第2話 全員集合
「はい、アーンしてっ!」
「アーン・・・・・ん、すっごくおいしいよ!さっすがマミリンだね」
「やだぁ〜もう。ユウちゃんのためだったら、私どんどん頑張っちゃう!」
最初に言っておくが、ここは僕たちの部屋だ。だけど、この会話は僕と美咲のものではない。隣に引っ越してきた清水裕太と真実夫妻が乗り込んできたのだ。
バカ夫婦を横目に見ながら、僕は美咲を真正面から眺める。
「美咲」
「却下」
「まだ何も言ってないじゃんか」
「うるさい。あんな恥ずかしいことなんてできるか」
僕はちぇっと顔を背けると、ちょうど清水夫妻と目が合った。
「だめですよ。夫婦は仲良くしなくっちゃ」
「そーそー!私たちみたいにね」
あなたたちは仲良し通り過ぎて、バカップルみたいです。そう言いたくなったが、のどの奥で飲み込んだ。
裕太はどこにでもいる普通の男性で、真実は大学生のように若い外見をしている。
「心配されなくても、超仲良しなんで」
「よかったー。美咲ちゃん、すごくかっこいい旦那さんだね!ユウちゃんには負けるけど」
「そうかもね」
それは、裕太には顔が負けるという意味ですか?
「それにしても、その頭どうしたんですか?」
僕の包帯を見つめて、裕太が尋ねてくる。今になって僕は自分が怪我をしていたことを思い出した。
「まぁちょっと打ち所が悪くて・・・」
曖昧に答えたそのときだった。急に裕太と真実が顔を見合わせて、すくっと立ち上がってしまった。いきなりの行動だったので、さすがに驚いた。
「じゃっ、お邪魔しましたー!」
やたら笑顔で2人は去っていく。
その一瞬の間に何があったのだろうか。まぁでも、これからはもう関わることがないんだろうなとなんとなく漠然とそう思った。
しかし、翌日、僕が大学から帰ってきたときだった。家のドアの向こうからぎゃーぎゃーと騒ぐ声が聞こえてきた。
家には美咲しかいないはずだ。お客さんでも来てるのかなと思ってドアを開けると、玄関に美咲がいた。それも、メイド服で。メイドで。
「美咲!?」
「こっ孝介!!」
初めて僕の存在に気づいたらしく、美咲は急に顔を真っ赤にさせて180度向きを変えた。その後ろに真実がいて、美咲が逃げるのを捕まえている。
「おかえりなさい。ちょっと美咲ちゃんをイメチェンさせてみました!」
「うん。すっげー・・・ちょっと意外」
「でっしょ〜!これでメイド服は好きー?」
「そりゃー好きっすよ。美咲だったらなおさら」
「これでもっと仲良しだね!」
よくわからないことを言われたが、それで真実は満足したらしく、そのまま僕の隣を通り過ぎてしまった。
「じゃぁ、後はごゆっくり・・・・・」
にこにこと笑顔で言って、真実は去っていく。僕と美咲は取り残される形になってしまった。
だが、美咲がすぐにメイド服を脱ごうとするので、僕は慌ててそれを止めた。
「これは・・・真実さんがなんか着ろって言ってきて・・・・・私の趣味じゃないって言ったんだけど、もう脱ぐ!!」
「待ってよ。その前にお願いがあるんだけど」
僕は美咲の細い腕をがしっと掴んだ。
「『おかえりなさいませ、ご主人様』って言ってみて」
次の瞬間、僕の体は宙を舞った。
「先輩、どうしたんですか?またケガっすか?」
「まーちょっとね・・・」
僕はあごの下をさすりながら答える。昨日の美咲のメイド服の一件で殴られてあごをすったのだ。
塚本はもうケガの具合は良好なようで、僕と違って包帯をしていない。大学で久しぶりに会った塚本は元気そうだった。
「っていうか、塚ちゃん、なんかテンション高くね?」
「そうなんすよ。俺、先輩に報告したいことがあって。いや、ほんと先輩の言うとおりでしたよ。トンネルって実は出会いの場だったんですね」
言っている意味がわからなくて、僕はふーんと首を傾げる。
「なんだよ、彼女でもできたのかよ」
「そうっす」
「マジかよ、相手誰・・・・・・・・」
言いかけて、僕は言葉に詰まってしまった。今、トンネルって言わなかったか?まさか、塚本の彼女って・・・
「まさか俺たちを殴った相手が女の人だったなんてなー。俺、すごい酔ってたからわかんなかったし」
そのまさかだった。
「お前、その女に会ったのか!?」
「うん。こないだの月曜日に。なりゆきでつきあうことにしたんです」
「なんで!?殴られたんだぞ?」
「あれにはちゃんと理由があるんですよ。俺たちもあそこにいたから、奴らの仲間だって勘違いしたみたいで、本人もすっごくかわいくてさー」
話が途中で変わっている。僕はウンザリとした気分になった。
去年の僕と同じくらい変な展開になっている。
「そうだ、先輩ってどこに住んでましたっけ?今度遊びに行きたいんですけど」
「いいけど、来るときはメールしてからにしてよ」
「モッチー」
塚本のテンションもだいぶおかしなことになっていた。
その日の病院で、ようやく僕の包帯も取れた。後頭部を殴られて、何針か縫ったらしいが、もう大丈夫とのことだった。それにしても、殴った相手とつきあうなんて塚本はどうかしていると思う。
そのとき、自転車に乗って家に帰ろうとしたときだ。小さな会社の前で頭を下げている男性の姿を見た。清水裕太だった。
何度も何度も頭を下げて、ようやく書類を受け取ってもらえたらしく、帰ろうとしたところで僕と目が合った。お互いに頭を下げた。
「いや、お恥ずかしいところを見られました・・・」
「いえ、俺も無遠慮にすみません」
立ち話でお互いに謝る。話によると、営業の仕事をしているらしい。ちょうど相手先の人との取引のところを僕は見たそうだ。
「マミリンにはこんな姿見せられないよ。彼女の前ではいつもかっこいい夫でありたいんだ」
「わかります。俺も美咲の前ではかっこわるい姿を見せられませんよ」
この人のこんな言葉を聞くとは思っていなかった。僕は人のこういう人間らしい姿に共感が持てるらしい。
「葉山さん、もし良ければ今度4人で食事でもしませんか?鉄板で焼肉とか」
「いいですね」
社交辞令ではなく、本当に一緒に焼肉を食べたいと思った。
それが現実になったときはあまりにも突然の出来事だった。
次の日、大学で塚本から急に今日遊びに行くと言われたのだ。それも彼女連れで。僕たちを殴ったあの女を連れて。
美咲には言えるわけがない。昨日僕の包帯が取れただけで、あんなに嬉しそうにしてくれた彼女があの女に会ったら何をしでかすかわからない。なにより、僕自身があんまり会いたくないんだ。塚本のヤツ、本当に何を考えてるんだ。
だけど、断れずにここまで来ている。
とりあえず、昨日裕太が言っていた焼肉でもしようかと思って美咲に買い物に行ってもらったが、いまだにどうしようかと悩み中だった。
「ただいまー」
「おかえりなさーい!!」
美咲の声が返ってくると思いきや、男の声と女の声が重なった。なぜか清水夫妻がいた。
「え・・?清水さん!なんでここに!?」
「言ったじゃないですか。今度一緒に焼肉食べようって。そしたら今日はちょうど焼肉にするって聞いて、グッドタイミングですよ!」
は?昨日の今日でまさか本当に実行されるなんて思ってもみなかった。
裕太と真実がにこにこと笑ってその場に並んでいる。そして―・・・・・・・・
ドアが突然開かれた。
「あっれー?先輩、いたんですか?鍵開いてましたよ!」
は?まさかインターフォンも押さずに入ってきたのか?
塚本がにこにこと笑ってその場に立っている。そして―・・・・・・・・
肩までの髪の毛がカールした女の人が塚本の後ろに立っている。その瞳がまっすぐに僕を見つめていた。
美咲のメイド服はまた出てくる予定です。
いまのところ恋愛要素は少ないですが、
そのうち出てきます。孝介と美咲です。
今回はシリアスも入れていきます。
後半、美咲が大変なことになるかもしれません(予定)
気長によろしくお願いします。