五
王国全土が恐怖に陥った。王妃の母国から見てちょうど反対側にある王国のもう一つの隣国が、数万の大軍を率いて国境を侵したのだ。王はすぐさま動員令を発し、こちらも万を数える軍勢を王自らが率いて出陣した。
王は戦陣にこびとを伴おうとしたが、王妃の反対にあって都に残すことにした。
都中の市民が見送る中、王は大軍を率いて出陣する。王妃は王宮の窓から軍勢の行列を静かに見守っていた。
王の出征から数週間、戦線は膠着し、勝利の兆しも見えなかった。
王は戦陣に幾人かの側室を伴っており、王宮に残された王妃の寂しさは募るばかりであった。その埋め合わせをするかのように、頻繁にこびとを召し出し、その芸を楽しみ、そして彼と語りあった。
「さようでありましたか。そなたもまた、悲しき身の上の者。そなたと私とは似た星の下に生まれついたのやも知れませぬな。」
こびとは王妃に自分の出自を語って聞かせた。
「殿下は、私のこの醜悪な容貌をご覧ぜられても、かようにも親しゅうして下されますのか。」
彼は王妃の心の優しさに触れ、涙を流していた。
「私には見える。そなたのうわべの姿かたちではなく、その奥底に潜む真の心が。」
「殿下……。」
「もそっと近くに寄っておくれ。私はそなたの顔をもっとよく見たいのです。」
王妃は寝台の傍に立って彼を呼んだ。
「はい、殿下。」
彼は王妃の足元に跪いた。
「立っておくれ。そして、私にその顔をもっとよく見せておくれ。」
王妃の声には、今までにない強い感情が込められていた。促されるままに彼は立つ。立ち上がった彼の両頬を、王妃はその掌で包む。
「殿下……。」
彼は思い出していた。遠い遠い昔、亡き母にこのように愛撫されたことを。彼の生涯でもっとも幸福であったころのことを。
「…………。」
気づいたら、どちらからともなく、彼と王妃とは唇を重ねていた。二人はそのまま寝台に倒れ込む。
「殿下……。」
彼は夢中で王妃に口づけし、その白い頬を、金色に輝く長い髪を愛撫した。初めてその手に口づけした時に嗅いだあの心地よい香りが漂ってくる。
「そなたは、私が愛するただ一人の人です。」
王妃もまた、彼を愛撫する。彼は王妃の服の紅い胸紐に指をかけ、ゆっくりと緩めてゆく。王妃もまた、彼のベルトに手をかけ、取り外す。王妃の豊かな胸元が露わになると、彼はそれを優しく愛撫した。
「そなたの腕に……こうして……抱かれてみたいと……ずっと……念じておりました……。」
その言葉の後には、彼と王妃の吐息が響くばかりだった。
月が西の山々の影に隠れてゆこうとする頃、部屋を去ろうとする彼に、王妃は自らの胸紐を差し出した。
「これをそなたに差し上げましょう。私と、そなたとの想いの証として。」
彼は丁重にそれを受け取ると、自らの腕に巻き付けて結んだ。
「殿下、これは私の宝。生涯我が身から離さずにおきましょう。」
彼の去った扉を王妃はずっと見つめていた。
まだ全身が愛の営みの余韻に波打っている。己の愛する相手に愛された喜び、愛する人に抱かれることの満たされた想い。王妃はその夜が生涯でもっとも幸福な夜であろうと思った。