七
王妃は伝令の言葉を聞くと、目の前が真っ暗になったように感じた。
「それは……確かなことなのですね。」
辛うじて気を取り直すと王妃は伝令に問うた。
「はい、殿下。陛下におかせられましては畏れ多くも此度、見事に敵軍を退けられ、あと十日のうちに王宮に凱旋あそばされる由にございます。」
しばしの沈黙ののち、王妃が口を開いた。
「相わかりました。戦場よりの役目、大儀でありました。お下がりなさい。」
伝令が下がった後も、王妃は謁見の間の椅子に坐ったままだった。
(陛下が凱旋あそばされる……。)
王妃の額には冷や汗が吹き出していた。王が帰還したら、自分とこびととの関係は隠し通せるものではない。そう王妃は思ったのだ。
(もし、陛下に彼との関係が知れたら……。)
そうなったら間違いなくこびとは首を打たれるだろう。王妃自身の身も危うくなる。
(されど……されど私が愛しているのは陛下ではありませぬ。あの人なのです。彼に会えなくなるのは死ぬよりも辛うございます。)
王妃は激しく葛藤した。
(されど、このまま彼との関係を続けるならば、早晩陛下の知るところとなりましょう。さすれば私も彼も身の破滅……。)
しばし黙考した後、王妃は謁見の間を後にし、自身の居室へと戻っていった。
「ああ……、お会いしとうございました。」
「私もです。」
彼が王妃の寝室に入るなり、二人は固く抱き合い、激しく口づけした。
「日々、そなたのことを想い、そなたが来るときを待ちわび、そなたと過ごした時を心の糧としております。」
王妃は熱のこもった口調で彼の耳元に囁きかける。
「いかがなされました。いつにないお言葉。」
彼は驚きながらも優しく王妃を抱き寄せる。
「私はそなたが愛おしいだけ。ただそれだけです。」
王妃は再び彼に激しく口づけした。二人は抱き合ったまま寝台に近付く。
二人の熱く激しい吐息が部屋に響く。王妃はその夜、いつになく激しく彼を求めた。
「何かございましたのか。今宵のあなたさまは……。」
顔を赤くほてらせている王妃を彼は見つめる。王妃はそれには答えず、黙って微笑みながら両腕を彼に差し伸べる。彼も誘われるまま、王妃の腕の中に身を投げる。再び、二人の唇が重なる。
「陛下がお戻りあそばされます。」
抱き合いながら王妃が耳元で囁く。
「誠でござりますか。」
「今日、戦陣からの伝令が参りました。あと十日ほどのうちに。」
王妃は淡々と言葉を続ける。
「しばらくそなたとは会わぬ方がよいやもしれぬ、と思うてな。私と、そなた自身のために。」
王妃は彼の両の眼をしっかりと見つめる。
「万一、我らのことが陛下に知られたら身の破滅となることくらい、そなたにも先刻分かっておりましょう。」
「はい。」
「しからば、陛下がお戻りになられて当分は、今までのことは無きが如きに振舞うがよいのではないかと思うのです。」
彼も王妃を見つめる。
「されど、私の心はそなたのもの、私の身もそなたのもの。これは変わりませぬ。」
王妃の強い言葉に彼は抱擁で答える。
「あなたさまのお心を疑ったことはござりませぬ。」