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こびと  作者: 結城康世
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 十数年の歳月が流れた。彼は二十歳を超え、身長こそ一メートルそこそこながら堂々たる体躯の青年に成長した。優れた道化師であった師匠の仕込みもあり、また道化師の下で礼儀作法や知識、教養を身につけ、生まれ持った才覚もあり、今や宮廷内でも特に国王の寵愛(ちょうあい)を受けていた。半年ほど前に師匠であった道化師が世を去った後、王の寵愛は彼一人に集中するようになっていた。相変わらず、彼の容貌は醜いものであったが、道化師が精魂傾けて古今の古典を教授し、知識を身につけたおかげで、その醜さを補って余りある知性と気品とが彼には備わっていた。

 師匠であった道化師もまた、王の寵愛を受けていたこともあり、彼もまた他の宮廷道化師たちの中で格段の扱いを受けていた。師匠の権威、そして王の寵愛もあり、またもちろん彼自身の才能もあり、他の道化師たちからも一目置かれていたものの、そんな彼への嫉妬もあり。どこの馬の骨とも分からぬ、しかもこびとである彼は、他の道化師たちから陰では蔑まれていた。


 王の下に歳離れた王妃が嫁すことになった。王妃はまだ二十歳にも満たない若さであった。

 王宮では王妃を迎えるために盛大な式典が計画された。大聖堂での婚礼の儀式に続き、王の結婚を寿(ことほ)ぐ芝居、盛大な晩餐会、そして舞踏会。今や王の寵愛篤き道化師となった彼も、晩餐会と舞踏会に出席し、芸を披露することになった。


 華々しいファンファーレとともに、大聖堂での婚礼の儀式を終えた国王と王妃の列が王宮の中庭に入城する。城外では民衆が歓呼の声を上げている。中庭では近衛兵や下士官たちがこれを出迎える。王宮の大広間では大貴族たちが出迎える手はずになっている。

 彼は下士官や下級貴族たちに混ざって王宮の中庭で王妃を出迎えた。

「国王陛下、王妃殿下、ご入城。」

 衛兵が高らかに告げ、近衛兵たちが一斉に敬礼する。下士官や下級貴族たちも皆かぶりものを取り、王妃を迎えた。

 彼は、白いベールに覆われた彼女の横顔を見た。歳に似合わぬ大人びた風貌、聡明さと憂いを(たた)えた青い眼。彼は雷に打たれたような衝撃を受けた。これほど美しい人は今まで見たことがなかった。

 いまや国王夫妻となった一行はそのまま大広間へと入っていった。


「なんと美しいお方だろう……。」

 宮廷道化師のためにあてがわれた楽屋に入った彼は、一人つぶやいていた。王の寵愛篤い彼は、他の道化師たちと異なって個室を与えられていた。


 夫婦の愛を讃える芝居の後、盛大な晩餐会が始まった。大広間には王家の紋章と王妃の実家の紋章とをそれぞれあしらった大きな垂れ幕がかかり、テーブルにはこの日のために新調された絹のテーブルクロスがかけられた。もちろん、この一枚一枚にも王家の紋章が刺繍(ししゅう)されている。

 その日の料理もまた、今までになく豪勢なものだった。食卓に囲まれた大広間の中央に据えられた大テーブルには、この日のために特別に調理された鹿の姿焼の料理が置かれていた。前菜として出された雉の冷やし肉、温かいスープ、サラダ、その日港から水揚げされた海老を用いた手の込んだ料理、そして、主菜として出されたのが鹿肉だ。中央に集まった料理人たちが次々に肉を切り分け、晩餐会の出席者の銘々皿によそってゆく。


 彼は、この晩餐会では楽士たちの演奏に合わせ、見事な黙劇(パントマイム)を演じて見せた。食卓に着いた貴族たち、そして王と王妃とは惜しげもない拍手を送った。


 晩餐会に続く舞踏会でも彼は見事な踊りを披露し、さらに気の効いたユーモアに満ちた口上を述べ、一同の歓心を買った。

 年若い王妃もまた、彼の見事な演技と口上とに感じ入っていた。


「陛下、晩餐会の時に黙劇(パントマイム)を披露した道化はどのような。」

 王の寝室に引き上げる時、王妃が尋ねた。

「あれは先代の宮廷道化師の弟子でな。特に芸に秀でたものであるから余も眼をかけておる。」

 王妃はその聡明さで、醜い容姿の影に隠れた彼の優れた知性を見抜いていた。

 王は王妃よりも三〇歳ほど年上であった。王妃は、先の王妃の死後、その後妻として迎えられたのであった。それほど歳の離れた王と王妃とが真の夫婦となれるはずもなかった。王には王妃以外にも幾人かの妾がおり、王妃は次第に(ないがし)ろにされるようになった。


 彼は道化として宮廷に仕え、常に王のそば近くにあった。王妃もまた、彼をいたく気に入り、よく召し出してその芸を楽しむようになった。


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