ろうとすると、視界の片隅で何かが動くのを発見した。
「わっ!!」
思わず声をあげてしまった。なんと僕らのベッドの上で1人の人間が転がっているのだ。
「なんだ・・・美咲か。驚かすなよ」
「んー・・・・・孝介ー、眠い」
なぜか、ベッドの上にいるのは美咲ではないと思っていたらしい。だったら誰が寝転がっているんだ?
「飲み過ぎなんじゃないのかー?」
顔を近づけて苦笑すると、確かにお酒臭かった。美咲がとろんとしたような瞳で僕を見上げてくる。その表情に一瞬理性を失った。
気づくと、僕は美咲にキスをしていた。自分でも無意識な行動だったので正直驚いて、目をぱちくりとさせる。だけど、自分の中の男の本性のほうが勝った。僕はまた美咲の唇や頬、耳にキスをした。
「くすぐったいよ・・・・・・前髪・・・坊主にしよ・・・・・」
「やだ・・・・・ちょっと・・・・ガマンしてて」
いつのまにか美咲を押し倒していたらしく、正気に戻ったときには僕自身もベッドの上にいた。さすがに別の部屋に人がいるのにこれ以上はだめだと慌てて起き上がった。
美咲は寝てしまったらしい。僕は彼女に布団をかぶせて部屋を後にしようとした。
―背後のドアの向こうに江藤つばめがいることに気づくまでは・・・
「お邪魔でしたか?」
「ううん。もう寝ちゃったみたいだし」
僕は静かに部屋のドアを閉めた。そして、小柄な女の子に向き直った。
「俺は塚ちゃんのように優しくはないから、怒ってないって言ったらウソになる。でも、なんで俺たちを殴ったの?」
その質問の答えはたぶん塚本に聞いたとおりだろう。だから、何を言われても大丈夫かと思っていたが、
「宝探しゲームです」
いきなりそんなことを言われて、さすがにきょとんとなってしまった。それでも彼女の顔は真剣そのものだった。
「なに・・?どういう意味」
「そのまんまの意味です。私は宝を探してるんです。そのために手段は選びません。邪魔するようなら誰だって容赦はしない」
「ふざけんなよ。そのために人に暴力をふるうのか?俺や塚本だって当たり所が悪ければ死んでたかもしれないんだ」
意味不明な答えに少しいらっときてしまった。高校生相手に大人気ないと思ったが、この人のやったことは殺人未遂のようなものだ。僕は妙に強気になってしまった。もし彼女が謝ることができたのなら、僕は許そうと考えていたのに。
「邪魔さえしなきゃ、葉山さんに危害を加えません」
「意味わかんないし。だいたい、なんなんだよ宝って」
「それは・・・・・」
何か言いかけたところで背後から突然かちゃっと音がした。びくっとして振り返ると清水裕太がケータイを持ってリビングから出てきたところだった。彼はしばらく僕たちをぼんやりと見続けた後、
「まさか・・・・・2人とも浮気してたわけじゃないですよね・・・」
異様に低い声でそんなことを言われた。僕は慌てて否定したが、つばめが何も言わずに俯いているので、ちゃんと裕太に伝わったかどうか不安になった。
結局、この日の焼肉パーティは午後10時に終了した。なんとなくどっと疲れたのは気のせいだろうか。
「美咲さんは?」
キッチンで皿を洗っていると、真実が食器を運んできた。
「もう寝ちゃったみたいです。あんなに飲んだの久しぶりなんじゃないかな」
「そっか・・・ちょっと飲ませ過ぎちゃったかな」
確かに、僕を誘惑するようなまなざしはシラフのときにはやってこない。いや、たぶん誘惑したつもりはないんだろうけど。
「孝介さんって幸せだね。美咲さんをすごく愛してて、愛されてて・・・」
「それを言うなら、真実さんたちだってそうでしょ。いっつもラブラブじゃないですか」
「そうでしょ〜私、ユウちゃん大好き!世界で1番好き!・・・仕事が上手くいってないときもあるけど、彼は私のヒーロー!」
その言葉に僕は言葉を詰まらせた。まさか、昨日の僕たちの会話をどこかで見ていたのだろうか。いや、それ以前にもともと知っていたのかもしれない。仕事で失敗しても家庭には持ち込まない夫。そんな夫に気づきながらもずっと支える妻。
僕の知らない家庭だ。それが理想の家庭だというわけではないが、これはこれでいいんじゃないかと思う。
「そうですね。俺も美咲が大好きです」
僕も偽りなくそう言えた。
帰る直前、塚本がトイレにこもったので僕はもう1度江藤つばめに話しかけた。
「さっきの話の続き、江藤さんの探してる宝ってなに?」
彼女は僕を観察するかのようにじろじろと眺めた後、ふいに顔をそらした。その態度が気になったが、僕は返事を聞くのが先だと思って何も言わなかった。
「賭けましょうか」
「は?」
「私がその宝を見つけるのと・・・あなたが私の宝の正体に気づくの・・・どっちが早いか」
「面白いじゃん」
断っておくが、最後に言った言葉は僕ではない。僕の背後からその声は聞こえてきたのだ。
振り返ると、寝ていたはずの美咲が立っていた。
「美咲!?起きてたの?」
「・・・起きてちゃ悪いか」
今の美咲は機嫌が悪いことがわかった。
「私たちの会話を聞いてたんですか?」
「うん。正確には、聞こえただけどね。孝介の声が大きくて目が覚めたんだ。だから、あんたが孝介を殴ったことは知ってる」
美咲の指がぼきぼきと鳴らされる。
「今までの私ならこの場でぶっ飛ばしてるんだけど、結婚してから考え方がぬるくなったよ。その賭け、私が乗った」