表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

第10話 2つのキス

 月夜に照らされてそこに立っていたのは、見知らぬ男の人だった。

「誰ですか」

 僕はもう1度尋ねる。今、美咲とキスをしていたところを見られたことに対する恥ずかしさを隠すように強気の態度を取った。

「いや、あの、覗くつもりは全くなかったんです・・・・・」

 男の眼鏡が光る。両手を振ってその意思がないことをアピールしている。

 しばらく沈黙が続いた中、最初に口を開いたのは・・・・・美咲だった。

「え・・・っと、宮本君?」

「は?」

「やっぱり武藤かー!久しぶり・・・・・ってごめん!邪魔しちゃった」

 美咲の旧姓を語るその青年は、眼鏡をかけたいかにも好青年という男だった。


「俺と武藤は中学までの同級生なんです」

 あの後すぐに走り去ろうとした宮本とかいう男を引き止めたのは美咲で、今こうして別荘までの国道を歩きながら彼は語りだした。

「でも、途中で宮本転校してっちゃったよね。北海道なんて知らなかったけど」

「うん。おばあちゃんの調子が悪くなっちゃって。そういえばちゃんとした挨拶もなく突然転校したっけ。みんな元気にしてる?」

「いきなりの転校でみんなかなりショック受けてたよ」

 当時のことを思い出しているのか、美咲は懐かしむように目を細めて話す。

「武藤は?」

「もちろんショックだったよ」

 なんだかいい雰囲気になりそうだったので、僕は慌てて何か言おうと考えたが、僕が言うよりも先に宮本が口を開いた。

「でも今は仲がいい彼氏と一緒で羨ましいよ」

 美咲はさっきのキスを思い出したのか顔を赤くして下を向く。

「びっくりした?恋愛とかに無関心そうだった私が男の人と一緒にいて」

「んー・・・っていうよりも、彼氏さんが羨ましいかな」

 意味深なセリフを残して、宮本はじゃあねと去っていってしまった。

 とりあえず、一言も話していないが、僕もこの場にいます。


 翌朝、いつもより早くに目を覚ました僕は隣の美咲を起こさないようにベッドを出て、外の空気を吸いに行った。

 別に美咲の昔の友達と話すことは初めてではない。ただ、なんとなくわかってしまうのだ。懐かしの男友達のほとんどは美咲に恋をしていた、あるいはまだしているということを。

 それに昨日感じた嫌な予感。昔から変な勘が働くのだ。


「おはようございます」

 ふいに背後からかけられた言葉。振り返ると、多恵の姿があった。

「あ、おはようございます」

「朝早いんですね。昨日はよく眠れなかったんですか?」

「いえ、そういうわけでは・・・」

 僕は言葉を探して黙り込む。

 ふと、多恵の顔が目前まで迫ってきて・・・一瞬キスをされるのかと思った。

 もちろんそんなわけじゃなく、多恵は僕の前髪についたごみを取ってくれただけだった。

「・・・・!」

「すいません!ごみがついていたので・・・」

 なぜだか多恵は顔を真っ赤にさせて、その場から立ち去っていった。


 僕が部屋に戻ると、美咲がすでに起きていて着替えを終えたところだった。

「おはよう。もう起きてたんだ」

「ああ。早く目が覚めたんだ」

 僕は答えながら、ふとあることに気づいた。

「美咲・・・香水つけてる?」

「うん・・・まあね」

 どこか挙動不審な態度を取る美咲。普段香水なんてつけないのに、なんだって今日はつけるのだろうか。

 彼女が僕の傍を通り過ぎるとふわっと花の香りがした。


 そして、朝ごはんを食べ終わってから何気なく部屋の外を見ると、美咲が宮本と一緒にいるところを僕は見た。


 前にも似たようなことはあったが、今回もたぶん誤解だろう。たぶん・・・

 僕は清水夫妻とリビングでテレビを見ながら自分に言い聞かせていると、急に2人が真剣な面持ちで話しかけてきた。

「孝介君、実は僕たちここに暮らすことにしました」

「え・・・じゃぁあっちの家はどうするんですか?」

「マミリンのお義父さんに話したら、ここで一緒に暮らすんなら僕たちの結婚を認めてくれるって言ってくれたんです。だから・・・・・僕たちのカケオチはこれで終わりです」

 裕太はどこか安心したような表情をしていた。

 そうか、2人はちゃんと将来について話したんだ。そして認めてもらえたんだ。

 僕は一瞬自分が考えていたモヤモヤを忘れて、自分のことのように嬉しくなった。

「よかったじゃないですか。これでずっと一緒にいられるんですね」

「うん!孝介君たちのおかげだよー!」

 真実が嬉しそうに話す。

「私たちにとって、2人は理想の夫婦だったよ!本当にありがとう!」

 この2人のことが解決してよかった・・・僕は本当に心からそう思った。


          *


「それにしてもすごい偶然だよね。武藤がこんな所にいるなんてびっくりだ」

 宮本に言われて美咲は少し迷って笑う。そして、どう切り出そうか迷っていた。

「またこうやって話せて嬉しいな。いつ地元に帰るの?」

「もうすぐ帰ると思う・・・」

「そっか・・・・・」

 美咲は少し俯いてから、すぐに顔を上げた。

「宮本・・・私、もう武藤じゃない。葉山っていうんだ。昨日いた男の人と結婚した」

「え?」

「だから、今度会ったらあの(・・)返事をするって言ってたけど、ごめん。宮本とはつきあえない」

「結婚・・・・・そっか、わかった。でも、聞きたいんだ。武藤・・・いや、葉山は今幸せ?それと、あのときのキス、まだ覚えてる?」

「キス・・・?」

 美咲が疑問に思っていると、突然宮本が近づいてきて、そして、そして―・・・・・


          *


 僕はやることがなかったので、昼頃、多恵の手伝いをすることにした。

 彼女はここで住み込みの手伝いをしているらしく、今も2階の部屋の電気を変えていたところだった。

「多恵さん、俺も手伝います」

 あとで思った。僕はこのとき手伝うべきではなかったということを。


「ここの家事全般を1人でやってるんですか?」

「まさか。真実さんのお母様と一緒にやってるんですよ。ここで働くのはとても楽しくて」

 と、そのとき階段を降りていた多恵が段を踏み外して落ちそうになってしまった。僕は慌てて彼女の腕を取ったが・・・遅かった。

 がしゃーん

 派手に電球が階段の下で割れ、僕らは階段の途中で中途半端に落ちそうになっていた。なんとか多恵を落とさないで済んだようだ。

「大丈夫、ですか?」

 なんとか話しかけると、多恵は小さく震えながらこくんと頷いた。

 僕は腕に痛みを覚えたが、それを我慢して起き上がる。いや、起き上がろうとした。

「わっ」

 そのままバランスを崩して、頭から真っ逆さまに落ちてしまった。

「葉山さん!」

 多恵の声が聞こえた。


          *


 何かすごい音が聞こえて、美咲は家に戻って音のするほうへ行ってみる。

 そこで見てしまった。

 階段の下で苦痛の表情で倒れている孝介の姿と・・・・・・・・その傍でひざまついている多恵の姿を。

 多恵が自分の大切な男にキスをしているところを。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ