六
戦陣は長引いた。ひと月たっても、ふた月たっても王は都に戻ることができなかった。敵は見事な作戦で軍を引きつけ、この機会とばかりに王の命を狙った。だが王国の将軍たちもさる者、敵の裏をかく作戦を立て、一進一退の攻防が続いていた。
王妃とこびととは、あの日以来、しばしば身体を重ねていた。
王妃には母国から連れてきた信頼厚い乳母がいた。王妃は乳母に秘かにこびととの関係を打ち明け、それ以来乳母が陰ながら二人の逢瀬の手引きをするようになっていた。
「ああ……。」
王妃は法悦の余韻に揺蕩いながらこびとを愛撫する。
「私の身も心もあなただけのものです……。」
「私の身も心も、あなたさまだけのものです……。」
王妃の言葉に彼も答えながら、眼を閉じて快感に打ち震える王妃の唇に静かに口づけする。
こびとは乳母の手引きで、人目を避けて深夜になってから王妃の寝室に上がり、夜の明けぬうちにそこを辞する。
「くれぐれも余人に気取られぬようにの。」
王妃の言葉にこびとは膝を折る。
「心得ておりまする、殿下。」
「おお、その呼び方はやめておくれ。二人きりでいるときだけ、私は王妃ではなくなる。ただ一人の女でおられる。そなたも道化ではなくなる。ただ一人の男でおられる。」
王妃は駆け寄って彼を抱きしめる。彼も答えて彼女を抱きよせる。
「夜も更けてまいりました。お名残は尽きませぬが、今宵はこれにて。」
もう一度、王妃に口づけすると、素早く、だが秘かに彼は王妃の寝室を出た。
深夜の回廊を秘かに歩きながら、彼は王妃との愛に胸を熱くしていた。
(あのお方は俺を愛して下さる。あのお方の肌は絹のようになめらかで、大理石のように白い。その脚は雌鹿のように細くたおやかだ。その唇はどんな薔薇よりも赤く、その瞳はどんなサファイアよりも青い。そしてあのお方の見事な髪は、どの国の金貨よりも美しく金色に輝いている。)
だが、と彼は思う。
(あのお方の何より美しいのはそのお心だ。俺の醜い容姿ではなく、俺の心を見て俺を愛して下さった。俺の渇ききった心にその泉から湧き出でる清水を注いで下さった。俺の亡き母がしてくれたように。)
彼は物音も立てずに自身の私室に戻ると、ゆっくりと虚空に向かって窓を開け放つ。今は夜の闇に沈んでいる王宮の庭園のどこかから、そこはかとなく薔薇の香りが漂ってくる。
(俺はあのお方と話している時だけ、己の惨めな境遇を、賤しい出自を忘れられる。あのお方の身体を抱いている時だけ、己の醜さを忘れられるのだ。)
彼は天空に向かって手を差し伸べ、声に出していった。
「星々よ、どうかあのお方を、我らの愛を守りたまえ。」
その頃、王妃も自身の寝室の窓を開け放ち、星々を眺めていた。ここにも庭園の薔薇の香りが届いていた。
(私は罪びとです。)
王妃は心の中で星々に呼びかけた。
(私は良人ある身でありながら、あのこびとを愛しております。あのこびとに身も心も捧げました。あの人と共にあるときのみ、私は私でおれるのです。あの人の胸に抱かれている時だけ、私は王妃という重い衣を脱ぎ捨て、心の赴くまま、自由に天空を飛ぶことができるのです。)
王妃は自分の身体を抱きしめた。まだそこかしこに、彼の肌触りが、手触りが残っている。
(私は罪びとです。)
王妃は再び呼びかけた。
(されど、私はかの人に心を許したことを、身を委ねたことを悔いてはおりませぬ。星々よ、もしそなたたちがこれを罪だというのなら、もしそなたたちが私に罰を下すというのなら、私は甘んじてそれを受けましょう。されど、その時が来るまでは、どうか私とあの人とを照らしておくれ。)