一
そうだった。彼はこびとだった。彼の父もこびとだった。彼の父は彼が物心ついたころにはもうどこにもいなかった。
母親は父を愛していた。母親は彼にも愛を注いでくれた。その母も、彼が六つのときにあっけなく逝ってしまった。
彼は独りで生きていかなくてはならなかった。誰も彼に手を差し伸べてくれるものはいなかった。皆、父親のいない彼を蔑んだ。こびとの彼を卑しんだ。
彼はこびと故にその容姿も醜かった。その醜い容姿のため、彼はますます虐げられた。
母親が死んだとき、彼の生まれ育った家は借金のかたに奪われてしまった。その時の恐怖を未だに彼は鮮明に覚えている。
母親を埋葬した次の日、僅かなパンを前に物思いにふけっていると、突然体格の良い男たちが何人も家にやってきた。
「邪魔だ、小僧。」
彼は胸倉を掴まれ、そのまま壁に投げ飛ばされた。頭を強く打って意識が朦朧とする。男たちは持ってきた台車に家財道具一切合財を積みこんだ。母親が自分を入れてあやしてくれた揺りかご、母親とともに寝た寝台、一緒にパンを食べたテーブル、母親が使っていた鎌、よくスープを煮てくれた鍋、彼のあらゆる想い出が、目の前で奪い去られていった。
そして、最後の仕上げとばかりに、彼は首根っこをひっつかまれ、家から放り出された。
「ここはもうお前の家じゃない。ここは村長が差し押さえたのだ。」
無情にも男が宣言する。
彼はすべてを失った。残されたものは今着ている服だけだった。
彼は村の中を当てもなく彷徨った。
もともと、父親がこびとで、しかもいつの間にか姿を消したことが知れると、村人は長いこと彼を「父なし子」として蔑んだ。母親は父なし子を産んだ売女と呼ばれ、その中で懸命に彼を守り育ててくれたのだ。畑から入る僅かばかりの作物、そして借金を重ねた。
彼はとうとう村の外れの小高い山のふもとにほら穴を見つけた。ここが今日から彼の家だった。
彼はなんとか生きていかなければならなかった。村の市場で果物や穀物を盗み、農家から服を盗み、山を駆け回るねずみを掴まえ、生きてゆくしかなかった。
「どろぼうー。」
後ろから声が追いかけてくる。耳元を八百屋のおやじが投げた石がかすめる。彼は必死に走って逃げた。右手には大粒のじゃがいもが握りしめられている。
村の外れまで逃げてくれば、もうおやじは追ってはこない。ようやく一息ついた時、不意に横から鶏の骨を投げつけられた。
「盗人の父なし子め。」
見やるとそこには村の金持ちの息子が、焼いた鶏を貪りながら立っていた。彼は言い返す元気も殴りかかる力もなかった。そこからとぼとぼと自分のねぐらである山のほら穴へと向かっていった。
これが彼の日常だった。毎日、僅かの食糧を得るために盗みに入り、人々に追い立てられ、うまく逃げおおせられればともかく、捕まって袋叩きにあったことも一度や二度ではない。二日も三日も、何も食べられないこともあった。
彼は、なぜ自分がこんな仕打ちを受けなければならないのか、わからなかった。彼は村人を憎み、全世界を呪った。
彼はただ、普通に生きていたかっただけだった。隣の家の子供のように、村の祭りに行きたかった。親におやつをねだりたかった。市場で服を買いたかった。旅人から遠い異国の物語を聞きたかった。
だが、誰も彼のささやかな望みを叶えてくれはしなかった。