表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こびと  作者: 結城康世
7/16

 戦陣は長引いた。ひと月たっても、ふた月たっても王は都に戻ることができなかった。敵は見事な作戦で軍を引きつけ、この機会とばかりに王の命を狙った。だが王国の将軍たちもさる者、敵の裏をかく作戦を立て、一進一退の攻防が続いていた。


 王妃とこびととは、あの日以来、しばしば身体を重ねていた。

 王妃には母国から連れてきた信頼厚い乳母がいた。王妃は乳母に秘かにこびととの関係を打ち明け、それ以来乳母が陰ながら二人の逢瀬(おうせ)の手引きをするようになっていた。


「ああ……。」

 王妃は法悦(ほうえつ)の余韻に揺蕩(たゆた)いながらこびとを愛撫する。

(わたくし)の身も心もあなただけのものです……。」

(わたし)の身も心も、あなたさまだけのものです……。」

 王妃の言葉に彼も答えながら、眼を閉じて快感に打ち震える王妃の唇に静かに口づけする。


 こびとは乳母の手引きで、人目を避けて深夜になってから王妃の寝室に上がり、夜の明けぬうちにそこを辞する。

「くれぐれも余人(よじん)気取(けど)られぬようにの。」

 王妃の言葉にこびとは膝を折る。

「心得ておりまする、殿下。」

「おお、その呼び方はやめておくれ。二人きりでいるときだけ、私は王妃ではなくなる。ただ一人の女でおられる。そなたも道化ではなくなる。ただ一人の男でおられる。」

 王妃は駆け寄って彼を抱きしめる。彼も答えて彼女を抱きよせる。

「夜も更けてまいりました。お名残は尽きませぬが、今宵はこれにて。」

 もう一度、王妃に口づけすると、素早く、だが秘かに彼は王妃の寝室を出た。


 深夜の回廊を秘かに歩きながら、彼は王妃との愛に胸を熱くしていた。

(あのお方は俺を愛して下さる。あのお方の肌は絹のようになめらかで、大理石のように白い。その脚は雌鹿のように細くたおやかだ。その唇はどんな薔薇よりも赤く、その瞳はどんなサファイアよりも青い。そしてあのお方の見事な髪は、どの国の金貨よりも美しく金色(こんじき)に輝いている。)

 だが、と彼は思う。

(あのお方の何より美しいのはそのお心だ。俺の醜い容姿ではなく、俺の心を見て俺を愛して下さった。俺の渇ききった心にその泉から湧き出でる清水を注いで下さった。俺の亡き母がしてくれたように。)

 彼は物音も立てずに自身の私室に戻ると、ゆっくりと虚空に向かって窓を開け放つ。今は夜の闇に沈んでいる王宮の庭園のどこかから、そこはかとなく薔薇の香りが漂ってくる。

(俺はあのお方と話している時だけ、己の惨めな境遇を、(いや)しい出自を忘れられる。あのお方の身体を抱いている時だけ、己の醜さを忘れられるのだ。)

 彼は天空に向かって手を差し伸べ、声に出していった。

「星々よ、どうかあのお方を、我らの愛を守りたまえ。」


 その頃、王妃も自身の寝室の窓を開け放ち、星々を眺めていた。ここにも庭園の薔薇の香りが届いていた。

(私は罪びとです。)

 王妃は心の中で星々に呼びかけた。

(私は良人(おっと)ある身でありながら、あのこびとを愛しております。あのこびとに身も心も捧げました。あの人と共にあるときのみ、私は私でおれるのです。あの人の胸に抱かれている時だけ、私は王妃という重い衣を脱ぎ捨て、心の(おもむ)くまま、自由に天空を飛ぶことができるのです。)

 王妃は自分の身体を抱きしめた。まだそこかしこに、彼の肌触りが、手触りが残っている。

(私は罪びとです。)

 王妃は再び呼びかけた。

(されど、私はかの人に心を許したことを、身を委ねたことを悔いてはおりませぬ。星々よ、もしそなたたちがこれを罪だというのなら、もしそなたたちが私に罰を下すというのなら、私は甘んじてそれを受けましょう。されど、その時が来るまでは、どうか私とあの人とを照らしておくれ。)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ