二
今日は年に一度の村の祭の日だ。人々は飲み、歌い、踊る。村の外からも多くの人がやってくる。
この男もそのような道化師の一人だった。王に仕える宮廷道化師でありながら、身分を隠して好んで町々、村々を巡って物語を聞かせ、また市井のいろいろな話を仕入れていた。道化師は、そのような旅の道すがら、全くの気まぐれでこの村を訪ったのである。
彼はもう九歳になっていた。相変わらず村人から蔑まれ、山野の動物や草木、そして盗んだ食物、旅人の僅かな施しによって生きていた。
その日、彼も村の祭に紛れ込んでいた。さすがにこの日は多くの人出、村の外の人々も多く訪れ、彼に格段の注意を払う者はいない。村の広場で、彼は雑踏に紛れてリンゴをいくつかかすめ取ると、それをかじりながらうろうろした。大道芸人や辻音楽師などが出し物をやっている。
その中で、道化師も昔語りをやっていた。遠い異国の物語、この世のものとは思えない不思議な魔術の物語、勇ましい騎士の物語、悲しい恋の物語。道化師は見事な語り口に表情豊かな身振り手振り、時には一人芝居を交えながら、これらの物語をまるで目の前で起こっているかのように生き生きと物語った。
娯楽に飢えた村人たちは拍手喝采した。
彼は、この村人たちに混ざって道化師の昔語りに熱心に耳を傾けていた。村から一歩も出たことはなく、まして文字など読めず、本を読んだこともない彼は、初めて聴く遠く離れた土地、会ったこともない人々の物語に心を躍らせた。
道化師の昔語りが終わり、陽も傾き、群衆が三々五々に散っていくころ、荷物をまとめていた道化師は、ふと彼に目を留めた。彼の眼の光か、何かが道化師の心の琴線に触れた。
「お前、この村の子か。」
彼は首を横に振って問いに答えた。
「よそから来た子か。」
「俺は、父なし子だ。」
彼は挑むような、訴えるような不思議な眼差しで道化師を見た。しばらくその眼を見つめていた道化師が、不意に笑みを漏らした。
「お前、儂の話がそんなに面白かったか。」
彼は目を輝かせ、激しくうなずいた。しばしの沈黙ののち、道化師が再び口を開く。
「お前、儂についてこないか。」
彼は目を丸くした。
「本当か。ついていってもいいのか。」
「本当だ。お前一人の面倒くらい見てやる。」
彼の心が決まるまでに時間はかからなかった。
翌朝、道化師は彼を連れて村を出た。そこからいくつもの村、いくつもの町を経て、港にほど近い、王国の都に至った。
都に至るまでにいろいろな町を見てきたが、さすがに都のにぎわいは彼にとって驚くべきものであった。人の数、店の数、売り物の種類、活気、何もかもが今まで見たことも聞いたこともないものだった。どこか遠くの国から運ばれてきたであろう絨毯、得も言われぬ香りを放つ香木、白く輝く磁器、見たこともないいきものが描かれた壺。
あたりを物珍しそうにきょろきょろと見まわす彼に道化師が言葉をかける。
「珍しかろう。国の都だ。世界中からいろいろなものが集まってくる。」
道化師は彼の手を引いて人込みをかき分けてゆく。やがて、貧民街に入る直前に道化師の家が現れた。大して大きくはないが、さすがに宮廷道化師の家だけあって手入れが行き届いた品のある家であった。
「今日からお前は儂の弟子だ。お前を道化師として仕込む。」
道化師はそう言うと彼を家に招じ入れた。